第268話 釣り?

 奥さんの実家で一人寂しく魔道具修理。

 劣化した魔石を取り替えて魔術式を書き写し、外装を直して磨いていく。


 この世界に来てから結構長くやっている仕事なので、作業自体は苦でもない。むしろ落ち着く。


 ただ、ちょっとだけ孤独感があった。

 この頃はリーゼと一緒にいる時間が長かったせいか、静か過ぎると変な感じがする。なんか物足りないというか……寂しい?


「やばいな。将来子離れできなくなるかも……」


 気を付けないと。愛情は大切だけど依存は駄目ですよっと。


 心の中で呟きつつ、修理を終えた魔道具を机に置いた。固まった背筋をぐっと伸ばす。


 顔を上げた視界に入ってくるのは薄暗く雑多な室内だ。

 規模の大きな物置と呼ぶべきか、それとも小さめの蔵と呼ぶべきか。ちょっと迷う規模の古い建物が、オレが今いる場所だ。


 領地は小さくてもさすがは貴族というべきか、修理を頼まれた魔道具は壊れていても美術品として飾れそうなものが多い。

 廃棄されていないのもそこら辺が理由だろうか。


 オレが作る魔道具は見た目がシンプルなものが多いので、装飾の多い魔道具はなんだか新鮮だ。こういうのを見ると、見た目も大事だよなあと素直に思う。

 まあ、装飾を付けると値段が上げるからオレはやらないけど。性能の割に小さくて安いのが、オレが作る魔道具の売りだし。


「お米関係で忙しいし、見た目に凝った魔道具を作ってる余裕はないなあ」


 見てる分には楽しいし、少し羨ましくはあるけれど。これ以上やることを増やすのは厳しい。

 何事にも優先順位が必要だ。何もかもが出来るほど、日々の生活は楽じゃない。


 時間は有限。だから残りの魔道具の修理も、さっさと終わらせてしまおう。




 魔道具の修理を終えて建物を出る。壊れた魔道具の数はそう多くはなかったので、予想よりも速く終えることができた。


 さて、デリスさんに報告しようか、と思いながら敷地内を歩いていると、良く見知った姿を発見した。こちらに向かって歩いてくる。


「あれ? どうしたのロゼ?」


 良く見知った、というか毎日一緒にいるロゼだ。モリーさんに家事に関する試験を出されていたはずだけど、どうしたんだろうか。

 恰好もなんだか少し変に見える。


「コウはもう魔道具の修理が終わったのか。お疲れさま。私はこれから少し出掛けるところだ」


 そう言ったロゼは、森にでも入るのかという服装で剣を背負い、さらに何故か釣り竿を持っていた。

 ……剣と釣り竿が並ぶと違和感がすごい。


「ええと、どこに行くの? モリーさんからの試験は終わった?」


 ロゼは難しい顔で首を横に振る。


「いや、実はまだ試験の途中なのだ。モリーからは夕食の主菜を一人で準備するように言われてな。食材の調達から行うことになった」


「食材の調達から!?」


「うむ。皿は指定されているからな。食材を獲らなければ始まらないのだ」


 ロゼはさらりと言ったがオレは驚きを隠せない。


 モリーさんの試験は貴族的な花嫁修業の一環だと思っていたのだが、普通の貴族の女性は食材の調達を行う心得があるものなのだろうか。


 確かに義母のロザリーさんは色々とできたけど。オレが知らないだけで、貴族の若いお嬢さんでも色々な技能を持っているのかもしれない。すごいな貴族社会。


「そういうわけだ。私は蔵で必要な物を探してから少し出てくる。コウは屋敷でゆっくりしていてくれ」


 なるほど。それでロゼはこっちに来てたのか。あとあの建物は蔵でいいんだ。

 いやまあ、そんなことよりも。ちょうどいい機会かもしれない。


「一緒に行ってもいい?」


「ふむ? 別にそう楽しいものでもないと思うが……」


 ロゼがゆるく首を捻ったままオレを見る。


「そういえば、最近は2人だけでいる時間もほとんどなかったな。うむ、コウが良いなら一緒に行くとしよう。ああ、私に手を貸すのは駄目だぞ。モリーに怒られてしまう」


「了解。ロゼの腕を見守る観客のつもりでいるよ」


「ふふ、それはそれで少し緊張してしまうな」


 2人で笑い合って歩き出す。


 ロゼの言う通り、2人だけでいるのは久しぶりだ。

 もちろんリーゼと一緒の3人が一番幸せだけど、たまには夫婦水入らずの時間があってもいいなと思った。





 まあ、この世界の食材調達は一筋縄じゃいかないから、水差されまくりなんだけどね。


「コウ!! 自分の身は自分で守ってくれ!!」


「了解! 頑張って!」


 剣を抜いたロゼに叫び返す。


 今いる場所は屋敷の裏手を進んだ先にある湖。初めの頃は穏やかで綺麗な場所だなあ、なんて呑気にロゼが糸を垂らす様子を見ていたのだが……獲物が釣れてからは状況が一変した。


 ドバァンッ!! と盛大に水を跳ね上げて水面から飛び出て来たのは――オレよりもデカいザリガニだった。


 思わず「でっっっか!!」と叫ぶオレの前でザリガニが凶悪な爪を振るい、相対するロゼが剣を抜いたのが今の状況だ。


 ちなみにこの巨大ザリガニが夕食のメインディッシュで指定された食材らしい。

 死んだ瞬間から味が落ちていくので頭を殴って仮死状態にする必要があり、食材としては難易度が高い。ということをロゼが事前に教えてくれた。


 味はとても良いとのことだ。まあ、美味しくないとメインディッシュは張れないよな。


 巨大ザリガニが時折飛ばしてくる水弾や石礫を躱しながら、観客気分でどんな味なんだろうかと考えていると、ロゼが巨大な鋏をギインと剣で弾き返した。ザリガニの体勢が少し崩れる。


 ロゼの心配はいらなそうだけど、さすが、この世界は釣りも豪快だなあ。


「……いやこれ、釣りなのかな?」


 最終的に釣り竿使ってないし、普通に狩りって言うのでは?


 釣りの定義とはなんだろう。そんな自問を始めたところで、ロゼが風の魔術を纏って前へ出た。


「もらった!!」


 ロゼは巨大ザリガニの鋏を羽のようなステップで躱し、赤黒い頭部の甲殻へと剣を叩き付けた。

 刃ではなく、剣の腹による打撃。


 錆びた鐘を思いっきり叩いたような音が響き渡る。離れた水面に波紋を作るほどの衝撃だ。


 音に一拍遅れてザリガニがどさりと地に伏せる。ピクピクと動いてはいるが、立ち上がる様子はない。狙い通りに失神させることができたようだ。


「うむ。上出来だな」


 剣を鞘に収めながら、ロゼが満足気に大きく頷いた。


「お疲れさま」


「ああ。あとは目を覚ます前に早く帰らなければな」


 ロゼは取り出したロープで巨大ザリガニを手際よく縛り、丸めた巨体を「ふっ」と持ち上げた。バランスを取って頭上に掲げる。


「む、釣り竿を拾うのを忘れていたな……」


 両手が塞がったロゼが若干困った声で言った。

 オレは戦いの邪魔にならない位置に転がっていた釣り竿を取りに行く。


「コウ、手伝ってもらっては、私の試験にならないぞ」


「軽い釣り竿一本くらいなら、モリーさんだって文句は言わないよ」


 木製の釣り竿を拾い上げてロゼに笑いかける。

 ……いや、この釣り竿かなり重い。木製、だよな? リーゼの体重と同じくらいあるような。


「ロゼ、この釣り竿って何の木でできてるの?」


 オレの質問にロゼは嬉しそうな顔をした。


「さすがだな。気が付いたか。その釣り竿は魔境の巨木の芯を削り出して作っているのだ。お爺様が愛用していた逸品でな。丈夫で大物を相手にしても力負けすることはないのだぞ?」


「うわあ、すごいね。超貴重品じゃん……」


 魔境の木はその場所ゆえに伐採する難易度が高く、さらに硬すぎて加工が困難だという難物だ。

 特に気にせず拾ったけど、この釣り竿だけで一財産な気がする。魔境と接する領地ならではの品だ。


「お爺さんは釣りが好きだったの?」


「うむ。いつもは厳しく武骨な方だったが、一緒に釣りをするときは穏やかだった。ふふ、もっとも、あまり上手くはなかったがな。コウは釣りの経験はあるか?」


「釣りはあまりやったことないけど、漁ならあるかも」


「ほう、漁か」


「うん、昔ね。こう、川に爆発する魔道具を投げ込んで、ボンッ、って」


「……同じようなことは私もできるが、領地によっては禁止だぞ?」


「だよね。獲れすぎて驚いたよ」


 ロゼと他愛ない話で笑い合う。


 屋敷へと帰る足取りは、ほんの少しだけゆっくりになった。

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