第37話 豚汁
今、オレはひたすらイモの皮を剥いている。
見た目はほとんどジャガイモだ。まあ、ジャガイモでいいだろう。
1個1個がそれなりに大きい。オレの握り拳くらいだ。野菜用のピーラーなんて無いのでナイフで皮を剥いているが、あまりデコボコしていないので剥きやすい。
多少ぼんやりしながらでも、ナイフの感触でするする剥ける。
ひたすら剥く。
……くふふ。ジャガイモの皮を、つなげたまま全部剥いてやったぜ。
1本につながったジャガイモの皮が、オレの手元からぶら下がっている。
だけど、誰も見てくれる人がいない。突っ込みもなしだ。さみしい。
ここは都市の広場だ。孤児院のメンバーと一緒に炊き出しの準備をしている。
小さな子も一生懸命手伝っている。さすがに、忙しそうに動き回る子供達にジャガイモの皮を見せに行くのは、大人としてどうかと思うので止めておく。邪魔は駄目だ。
睡眠不足の影響か、なんだかテンションが上がって来ている。ふわふわと気持ちいい。
アリシアさんの指揮の元、子供達が荷物を運んできていた。テーブルを協力して並べているのも見える。
オレが力仕事から外されているのは、まあ、当たり前で当然だ。魔道具を使わなければ、オレはこの世界ではあまりに貧弱だからだ。身体強化を使われれば子供にも負ける。
神社の鐘サイズの鍋も、さっき子供4人で運んでいるのが見えた。素のオレでは邪魔になるだけだろう。
という訳で1人寂しく皮剥きだ。結構楽しいよ?皮剥き。
「コーサクさん、手伝いますよ」
「うん?ああ、よろしく」
無心で皮剥きをしていたので気づかなかったが、炊き出しの会場の設置は終わったようだ。イルシアが年長組を連れてこっちに来た。
皮剥きは任せて、オレは野菜を切り始めるか。
「んっ、んぐぐぐ、ぐあ。ふう、イルシア、こっちはお願い」
寒空の下、ずっと下を向いた体勢でいたせいか首と腰が固まっていた。軽く体を伸ばしつつ、設置された調理台に向かう。
大型の鍋は水を入れているところのようだ。魔術によって出された水が、勢い良く注がれていく。
まずは、火の通りにくいニンジンだな。トントントン、とあまり厚くないイチョウ切りにしていく。
鍋はアリシアさんが魔術で火を付けて、加熱を始めている。リックは炊き出しをすることを周辺住民に伝えに行ったのでここにはいない。
「コーサクくん、鍋の方はいいわよ」
「はい、ありがとうございます」
切り終わったニンジンを湯気が上がる鍋にドバドバ放り込んだ。
「コーサクさん皮剥き終わりました。手伝いますね」
「私も手伝うわ」
「え~と、アリシアさんは猪肉をお願いします。一口サイズの薄切りで。イルシアは玉ねぎと茸をお願い」
「分かったわ」
「分かりました」
オレはジャガイモに移る。
手伝ってくれる子供達に教えながら、ジャガイモもイチョウ切りにしていく。鍋に投入するのは子供達に任せた。
「ただいまっす。宣伝して来たっすよ!」
「おかえり、リック。いいところに。鍋が焦げないように混ぜて」
「了解っす」
ニンジンとジャガイモは終わった。アリシアさんの猪肉を手伝う。薄切りなので少し時間が掛かっていた。
2人掛かりで肉の塊を処理していく。切った肉は子供達に鍋に入れてもらう。
「重なると肉同士でくっつくから気を付けろよ~」
「「「は~い」」」
肉が投入され始めた鍋では、リックが中身をかき混ぜている。使っているのは、船のオールのような木のヘラ。……大変そうだ。
「コーサクさん、玉ねぎと茸切り終わりました」
「ありがとう。もう入れていいよ」
「はい!」
イルシアと一緒に鍋に向かう。切った玉ねぎと茸を全部投入してもらった。
全ての具材が入った鍋には、それなりの量の灰汁が浮かんでいた。ほどほどに取る。
味のみを考えるなら細かく灰汁を取った方がいいが、今回は炊き出しだ。灰汁には栄養も含まれているので、ほどほどでいいだろう。
猪肉の臭みは味噌になんとかしてもらう。
さて、大体具材も煮えたので、味噌を投入しようと思う。家から持ってきた小型の味噌樽を抱えてフタを開ける。味噌の濃い塩分の香りがする。
ははは、滅茶苦茶作るの大変だったんだぜ?
「…………」
「…………」
「…………」
何だろう?周りが静かになった。樽の中の味噌を目にした子供達がなにやら固まっている。
その目が、え、それ入れるの?マジで?と言っている。
なんだよ。マジだよ。入れるに決まってるだろ。
「いや、お前ら、これは味噌っていう調味料で美味いんだからな?原料は豆だ。変な物は入っていない。味はオレが保証する」
入っているのは麹菌くらいだ。
「だって、それどう見てもうん「マルコ!!良いかマルコォ。それ以上は駄目だ。良いな?」
ぐるりとまわりを見渡す。異論のあるヤツはいるのかコノヤロウ。
オレからの視線に、それ以上否定的な意見は出てこない。
おし!納得してもらえたようだ。では投入~。
「「「っ……」」」
かすかに悲鳴が聞こえたような気がするが無視だ。お玉の上で味噌を溶かしていく。
溶けて熱が入った味噌と、猪肉の油、野菜の香りが合わさり、とても空腹を誘う匂いがして来た。これだよ豚汁!
「あれ?」
「いいにおい?」
「おなかすいた?」
味見をしながら味噌を足していく。
……よし!良い感じだ。
「完成!おし、マルコ。味見だ。来い」
「うえっ、ぼ、ぼくなの?」
さっき危うい発言をしかけたからな。責任を取れ。
お椀に豚汁を少量注いでマルコに渡す。
「ほら、ぐいっと」
「う、うん」
マルコがなにやら警戒しながらも手に持ったお椀を傾ける。オレを信用しろよ。
「っ!?おいしい!!」
「当たり前だろ?豚汁だぞ?」
「ぼくも~!」
「わたしも~!」
「あじみ~!」
「いっぱい食べたら味見じゃなくなるだろ?落ち着けお前ら。アリシアさん、完成したので後はお願いします」
「ええ、任せて。ありがとう、少し休んでいてね?」
「はい」
「ほら、みんな!炊き出しを始めるわよ、準備して!」
「「「は~い」」」
さて、オレは豚汁を食べて少し休憩しよう。
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