第36話 被害報告と炊き出し

 7日ぶりに、再びオレは円卓に座っている。とても眠いです。


「状況の確認だ。俺等の商会員と都市の運営職員が今も走り回っているが、今のところ家が潰れたという報告は無い。魔道具が必要ないと判断された小屋なんかがいくつか潰れたくらいだな。道の除雪は、もう冒険者が動いている。もう少しすれば行き来も楽になるだろう。リリーナ、そっちはどうだ」


 前回と同じく、カルロスさんが司会となって現状の確認が始まる。疲労が浮かぶ眼帯姿は少し人相が悪い。


「ええ、農場にも特に被害はないわ。コーサクさんが設置してくれた魔道具のおかげで、今のところ農作物への影響もあまり見られないわね。魔道具へ魔力を補給している人員が少し疲れているくらいかしら。これは人を回して対応するわ」


 良かった。この突然の冬を乗り越えたけど食料がなくなりました、なんてことにはならなそうだ。ご飯を食べれれば、最低限なんでも何とかなるだろう。


「問題は、やっぱり後10日くらいは気温の低い日が続きそうなことね。氷龍が通過した影響で、氷の精霊たちがたくさん集まっているわ。元に戻るにはそれくらい必要ね」


 リリーナさんの見立てなら確かだろう。彼女の家系は代々、氷の適性が高い。その高い適性を持つ氷の魔術を利用して、リューリック商会は食料の長期保管と長距離輸送を可能としているのだ。


 リリーナさん自体、歴代の商会長の中でもトップクラスの魔力量と適性を持っている。その見解に疑いを挟む余地はない。リリーナさんスペック高過ぎ。

 でも、やっぱり疲れているのか、いつもより顔が白く見える。


「グラスト商会は、明日にでも行商を再開するつもりだ。この都市ほどではないだろうが、遠くの村々も気温が下がっているはずだ。食料や、薬なんかも必要だろう。うちで起きている問題は、馬車を牽く大亀や大トカゲが眠っていたり、動きが鈍くなっていることだな。まあ、他の生き物を使う予定だ」


 冬眠?ともあれギルバートさん率いるグラスト商会は、この状況でも雪を越えて行商へ行くらしい。いや、言い方から、この状況だからこそ、か。頑張って欲しい。

 ギルバートさんは無精ひげが生えて、山賊スタイルが強化されている。


「俺のところの職人たちは、全員爆睡中だな。たぶんしばらくは起きねえぞ。必要な物は作ったはずだが、急に何か入用になったら言え。何人か叩き起こす」


 そりゃ職人さん達は倒れてるよね。ほとんど不眠不休だったし。オレも爆睡したい。親方も眠そう。


「そうか、職人の働きには助かった。コーサク、お前もだ。この都市を代表して礼を言う。ありがとう」


「あ~、いえいえ。これでも都市の一員ですから」


「ははは。報酬は期待しておけ。さて、現状ではあまり問題は発生していないようだ。引き続き、情報を収集するとしよう。何か意見はあるか?コーサク、お前はどうだ?」


「うへ?え~、都市全体の頑張りで初動対応が上手くいったみたいなので、ある程度は大丈夫じゃないですかね?氷龍も通過して、状況が悪化することもなさそうですし。後は、残りの10日、必要な物資が無くならないように管理して、え~と、皆が風邪を引かないようにしてもらいたいと思います」


「そうか、分かった。では、他に無ければ解散だ。各自、指揮に戻ってくれ」


「ええ」

「ああ」

「おう」

「お疲れ様でした」


 オレは帰って寝よう。


 部屋を出るとリックが待っていてくれた。


「お疲れ様っす。終わったっすか?家まで送って行くっすよ」


「うん、ありがとう。さっきは聞けなかったけど、孤児院の方は大丈夫だった?」


「自分も帰れてないので、分からないっすね。一応、イルシアが大丈夫だって伝えに来たから問題ないと思うっす。帰りに寄って行くっすか?」


「あ~、そうだね。うん。孤児院に顔を出そうか。よろしく」


 気になると眠れないからね。


「了解っす!」


 大通りでは、冒険者達が雪かきをしている。当然のように身体強化をしているのだろう。凄まじい勢いだ。たまに、魔術を使って雪を溶かしている人もいる。

 ……遠目に、ゴルドンが笑いながら雪を巻き上げているのが見えた。何故かスコップ二刀流だ。筋肉すごい。


 冒険者の頑張りにより、雪に埋もれていた道が見えてきている。やっぱりこの世界の人は強いな。


 リックに背負われて孤児院に入った。何やら、中ではガチャガチャと音がしている。リックから降ろしてもらうと、睡眠不足のせいか少しふらついた。


「あ~!!リックがかえってきた!!」

「コーサクもいる~!!」

「おかえり~!!」


 この寒い中でも子供達は元気だ。こっちに飛んでくる。体調の悪い子もいなそうだ。


 ……やばい。今は身体強化が使えそうにない。突撃を食らったら、最悪ここで死ぬかも。


「はいはい、駄目だぞお前ら。コーサクさんは疲れてるんだからな?」


 リックがオレの直前で、子供達をまとめて受け止めてくれた。助かった。ホントに。


「ふう、リックありがとう」


「いえいえっす、こちらこそすみませんっす」


「コーサクびょうき~?」

「ぐあいわるいの~?」

「しんじゃうの?」


「死なないし、病気じゃない。ただ疲れているだけだよ」


 うん、やばいくらい眠くて、超疲れているだけ。大丈夫ではないかもしれない。


「お疲れ様、コーサクくん」


「あ、アリシアさんこんにちは、と、イルシアもこんにちは。孤児院は大丈夫そうですか?」


「ええ、こんにちは。ここは大丈夫よ。子供達も元気だし、むしろ雪にはしゃいでいるわ」

 

「こんにちは。コーサクさん顔色悪いですよ。大丈夫ですか?」


「あははは。すごく眠いね。え~と、今なにしてたんです?」


 アリシアさんとイルシアさんの後ろには、テーブルと箱と袋がいくつか置いてある。木の箱からは調理器具が見えていた。あと、もしかしてあの神社の鐘を逆さにしたみたいなのは鍋なんだろうか。


「炊き出しの準備をしていたのよ。あの人も頑張っていたけれど、やっぱり食料や燃料が買えなかった人がいるみたいだから」


「はい、ちょうど準備をしながら、何を作るか考えていたところです」


「へ~、すごいですね。食材は何があるんです?」


「保存のきく野菜と、あと、ここ出身の冒険者の方から猪肉をもらいました」


 イルシアに見せてもらった野菜籠には、イモとニンジン、玉ねぎにキノコが入っている。猪肉は見事なバラ肉だ。

 う~ん、具材はいくつか足りないけど、炊き出しと言えばやっぱり。


「豚汁かなあ」


 そのイメージが強いよね。


「トンジル?」

「トンジュー?」

「おいしいの!?」


 ありゃ、声に出てた上に子供達に聞かれてしまった。期待を込めた目が痛い。


「あ~、う~……オレの知っている料理であれば手伝いますよ。鍋一つで出来るやつです」


「あら、大丈夫なのかしら?」


「ええ、大丈夫です。1つだけ追加で必要な食材があるんで、ちょっと家に行ってきますね。リック、頼んだ」


「了解っす」


 想像してたら、オレも久しぶりに豚汁が食べたくなった。この寒い中で食べる豚汁は、熱々でとっても美味しいだろう。眠いけど、まあ自業自得だ。氷龍が来る直前まで何時間か寝たし、体調は少しマシになってるからまだ動けるだろう。


 さあ、味噌を取りに自宅へGOだ。

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