第225話 英気の補給
見つけた宝玉を手に、屋敷に向かって足を進める。魔力の感覚に集中してみれば、屋敷の前からは人垣が消えていた。レズリーさんが住民を説得したのだろう。このまま向かっても大丈夫そうだ。
「ロゼ、抗議に来た住民の人たちは帰ったみたいだ。たぶん、レズリーさんの手も空いたと思う。真っすぐ会いに行こうか」
「うむ。早く伝えるべきだろう。きっとレズリー殿は喜ぶだろうな」
「そうだね」
リーゼを抱きながら言うロゼに、頷きを返す。宝玉は戻って来た。これで、少なくともこの街は通常の状態に戻せるはずだ。
「後は、犯人を捜すだけ、かあ……」
それが問題でもあるんだけど。金に換えるでもなく、破壊するでもなく、犯人は宝玉をどうしたかったのか。
「ああ、コウ。犯人についてだが、たぶん地属性の適性を持つ者だ」
「え? 分かるの?」
驚きながら隣を見ると、発言したロゼは確信のある表情だ。
「うむ。宝玉の収められていた木箱は、それなりに深い場所に埋まっていた。そこまで手で掘るとなれば、その痕跡が残るものだ。だが、先程の場所には掘り返したような跡は見当たらなかった」
確かに、土の色にも違和感はなかった。タローに教えてもらわなければ、何かが埋まっているとは思わなかっただろう。
そこまで思い至ったオレを見て、ロゼが続ける。
「つまり、地属性の適性を持つ者が魔術を使って埋め、その痕跡を消したのだ」
「なるほど……」
ここに来て、ようやく犯人の情報が一つ出て来た。大きな前進だ。
「ありがとう、ロゼ。これでかなり犯人が絞り込めるよ」
「ふふ、どういたしまして、だ」
外部の人間についてはどうしようもないが、街の住民については犯人から除外できる人が増えるだろう。
誰がどの適性を持っているかについては、後でカーツさんに聞いてみないとな。それも含めて、レズリーさんへの報告だ。
屋敷に戻りカーツさんに事情を説明したところ、オレ達家族はレズリーさんの執務室へと案内された。
今オレの目の前では、レズリーさんが宝玉が本物であることを確かめている。
「……確かに、これは本物だ。盗まれた宝玉に間違いない」
その言葉にレズリーさんの背後にいたカーツさんが、胸を抑えて静かに息を吐いた。ほっとした、という表情だ。
レズリーさんが宝玉から顔を上げてオレを見る。
「ここまで早く結果を出してもらえるとは思ってもみなかった。これでこの街を元に戻すことが出来る。コーサク殿、その働きに心から感謝する」
礼の言葉と共に、レズリーさんは頭を下げた。
「ええ。見つけられて良かったです。ですが、犯人については不明なままです。再び盗まれることがないよう、注意が必要かと思います」
少なくとも金庫は変えた方がいいかな。
「ああ、それはもちろんだ。対策は速やかに行おう。だが、今は何よりもまず“山水の精霊”への祈祷が優先だ。カーツ」
「はい。レズリー様」
「明日の夜明けに精霊の元へ向かう。手配を頼む」
「はい。かしこまりました」
カーツさんが一礼して部屋を出て行った。精霊への祈祷は明日か。確かに、今日は色々と動いたのもあって、もう陽はかなり傾いて来ている。暗くなるのもすぐだろう。街灯もないので夜道を進むのは危険だ。
「コーサク殿。私とカーツは明日、精霊の元へ向かう。儀式を終えれば山の水も正常に戻るだろう」
「ええ」
「宝玉が戻って来たことにより、犯人を探す優先度は下がった。故に、現時点で依頼の報酬は全て支払おう」
ん?
「いいんですか?」
「ああ、犯人の狙いが読めていない現状では、探すのも困難だろう。何より、コーサク殿もこの街に居続けることは出来ないはずだ」
「ええ、それはまあ……」
元々は往復の移動込みで1週間の予定の家族旅行だったし。
「もちろん、犯人まで見つけてもらえれば言うことはない。だが、無理をする必要はない。宝玉を守るための対策は、町長である私がやるべきことだ」
そう言って、レズリーさんは軽く微笑んだ。宝玉が見つかったからか、その表情はかなり柔らかくなっている。
「分かりました。ですが、明日一日は犯人捜しに使いたいと思います」
乗り掛かった舟、と言うやつだ。オレ自身、犯人がどんな人間か気になるし。
「……そうか。では、コーサク殿、申し訳ないが引き続きよろしく頼む。犯人について、何か判明した情報はあるだろうか」
「今のところは、地属性の適性がある人物、ということだけですね。宝玉の入った木箱が埋められていた状況から、妻がそう判断しました」
レズリーさんがチラリとロゼを見る。
「なるほど……。了解した。犯人が街の住民であるとは思いたくないが、地の適性を持つ者の一覧を後でカーツに届けさせよう」
おお、頼む手間が省けた。
「ありがとうございます」
「それで、宝玉を見つけたのはそちらの白狼だったか……。優秀な従魔を連れているのだな。その鼻で犯人まで追えるのではないか?」
レズリーさんがタローへと視線を向ける。褒められたタローが機嫌良さそうに尻尾を振ったのが、視界の端に見えた。
「ええ。うちの白狼、タローと言いますが、明日の犯人捜しでも働いてもらうつもりです」
木箱も宝玉を包んでいた布もあるし、犯人の匂いは分かるだろう。
「それは頼もしい。活躍を期待させてもらおう」
レズリーさんはゆっくりと頷いて言葉を続ける。
「コーサク殿。明日の英気を養うためにも、今日の夕食に招待させて欲しい。秘蔵の酒も開けよう」
夕食か。こっちにはリーゼがいるから、自分達で用意していた訳だけど……。
「もちろん、幼子が食べられる料理も別で用意しよう」
それならいいかと思いつつ、ロゼへと視線を向ける。軽く頷かれた。ロゼも問題はないようだ。
あとは、タローのご飯か。今日は良い肉をあげると約束してるんだけど……。
タローに視線を向けると、オレの目線を追ったのか、レズリーさんが付け加えてくれた。
「タローと言ったか。そちらの白狼の分も、良い肉を見繕おう」
レズリーさん太っ腹。それなら素直に話を受けようか。
「ありがとうございます。それでは、今日はご馳走になります」
「ああ、用意が出来たら呼びに行かせよう。楽しみにしていてくれ」
レズリーさんは自信のある表情だ。どんな料理が出て来るか、楽しみだな。
すっかり陽が暮れて、窓の外が暗くなった頃。オレ達家族は屋敷の一室へと案内された。
来客用の食堂なのか、部屋は広く、調度品も良い物に見える。中央に設置された大型のテーブルには、既に美味しそうな料理が並んでいた。
フルコースのような、順番に料理が運ばれてくる形式ではないらしい。リーゼがいることへの配慮だろうか。リーゼに食べさせながら食事を進めるのは大変なので、この形は助かる。
オレ達3人が入って来たことを確認し、立ち上がって待っていたレズリーさんが声を上げる。
「よく来てくれた。どうぞ席に着いてくれ。ああ、今夜は作法など気にしなくとも良い。幼子も招いておきながら、細かいことを言うつもりなどはない」
それは本当に助かる。
「ご配慮、どうもありがとうございます」
ロゼと共に礼を言い、テーブルに着く。こちらは家族3人だが、向こうはレズリーさん一人らしい。カーツさんは静かに壁際に控えているが、ロニーさんもケイトさんもいない。
最低限の人数で、マナーを気にしなくてもいいようにした、ということだろうか。
ちなみにタローは厩舎番のところだ。出来れば新鮮な内臓もあげて欲しい、と伝えたら了承してくれたので、タローはタローで楽しんでいるだろう。
機嫌よく肉を食べているタローを思い浮かべたところで、カーツさんがこちらに近づいて来た。手にはお酒の瓶を持っている。注いでくれるらしい。
「失礼いたします」
そう言って、カーツさんがオレの前にあったグラスに酒瓶を傾ける。注がれていくのは紅色の液体だ。赤ワインらしい。
リーゼが揺れる赤色を興味深そうに見つめている。リーゼ、まだお酒は早いぞ。
「お嬢様には果汁の水割りをお出しいたします」
カーツさんが微笑を浮かべながら言った。宝玉が見つかったからか、カーツさんの顔色はかなり良くなったな。
「ありがとうございます」
リーゼには薄く色づいた水が用意された。色合い的に葡萄の果汁を割ったものだろう。
それにしても、お嬢様か。うちのお嬢様は既にタローを乗り回すのが好きなヤンチャっぷりなんだが、ここからお淑やかになるんだろうか。
……無理かな。オレとロゼの子供だもんな。ジッとしている要素が見当たらない。まあ、健康に育てばそれで良しとしよう。
オレが考え事をしている間に、全員に飲み物が行き渡った。カーツさんが静かに壁際に戻ったのを確認し、レズリーさんがグラスを持ち上げる。
「それでは精霊と、客人の活躍に」
「ええ、それとこの街の未来にも」
リーゼを除いた3人でグラスを掲げる。
乾杯の動作のまま口まで運んだ赤ワインは、濃い苦みを舌に伝えて来る。そのまま飲み込めば、良い香りが鼻から抜けた。雑味のなさからワインの高価さが窺える。
……いまいちオレにはワインの良し悪しが分からないのだが、ロゼが満足気な表情をしているので美味しいのだろう。
ワインはお米に合わないので、オレの守備範囲外なのだ。
レズリーさんには悪いが、オレは料理を中心に楽しもう。
夕食が進み、レズリーさんは次々と新しいお酒を出してくる。飲んでいるのは主に2人。レズリーさん本人とロゼだ。2人でかなりの量を空けている。
一方でオレは、2杯目からは水にして、リーゼのお世話をしている最中だ。
食べる物に困ったことがあるからか、オレは酒を飲むよりも食べることの方が好きだ。酒はないならないで構わない。大事なのは満腹感だ。
今はロゼが久しぶりのお酒を機嫌よく飲んでいるし、オレは飲まずにリーゼとゆっくり食事を進めようか。
「料理だけでも十分美味しいよなあ、リーゼ」
声を掛けると、リーゼは口を膨らませながらこちらを向いた。その口元は見事に汚れている。
「ははは。まだまだスプーンの練習が必要だな」
そう言いながらリーゼの口元を拭う。ついでに手も拭いておいた。リーゼの食べ方は、不器用にスプーンを使うか、諦めて手掴みで行くかの二択だ。常に顔か手が汚れている。まあこれも、そのうち上達するだろう。
リーゼが今食べているのは、白身魚の蒸し物だ。この街の位置的に川魚だろう。骨もなく、ふっくらと柔らかい。食感的にはウナギが近いだろうか。
オレの分にはソースが掛かっているが、リーゼのは薄い下味のみだ。これならリーゼでも食べられる。
リーゼから視線を上げると、ロゼが新しいお酒を飲んでいた。
「うむ。ふくよかな香りが素晴らしいな」
「ははは、良い飲みっぷりだな。カーツ、次の物も頼んだ」
「かしこまりました」
あっちは既に出来上がっている。とはいえ、ロゼの頬は赤くなって来ているが、レズリーさんは余裕の表情だ。テンションが上がっている当たり、酔ってはいるのだろうけど。
さすがはこの街の町長か。ロゼも酒に弱くはないが、本場の人間には敵わないらしい。
盛り上がっている2人から視線を戻し、リーゼの世話をしつつ食事を進める。並んだ料理にも、お酒が使われているメニューは多い。
「牛肉の赤ワイン煮込み。たまにはこういうのもいいか……」
一口大に切った牛肉を口に運ぶ。牛肉の赤に、ワインの赤。力強い味わいだ。牛肉の肉汁とワインが混ざったソースを、マッシュポテトと共に食べるのが美味い。
最近はお米に合う料理ばかり作っていたし、たまには気分を変えるのも良いかもしれない。ロゼがお酒を飲むようになったら、味噌と醤油だけだときついだろうし。
あとで今日のレシピを教えてもらえるか聞いてみよう。
リーゼが退屈そうにしてきた頃合で、飲み会と化していた夕食は終わりとなった。片付けは全て任せ、借りている別館へと3人で進む。皿洗いがない、というのは非常に気楽なものだ。
「ふふふふ。さすがは酒造で栄えた街だ。どれも良い物だった」
年単位で久しぶりにお酒を飲んだロゼは、かなりご機嫌だ。珍しくふわふわと笑っている。
「良かったね。報酬でもお酒はくれるみたいだし、しばらくお酒を買う必要はなさそうだ」
レズリーさんはこれまでのストレスの反動か、かなり気前の良いことを言ってくれた。聞いた量が本当なら、消費にはかなり時間が掛かるだろう。
「うむ、うむ。コウとタローの働きのおかげだな」
「まあ、主にタローだね」
うちの狼は賢くて優秀だ。
帰ったら、タローが満足するまで遊びに付き合おうか、と考えていたところで、オレに抱かれているリーゼが大きな欠伸をした。満腹で眠くなったらしい。
「ふふふ。リーゼ、お
ロゼが酔ったテンションのままリーゼの頬を撫でた。リーゼはその感触に、くすぐったそうに笑……わない? あれ?
「や~」
リーゼがロゼとは反対方向に顔を背ける。
「リ、リーゼ……!?」
ロゼは愕然とした顔だ。ちょっと面白い。しまった、カメラ持ち歩くんだった。
再起動したロゼが、リーゼの顔の方へと回り込む。だが、リーゼは嫌がるようにオレの胸へと顔を埋めた。
「む~」
「な……!?」
再びの拒絶に、ロゼはピシリと固まった。なんだろう、これ。反抗期? いや、さすがに違うだろう。ロゼだけを急に嫌がる理由? ロゼがいつもと違うのは……。
「あ、お酒の匂い、かな?」
ロゼはかなり飲んでたからな。オレはあまり気にならないが、酒臭い匂いは確かにする。その匂いが、リーゼは好きじゃないんだろう。
オレの言葉を聞いたロゼが、ショックから立ち直ってこちらを見た。何やら決意した表情だ。
「コ、コウ! 私はしばらく外で素振りしてくる!」
あ~、汗を流して代謝を速めるつもりかな。
「うん、了解。お風呂沸かしておくね」
「ああ、頼んだっ!」
そう言って、ロゼが小走りで先に行く。
……今からアルコールを抜こうとした場合、どれくらい時間が掛かるかなあ。そんなにすぐ抜けないよね。
「やっぱり、お酒は程々が一番だよねー、リーゼ」
オレもリーゼが産まれる前までは、ロゼと一緒に潰れるまで飲むことはあったから、あまり胸を張っては言えないけども。
視線を落とせば、リーゼはもう眠りそうな表情だ。ロゼが戻って来る頃には、リーゼは夢の中だろう。
オレもロゼが戻って来たら早く寝るか。明日は一日犯人捜しだ。美味しい物も食べたし、明日は頑張ろう。
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