第170話 甘味は便利

 剣や槍を持った原住民らしい人達に囲まれて、木々の隙間にできた獣道を歩く。数えたら、向こうは32人だった。

 こっちは8人なので、抵抗するのはあまり良い選択肢ではないだろう。さすがに、ヤバそうになったら全力で逃げるけど。


「――――?」

「――――――!――!」

「――、――――」


 リーダーっぽいゴツい男性に、周りの人が何かを話しかけている。


 何を言っているのか分からないが、ニュアンス的には『コイツらどうする?』『初めて見る奴らだ!ヤベえ!』『おい、落ち着け』だろうか。


 ぜひ落ち着いて、オレ達への方針を決めて欲しいと思う。


 現状は手足を縛られるようなこともなく連行されている。とりあえず、今すぐに殺される、とかはなさそうだ。

 なので、落ち着いてこの人達を観察してみよう。


 周りを歩くのは若い人が多い。髪と目の色は、この世界の人らしく統一感があまりなく、カラフルだ。


 顔は、ちょっと彫りが深いかな?肌の色は大して違いはない。日焼けしている人が多いくらいか。


 着ている服は、綺麗に染められていて、複雑な模様が走っている。明るい色が多くて鮮やかだ。作るの大変そう。


 そして、ジロジロとこちらを見る目に、敵意はあまりないように見える。警戒6割、好奇心4割と言ったところだろうか。


 危害を加えられたら斬るぜ!みたいな気合の入った若いのは数人いるけど。


 逆に言えば、下手な真似をしなければ、攻撃されない程度には安全だ。うん。何とかなりそう。6年前と違って、今は魔道具も魔力もあるし、カルロスさん達もいるし。


 そんな訳で、ちょっと行動してみるとしよう。まずは言葉を覚えないと。


 静かに深呼吸をして、自分の内側に意識を向ける。胸の奥にある魔核へと集中する。その中で揺れる魔力を操る。

 行き先は頭。脳へと魔力を行き渡らせる。細胞に魔力が染みていくようなイメージ。


 その効果は劇的だ。意識が晴れる。思考が広がる。久しぶりの魔力による強化。身体強化『頭:中』で発動完了だ。


 魔核が割れてから、練習を続けていた魔力による部分強化。少ない魔力でも、部位を限定すればそれなりに強化できる。


 これでよし。ちょっと誰かに話しかけてみよう。


 ちなみに、オレの隣を歩いているのは若い娘さんだ。気の強そうな吊り目は淡い黄色。ポニーテールっぽく結んだ髪は濃い赤だ。


 さっきから、オレの髪を不思議そうに見ている。黒い髪は初めて見るのだろう。そのオレを見る表情に警戒の色はあまりない。


 まあ、オレは見た目一番弱そうだしね。カルロスさん含めて、他の7人は海の男と言った風貌だ。

 荒々しく筋骨隆々。腕とかめっちゃ太い。強そう。


 それに比べれば、オレは無害そうに見えるのだろう。よくある話だ。


 さて、この娘さんと話をしてみようか。脳機能を強化した今なら、言葉も覚えるのも速いはずだ。

 まったく知らない言葉を一から覚えるのは6年前もやった。頑張ればいけると思う。


 そんなことを考えつつ、ちょっと小物入れに手を伸ばす。あまり音を立てないように、手で探り当てたのはドライフルーツ。


 話す話題作りと、友好の贈り物と、あと警戒を解いてもらうのが狙いだ。


 その掴んだ数種類のドライフルーツを片手に載せて、気の強そうな娘さんに見せてみる。


「どうぞ?」


「――――?」


 不審そうな目で見られた。まあ、だよね。


 当然言葉は通じないので、自分でドライフルーツを1つ摘まんで口に放り込む。オレンジのドライフルーツだ。噛み締めると、酸味と甘みがじわりと溢れてくる。美味い。


 エイドルが温室で育てたフルーツの1つだ。いい味してる。


 そんな風にドライフルーツを噛むオレを、娘さんが凝視している。方眉を上げて、警戒した表情だ。


「どうぞ。毒はないよ」


 ……そういえば、地球だとその土地になかった病原菌で原住民が死んだ、とかあった気がする。


 いや、この世界だとたぶん大丈夫だろうけど。無意識的に魔力で身体を強化するおかげで、ほぼ風邪をひく人はいないし。

 栄養状態に問題がなくて、魔力が十分にあれば、この世界の人は病気にならない。ついでに多少の毒は効かない。


 見た感じ、変に痩せている人も、魔力が枯渇気味の人もいないし、そこら辺の心配はしなくても大丈夫だろう。


 むしろ心配するべきはオレかもしれない。具合が悪くなったら、カルロスさんにでも魔力を補給してもらおう。

 魔力を渡すだけの初歩的な治癒魔術なら、船乗りは基本的に使えるらしいし。


 そんなことを頭の隅で考えつつ、笑顔でドライフルーツを持った手を向けてみる。全力の営業スマイル。笑顔は大事。オレは無害です。そしてドライフルーツは美味いよ。


「――――」


 オレの表情に少し警戒を緩めたのか、娘さんがドライフルーツに手を伸ばしてきた。オレが食べたものと同じオレンジのドライフルーツを、顔の前まで持って来て、興味深そうに観察している。


 それを見た周囲の人達が少し騒いだ。


「――?」

「――――!」

「――――?」


 んー?『食うの?』『やめとけよ!』『それなに?』って感じかな?


 娘さんは、それに構わずドライフルーツの匂いを嗅いでいる。そしてパクリと食べた。


 周りは騒然。娘さんは我関せず咀嚼。そして、何回か噛んだあとに、その目が大きく見開かれた。

 全力でビックリ!って感じだ。


「美味しい?」


「――――!」


 言葉は通じていないだろうが、満面の笑みだ。笑顔によって特徴的な吊り目が細まると、柔らかい表情になる。美人さんだな。


「他のも食べていいよ」


「――――?――――!」


 他のドライフルーツもまとめて渡すと、嬉しそうに受け取ってくれた。そこに警戒心は全くない。心配になるレベルだ。

 まあ、今はありがたいけど。


 他の人にも分けながら、美味しそうにドライフルーツを食べる娘さんに話しかける。


 ある程度は警戒が解けた。第一関門は突破した。自己紹介をするとしよう。


「オレはコーサク。コーサク。名前、コーサク」


 自分を指差しながらゆっくりと名前を名乗る。


 娘さんは首を傾げながら聞いていたが、オレの指先と、連呼した名前に気が付いてくれたようだ。


 あーっ!みたいな顔をして、何回か頷いた。


「――、リコ」


 娘さんが、自分を指差しながらオレに向かって言う。


「リコ?」


 頷かれる。それが名前らしい。とりあえず、お互いの名前は分かった。これで話は聞きやすい。


 これから先、どこに連れて行かれるのかは知らないが、少しでも言葉を覚えてみよう。


 という訳で、娘さん改めリコさん?ちゃん?に色々と聞いてみよう。対価のドライフルーツは、幸いなことにまだまだある。


 持ち歩くもんだね、甘い物。

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