第269話 売り込み

 ザリガニの解体に向かうロゼを見送り、オレはお義兄デリスさんの執務室へと向かった。何か仕事をもらうためだ。


 リーゼはまだ帰って来ていないし、奥さんの実家でゴロゴロしているのは居心地が悪い。


 という訳で働こう。魔道具職人としての仕事は修理だけじゃないのだ。


「デリスさん、何か必要な魔道具はありますか? ご注文があれば大抵の物は作りますよ」


「それは頼もしい言葉だね。さて、何を頼もうか……。なにかお薦めはあるかな?」


「一番早く数を用意できるのは戦闘用の『防壁』の魔道具ですね。腕輪型にできるので手が塞がらないですし、あらかじめ設定した形状の『防壁』を魔力を流すだけで発現できます。冒険者にも人気の品ですよ」


 ここは魔境に接する帝国の盾となる領地だ。兵士の戦闘力向上は、最も重要な領地の安全に直結する。戦闘を有利にできる装備はいくらあっても困らないだろう。


 リーゼの封石の対価として渡した魔道具は売ったときに高値が付く物を中心としたが、『防壁』の魔道具は購入する場合にコストパフォーマンスが良い商品となる。

 安く、小型で使い勝手がいい。戦いを生業にする人々からの評判も上々な自信作だ。


「ふむ、戦闘用の魔道具か……」


「一つ持って来たので、実際に使ってみますか?」


「いいのかい? ありがとう」


 サンプル品として用意した魔道具をデリスさんに渡す。今日修理した魔道具たちに比べれば、シンプル過ぎるほどに飾り気のない魔道具だ。

 ただ個人的には、余計なものを全て省いたその潔さが気に入っていたりする。


 目的だけを突き詰めた機能美は、装飾の美しさとは別の魅力があると思うのだ。


「魔力を流すだけで良いのだよね?」


「はい。最初の設定は円形の盾状にしているので、魔力を通せばその形で現れますよ」


「そうかい。では――」


 デリスさんの魔力が動く。古くから続く貴族の次期当主に相応しい魔力の波動。魔力の量だけならロゼより多いかもしれない。


 オレの倍近くあるかも? と、いつも癖で瞬時に相手の魔力を読み取ったところで、魔道具が設定通りに起動した。


 音もなく、半透明の盾がデリスさんの前に出現する。


「へえ、これは……。思ったより魔力の消費は少ないんだね。これで強度はどれくらいなのかな?」


 興味津々と言った様子でデリスさんが聞いてくる。若干目が輝いているのは、やはり男としての本能だろうか。

 こう、ギミックのある道具とか、武具とか、やっぱり憧れは尽きないもんだよなあ。


 ……まあ、この『防壁』の魔道具は、武器も防具も持てなかったオレが苦肉の策で開発したものなんだけど。


 重い武器とか防具とか装備して長距離を目的地まで移動するとか、森の中で獲物を探して歩くとか、どう考えても無理だったんだよな……。

 戦う前に体力切れで倒れる。現場に到着した時点で疲労困憊だ。ていうか、防具を身に付けようが、魔物の一撃を食らったら吹き飛ばされて死ぬからな。


 剣も防具も持たない身軽な状態が一番生存率が高い、とかいう謎の結論になったのだ。

 まあ、結果生きてるし、一応正解に近い答えだったんだろう。


 見た目が貧弱過ぎて、他の冒険者からはよく揶揄われたけど……。


 と、そんな過去の回想は程々にして、『防壁』の魔道具のスペックの話だ。


「中級の魔物の突進くらいなら、割れることなく耐えられます。魔力を多く流すほど強度が増すようになっているので、使い方によっては上級の攻撃も止められますよ」


「それはすごいな……」


 デリスさんは感心したように、防壁の盾をコンコンと叩いている。


「より詳しく性能を確かめたいなら、実際に使う兵士の方に試してもらう、とかでもいいですよ。10個くらいお試しに貸し出しますので」


「う~ん、そうかい。それならコーサク君の言葉に甘えようかな。実戦でどれくらい使えるのか、少し使わせてもらうよ」


「ええ。遠慮せずどうぞ。戦闘用の装備は命を賭けるものですからね。現場の兵士の人達にも納得してもらった方がいいと思います。……って言うと偉そうですかね。すみません」


「いや、意見は隠さずに言ってもらった方がありがたいよ。それに君は僕の義弟だからね。気にせず何でも言ってくれ。男の兄弟はいなかったから、こうして歳の近い親しい人間と気兼ねなく話すのには憧れていたんだ」


「ええと、はい。まあ、少しずつ距離を詰めさせてもらいます」


「うん。そうして欲しい。義理とはいえ、兄弟が増えるのは嬉しいことだ。――まあ、貴族の家は兄弟が増えると荒れることが多いのだけどね。はははっ」


 貴族ジョーク。血みどろの後継者争い的な?


「……え~と、笑ってもいいところですかね?」


「ははは。構わないよ。貴族社会では良くある話からね。まあ、他の領地では言わない方がいい類の冗談ではあるけれど」


 う~ん、ブラックジョーク。外だと不敬罪になりそう。


「さて、魔道具は実際に使わせてもらうとして、値段はどれくらいになるのかな?」


「そうですね。ある程度まとめて買ってもらえるなら――」


 考えていた金額を口にすると、聞いたデリスさんは少し困ったように眉を下げた。


「……桁、一つ間違ってはいないかい? さすがに安過ぎだろう。封石の対価はもう受け取ったから、こっちはきちんと価値に見合った額を支払うよ」


「え~と、一応この金額でもオレには利益が出るんですよ」


「本当かい……? 少し信じられないね……普通に買ったらその金額じゃ済まないよ?」


 デリスさんは疑問顔だ。


「価格が安い理由は3つありますね」


「ほう、気になるね。どうやったらこんなに安くなるんだろう」


 真剣な様子のデリスさん。やはり領地を継ぐ立場として、金銭関係は関心が高いようだ。それを踏まえてもノリがいいな。


「一つ目は輸送費を省いた値段のためですね。魔道具に限らず遠くから運ばれる品は高い物ですが、今回はオレがついでに運んで来た魔石を使ってここで作るので、金額には含めませんでした」


 商品の値段に輸送費は大きく影響する。道の整備が不十分な上に、魔物もいるこの世界では特に輸送に関わる金額は大きい。

 魔物と戦う手段を持たずに物を運ぶのはあまりにも危険だ。護衛を用意すれば、当然その分の金額を商品の売値から回収しなければならない。


「なるほど、確かに遠方からの品は高価になるものだ。……でもいいのかな? この場所で作ると言っても、材料自体は遠くから運んで来たものだろう?」


「まあ、そこは身内の特権ということで」


「……そうかい。それはありがとう。二つ目は?」


「ちょっとした秘密なんですが、オレは冒険者ギルドから魔石を安く買える権利をもらってるんですよ。材料の仕入れが安く済むので、完成品も安くできます」


 前に魔石の加工方法を狙ったスパイを捕縛したときの報酬だ。これのおかげでけっこう安く魔石が買えている。


「それは“ちょっとした秘密”でいいのかい……?」


 微妙な顔で言われたが、リーゼの色々に比べればかなり重要度が低い情報には違いない。もちろん積極的には言いふらさないけど。


「一応、内緒でお願いしますね。それで最後の3つ目ですが、これはまあ単純にオレの腕です。普通の職人より速く作る事ができるので安く出来ています」


「へえ、さすが、コーサク君は職人としても良い腕をしているんだね」


「ありがとうございます。まあ、ちょっと恵まれた部分が多いですけどね。ということで、デリスさんに提示した金額で売ってもオレとしては問題ないです。気にしないでください」


「ああ、分かったよ。ありがとう。それなら、この値段で買える機会なんて早々ないだろうし、兵たちの使用感も踏まえて前向きに考えさせてもらおうかな」


「はい。ぜひよろしくお願いいたします」


 いい感じにまとまったな。後は実戦での試しが終わってから、注文が入った分の魔道具を作るだけ……って今日はまた暇になってしまうな。困った。


「コーサク君、どうかしたかい?」


「ああ、いえ、ちょっと手持ち無沙汰になってしまうなと……。一人だけのんびりするのも落ち着かないもので」


「ははは、コーサク君は働き者だね。うちのモリーとそっくりだよ」


「モリーさんですか?」


「ああ。モリーは長年この家に仕えてくれていてね。それこそ僕が産まれる前からなんだが、たまには休んだらどうか、と言っても休んでくれないんだ。『暇でいるのは落ち着きません!』という調子でね」


 鼻息荒くロゼを引っ張って行ったモリーさんを思い出す。


「確かに、やる気に満ち溢れた女性でしたね。仕事に対する誇りも感じました」


「ああ、モリーは家の優秀な使用人だよ。ただ、赤ん坊の頃から知られているから手強くてね。僕もロゼッタもモリーには強く出られないんだよ」


「オレもあの調子のロゼは初めて見ました」


 『頭が上がらない』の見本のような様子だった。ロゼのいつもと違う表情が見られるのは新鮮で良いけど。


「……ああ、そうだ。コーサク君が暇だと言うなら、こうして僕と談笑しないかい?」


「ええと、ありがたいですけど、お仕事の邪魔じゃないですか?」


 デリスさんの机には、まだ処理が終わっていないと思われる書類が積まれている。


「話しながらの方が頭の整理ができるから、僕も話し相手がいてくれた方が嬉しいよ。ロゼッタの小さな頃の話とか聞きたくないかい?」


「ぜひ、お願います」


 即答で。奥さんの実家に来て、この手の話題に乗らないなんて選択肢はあるだろうか。いや、ないだろう。


「ははは、ロゼッタは愛されているね。――それじゃあ少し昔話をしようか」


 さらりと恥ずかしいこと言ってから、デリスさんが記憶を辿るように話し出す。


 それは、領主でありながら剣を手に戦った偉大な祖父に憧れる、少しお転婆すぎる女の子のお話だった。

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