第154話 挨拶回り
ボムがくれた精霊の祝福の件で少し慌てたが、予定通り帰還の挨拶回りに出ることにした。
それなりに歩くことになるので、オレ1人で出発だ。ロゼとタローは留守番である。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
「わふ」
ロゼとタローに見送られて家を出る。うん。いいな。見送ってくれる人がいるのは幸せなことだ。
温かな感動を噛み締めながら石畳の道を歩く。見上げれば天候は曇り。それでも、寒さはかなり和らいでいる。
流れてくる風にも身を切るような鋭さはない。貿易都市の短い冬は、もうすぐ終わりだろう。また春が来る。
「春になったら、山菜でも採りに行こうかな」
旬の味覚だ。肉が苦手になったロゼも、野菜類なら食べられる。上手く料理することにしよう。
タローは微妙な顔をするかもしれないけど。そこは、あとで新鮮な内臓でもあげることにする。
色々と考えながら歩く。目指す先は都市の市場だ。
最初に挨拶に行くのは孤児院の予定だ。アリシアさんにロゼがお世話になったお礼をしなければならない。
その手土産を買いに行こうと思う。
帝都で何か買えれば良かったけど、今この時代に、お土産に出来るような銘菓などはない。商人以外では、国を越えて移動する人はほとんどいないのだ。
実用的なものを買うにしても、孤児院で使う分を考えればそれなりの量になる。
オレの改造馬車は、積載量が多い訳ではない。それに、あまり買い過ぎると帝都を出るときに税金が酷いことになるのだ。
オレは商人ではないので、盛大にふっかけられることになったはずだ。
……まあ、一番大きな理由はお金がなかったからだけど。帝都で使い過ぎた。必要経費だったけどな。
さて、そんな訳で、お土産はこの都市で購入する必要がある。何を買っていけば喜ばれるだろうか。
「……肉?」
肉か?
別にアリシアさんが肉好きな訳ではない。肉が好きなのは、孤児院の子供達だ。子供達が好きな順番で言えば、一番、肉。二番、甘い物。三番、遊び道具。かな?
アリシアさんは、子供達が喜ぶ姿を見て喜ぶ母性の塊みたいな人なので、お土産の対象も自然と子供達になる。
「そうなると、やっぱり肉か」
手頃ないい肉は売ってるかな?
お土産用の肉を求めて、オレは市場に向かって足を進めた。
ずっしりとした重さを感じながら孤児院を目指して歩く。
「肉が、重い……」
肉は無事に購入することができた。兎の魔物の肉だ。角兎じゃない種類。大兎と呼ばれる魔物のものだ。
その名の通りデカい。通常の個体でも、大人になれば2メートルを超える。大きい個体になれば3メートルとかになったりする。実際に出会うと怖い。
その肉は美味いが、巨体に似合わず逃げ足がとても速いので、中々市場に出回らない。今日買えたのは、とてもラッキーだった。
これでみんな喜んでくれるだろう。いいお土産だと思う。
ただ……重い。
「はあ、荷車持ってくればよかった……」
少し前なら身体強化を発動して運べただろうが、今は厳しい。素の肉体性能のみで、キロ単位の肉を持ち歩く必要がある。重労働だ。
「……薄くなら、身体強化使えるかな」
胸の奥に意識を向ける。薄く、うすーく、汲み出した魔力を全身に回す。
「……気持ち軽くなった?」
身体強化は発動している。効果は……ないよりはマシ、という感じだ。
これまでの基準で言えば、身体強化『微弱』というくらい?う~ん。微妙。
「まあ、いいか。行こう」
魔核が治ってくれば、身体強化も使えるようになるだろう。
少しだけ軽くなった足で、孤児院に向かって歩いた。
息を上げながら歩き、孤児院の前まで着いた。中からは、子供達の元気な笑い声がする。
「さて、アリシアさんはいるかな」
孤児院の敷地に足を踏み入れる。騒がしい気配のする中庭に向かって歩いていると、横から若い男女の声がした。
「コーサクさん!お久しぶりっす!」
「お久しぶりです!」
視線をずらせば、そこにいたのはリックとイルシアだ。2人並んで、オレの方へ駆けてくる。久しぶりに会うが元気そうだ。仲も良さそうで何より。
「2人とも久しぶり……身長伸びた?」
なんとなく大きくなった気がする。
「伸びたっすよ!」
「私も少しだけ」
「おお~」
さすが成長期。少し見ない間に成長してる。顔も大人びて来ているようだ。いいことだね。
「ああ、リック。これお土産。大兎の肉。みんなで食べて」
リックに肉を渡す。ようやくこの重さから解放だ。けっこう疲れた。
「本当っすか!ありがとうございます!みんな喜ぶっす!」
「コーサクさん、ありがとうございます!」
喜んでもらえたなら何より。
「ロゼがお世話になったからね。そのお礼。アリシアさんはいる?」
「中庭にいるっすよ」
「一緒に行きましょう」
3人並んで中庭まで歩く。オレの右にはイルシア。左にはリックだ。なんか挟まれた。
丁度いいので、2人にもお礼を言っておこう。2人とも、色々とロゼを助けてくれたようなのだ。
「2人とも、オレのいない間、ロゼを気にかけてくれてありがとう」
「いえいえ、私はロゼッタさんと色々お話できて楽しかったですよ」
「他の子も喜んでたっす」
両側の2人は楽しそうに笑っている。そっか。それなら良い。何だかオレまで嬉しくなる。
それにしても。
「ロゼは人気者だね」
オレは小さい子達にも呼び捨てにされて遊ばれてるのに。この差は何だろうか。
「ふふふ」
内心首を傾げていると、右から笑い声がした。横を向くと、イルシアがアリシアさん譲りの青い髪を揺らして笑っている。
楽しそうでなりよりだけど、何か笑うところあった?
「イルシア、どうかした?」
「いえ。コーサクさんがロゼッタさんのことを、ロゼって呼ぶの、いいなあって思っただけです。愛称で呼び合うのって素敵ですよね」
「そう?」
「……っ!」
何かそう言われると少し恥ずかしい。それはそうと、イルシアの言葉に、オレの左を歩くリックがビクッ、と反応した。
横目で見ると、少し顔が赤い。何で?
「ふふっ」
オレの右ではイルシアが微笑みながら歩き、左ではリックが少しぎこちなく歩いている。
「んん?」
よく分からない。オレのいない2ヶ月の間に、この2人に何かあったのだろうか。
リックとイルシア、2人の仲の進展も気にはなるが、今日来た目的はアリシアさんへのお礼だ。
オレがいない間に何があったかにはついては、後でリックを捕まえて聞き出そう。
3人で中庭に入ると、オレ達に気付いた子供達がこちらを向く。視線が熱い。オレを見て、一瞬だけみんなの動きが止まる。
近くにいたマルコが息を吸い込んだのが見えた。耳塞いでもいい?
「コーサクだー!!」
「生きてたー!!」
「ひさしぶりー!!」
大音量。そして飛んでくる子供たち。身体強化できないからなあ。相手をしていたら、比喩表現じゃなく骨が折れそう。
という訳で、オレから意識を逸らしてもらいたいと思う。短く息を吸って叫ぶ。
「リックがデカい肉を持ってるぞ!みんな見せてもらえ!」
「ええ!?」
リックが隣で驚いた声を出す。うん、ごめん。そして、後はよろしく。
「おにくー!?」
「おおきいのー?」
「すげー!!」
「う、うわ、ちょっと!!」
チビッ子たちがリックに向かって突撃する。これでよし。しばらく気は引けるだろう。今の内にアリシアさんの所へ行こう。
子供達に囲まれるリックを置いて、アリシアさんの元へ足を進める。イルシアはリックの傍に残ったようだ。
オレの視線の先では、アリシアさんが楽しそうに、オレと背後のリック達を眺めている。
「こんにちは、アリシアさん」
「ええ、こんにちは。無事に帰って来て良かったわ」
アリシアさんが微笑む。
「はい。何とか。アリシアさん。オレのいない間、ロゼの手助けをしてくれてありがとうございました」
お礼を言って頭を下げる。ロゼから聞いた話だと、とてもお世話になったようだ。
「ふふふ。ロゼッタちゃんに言ったけど、気にしなくいいわよ。私も楽しかったから。娘がもう1人増えたみたいだったわ」
何の苦労もなかったように、アリシアさんが言う。その余裕が頼もしい。
「それでも、ありがとうございます。お土産に大兎の肉を持ってきたので、みんなで食べてください」
「ふふふ、ありがとう。それでみんな盛り上がっているのね?」
背後をチラリと見ると、何人かの子供達が浮き上がっていた。リックの風の魔術だろう。楽しそうな歓声が聞こえる。平和だな。
「ああ、そうそう、コーサク君。うちの夫がコーサク君に用事があるそうよ。今日はもう少ししたら、ここに顔を出す予定だったから、少し待っていてくれるかしら?」
「ええ、はい。大丈夫です。待ちます」
元々、ギルバートさんに会いにグラスト商会には顔を出すつもりだった。
ギルバートさんの用事はあれかな。ロゼとの結婚の儀式の話かな?ギルバートさんには立会人をお願いしてるし。
帰ってきたら、日程の調整をしようとも話していた。
子供達の行動は、デカい塊肉を見るというものから、リックに飛ばしてもらうものへと移行している。楽しそうだ。
その光景を眺めながらアリシアさんと雑談していると、ギルバートさんが姿を見せた。
オレの姿を見つけて、笑いながら近づいてくる。相変わらず、その顔は怖い。獲物を見つけた山賊の頭に見える表情だ。顔に走った傷跡がいい感じ。
「ギルバートさん、こんにちは」
「おう、無事でよかったな」
ギルバートさんが嬉しそうに、オレの肩を叩く。痛いです。いや、本当に。
「よし!じゃあ、行くか!」
「はい?うおっ!?」
ギルバートさんに担ぎ上げられる。え、なに?
疑問だらけのオレを気にせずに、ギルバートさんが歩き出す。
「ええと、どこに行くんですか?」
「服屋だ」
服屋?
「コーサク、お前まだ結婚用の礼装を仕立ててないだろ。さっさと作るぞ」
「え、あ、はい」
確かにまだ作ってない。帝国に行く前に注文しようと思っていたが、ちょうど注文が立て込んでいて、採寸もできなかったのだ。
ロゼの分はもう出来上がっているらしい。見せてくれなかったけど。本番を楽しみにしておけ、とのことだ。
まあ、それはさておき。
「分かりました。分かったので……降ろしてもらってもいいですか?自分で歩きます」
誰かに担がれて礼装を仕立てに行く新郎なんて、恰好が悪すぎる。
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