第161話 母の来訪

 ロザリーさんとミザさんを家に招き入れ、お茶の準備をする。


 まさか、お義母さんにこんなに早く会えるとは思ってなかった。帝国からここまで来るとは、フットワークが軽すぎではないだろうか。


 居間からは、少し大きなロゼの声がする。肉親のロゼにとっても、驚きの行動のようだ。


 その声を聞きながら、お茶を蒸らしつつ、お茶請けのクッキーを皿に並べる。アリスさんの店で購入した物だ。

 貴族であるロザリーさんに出しても、不足はないだろう。美味しいからな。


 お盆にお茶とクッキーを載せて、居間へ移動する。


 扉を開けると、3人の視線がオレを向いた。


 ロゼは嬉しさと困惑が半々になったような表情を浮かべ、ロザリーさんは優雅に微笑み、ミザさんは目を伏せて沈黙している。


 女性の比率が多い。家がいつもより華やかだ。その反面、ちょっとだけ居心地が悪い。急なお義母さんの来訪で、オレも少し緊張している。


 あと、オレが現れたことで会話が止まってしまったので、その沈黙が痛い。


「あ~……とりあえず、お茶をどうぞ?」


 ロザリーさんとミザさんの分から、テーブルの上にお茶とクッキーを並べる。


「ふふふ、ありがとう」


「ありがとうございます」


 あとはそのままロゼの隣に移動し、2人分のお茶を並べる。


「コウ、ありがとう」


「どういたしまして」


 テーブルを囲んでいる4人の内、男はオレだけだ。なんだかやりづらい。


 ちなみに、オレと同じ男、というか雄のタローは、ロザリーさんの足元で、気持ち良さそうに撫でられていた。

 ロゼと似た気配を感じたのだろうか、全く警戒していないようだ。オレの援護はしてくれないだろう。まあ、そもそも、喋れないけどな。


 オレが席に着いたことで、ロゼが口を開く。


「それで、お母様。いったい何故、急にいらっしゃったのですか?」


 ……おお~。なんか、ロゼが貴族っぽい。いや、元貴族だから当然なんだろうけど。なんだか新鮮だな。


「ふふ。何故もなにも、ロゼッタちゃんが結婚して子供が産まれるって聞いたから、顔を見に来ただけじゃない。だいたい、貴方は手紙の1つも寄越さないなんだから。ちゃんと報告くらいしなさいな」


 至極まっとうな理由だ。問題があるとすれば、ロザリーさんは貴族で、ロゼは違うという点だろう。


「……私は、もう家を出た身です。お互いに、気安く関わるべきではありません」


 ロゼの意見も、正しい物ではある。だけど、ロザリーさんは止まらない。


「固い。固いわねえ。ロゼッタちゃんったら、お父様に似ちゃったのね。別に、私達に会う方法なんて、いくらでもあるでしょうに。私はずっと待ってたわよ。でも、6年も顔を出さないんですもの。こちらから会いに行こうとも思うわよ」


「で、ですが……」


 ロゼが押されている。珍しい姿だ。


 オレの視線に気づいたロゼが、少し顔を赤くして咳払いをする。


「……ですが、私が会いに行くことで、要らぬ非難を受ける可能性もあるでしょう」


 貴族というのは、潜在的には敵同士。隙を見せれば噛み付かれる。人の家の不作法をチマチマ刺してくる面倒な奴もいるのだ。


「そもそも、お母様がいらっしゃっても大丈夫だったのですか?今、帝国は大変な時期のはずです」


 皇帝が変わったばっかりだしね。


「ああ、それなら大丈夫よ。ちゃんとお忍びで来たから」


「そういう問題ではありません」


 貴族のお忍びというものは、だいたい平民にはバレているものだ。着る物を変えても、髪とか、指先とか、歩き方とかで大体分かる。


 貴族側としてもそれは理解しているが、貴族と平民、お互いが知らない振りをするから、お忍びというのは成立するのだ。


 まあ、オレはそこら辺の常識がさっぱり無かったので、1回トラブルを起こしたことがある。

 ……斬られなくて良かったなあ、あのとき。


 まあ、それはさておき、ロザリーさんは余裕そうな表情だ。帝国の他の貴族に、お忍びで出掛けたことはバレていると思うんだけど。


 デュークさんは新皇帝派の貴族だし、弱みを見せるのは良くない気がするが……。


「ふふふ。本当に大丈夫なのよ?」


 ロザリーさんが楽しそうに笑って言葉を続ける。


「帝国が大変な時期なのは事実。でも、そのおかげで、は混乱の中心である帝都に集まっているのよ。小さな領地を監視するような、暇な貴族はいないわ」


 ……なるほど。


「ロゼッタちゃんに会いに来るには、ちょうどいい機会だったわね」


 そう言って、ロザリーさんがお茶に口を付ける。


「うん。美味しいわ。いい腕ね、コーサクさん」


「あ、はい。ありがとうございます……ロザリーさん」


 一瞬、何と呼ぶか悩んで、結局名前で呼んだ。


「ふふふ。お義母さんでもいいのよ?」


「あ~、はい。考えておきます……」


「ふふふ」


 駄目だな。オレとロゼ、2人揃ってロザリーさん相手にペースを握られている。


 まあ、そもそもオレは、ロゼと似た顔のロザリーさんに強く出られる気がしないんだけど。


 曖昧に笑うオレの隣で、ロゼが再び口を開く。


「……家は大丈夫なのですか?お父様も帝都にいらっしゃるのに、お母様までいなくなっては、手が回らないのではありませんか?」


「そっちも大丈夫よ。デリスに任せて来たわ」


「お兄様に?」


 ロゼのお兄さん、デリスって名前なのか。初めて知ったわ。


「ふふ。あの子も次期当主なのだから、良い経験になるでしょう。自分より上の立場がいない状態で指示を出すのは、今後必要になってくることよ」


 ロゼのお兄さんは、確かオレの2個上か。28歳?それで領地一つを背負うのは、中々大変な気がするな。


「そうですか……」


 ロゼが呟く。何だか違和感がある。


 ロゼとロザリーさんは仲が良さそうに見える。でも、何か壁を感じるような?

 母親に会えて嬉しいけど、嬉しくないような?


 何だ?


「あの子もロゼッタちゃんに会いたがっていたわよ。だいたい、貴方を家から出したのは、貴方を守るためなんだから、ちゃんと無事くらい知らせなさい」


「……私を、守る?」


「……ん?」


 知らない情報が出てきた。ロゼを守るため?


「……あら?」


 言ったロザリーさん本人も首を傾げている。


「……ロゼッタちゃん。貴方が家を出ることになった理由は覚えているかしら?」


 眉を寄せた表情で、ロザリーさんが質問する。


「……私が、誤って騎士団長を傷付けかけたせいでしょう。それが原因で騎士を辞めることになり、同時にその不名誉から家を出ました」


 ……懐かしいロゼのドジっ子エピソード。今はだいぶ落ち着いたんだけどなあ。


 確か、大規模な魔物の討伐が終わった後に、身体強化の切り替えをミスって足を滑らせて、上司の頭を割るところだったとか。


 ……改めて思い出すとヤバいな。騎士団長が無事で本当に良かった。


「その通りだけど、裏の理由は?」


「裏の、理由……?」


 ロゼは全く分からないように、困惑した顔をしている。


 その表情を見て、ロザリーさんが目を閉じる。そのまま、独り言のように呟き始めた。


「そう、そういうこと。ロゼッタちゃんには伝えなかったのね。……帰ったらお仕置きね」


 良く分からないが、ちょっと怖い。誰がお仕置きされるんだろうか。


 再び目を開いたロザリーさんが、ロゼを見つめる。


「ロゼッタちゃん。昔、貴方が求婚されたことがあったでしょう?」


「……ええ、はい」


「ええ!?」


 初耳!マジで?誰から?


 オレの驚愕の表情を見たロゼが、苦笑いしながら説明する。


「きっぱり断った話だ。私が15くらいのときで、相手は50近かったからな」


「ええ……」


 犯罪じゃね?35歳差。ロリコンか?


「その相手がねえ。かなりしつこくて。実は何回も話が来ていたのよ。しかも、自分より強い年下の女性を組み敷くのが趣味の変態だったらしくて。それなりに大きい領地の貴族だったから、毎回断るのが大変だったわ」


 ロゼは隣で固まっている。知らない内に、変態に捕まるかもしれなかったと知れば、絶句もするだろう。


 ……度し難い変態だ。許せねえ。


「ああー、すみません、ロザリーさん。その相手の名前と領地を教えてもらってもいいですか?」


 ええ、ちょっと挨拶に行って来ます。大丈夫。科学的な捜査方法が発達していないこの世界で、証拠を残すようなヘマはしません。


 ちょっと掃除に行ってくるだけです……!


「ふふふ。もういないから会えないわよ、コーサクさん」


 笑いながら言うロザリーさんに、急激にテンションが戻る。ああ~……もう死んでんのかな。


 まあ、権力を振りかざして犯罪行為をして来た貴族たちは、新皇帝に文字通り首を切られているらしいので、その1人だったのだろう。

 怖いなあ、貴族社会。


「うふふ。愛されてるわね、ロゼッタちゃん」


「「……っ」」


 恥ずかしい。愛しているけど、お義母さんに言われるのは、何だか非常に恥ずかしい。


 顔を赤くしたオレ達を前に、ロザリーさんは言葉を続ける。


「それで、色々と圧力をかけられて、無理矢理ロゼッタちゃんを連れて行かれそうになったから、貴方を家から出すことにしたのよ。騎士団長さんも共犯よ?旦那様とは、学院時代からの親友なのだから」


「そう、だったのですか……」


 怒涛の新情報に、心の整理が追い付いてないように、ロゼが呟く。


「そうなのよ。そもそも貴方は、その不器用さを踏まえても、騎士として十分な戦力だと判断されたのでしょうに。本来、そう簡単に首になったりはしないわ」


 ロザリーさんは、少し呆れたような顔をする。


「それにしても、まったくあの人ったら、わざとロゼッタちゃんに教えなかったのね。きっと、真実を知らない方がロゼッタは安全だ、とか考えたのよ。もう、勝手なものね。何でお仕事はできるのに、家族に関することは不器用になってしまうのかしら。帰ったら、ちゃんとお話しが必要ね」


 遠い地にいるデュークさんは、やることが増えたようだ。頑張って欲しい。


「さて、ロゼッタちゃん」


 ロザリーさんがロゼを見る。その視線は柔らかい。


「貴方は知らなかったみたいだけど、今でもみんな貴方を愛しているわ。私も、久しぶりに会えてとても嬉しいわよ」


「……っ」


 隣で、ロゼが息を飲んだ音がした。


「私も、会えて嬉しいです。お母様……っ」


 似た顔をした2人が笑い合う。


 その、眩しい家族の再会を見つめる。良いことだ。家族の絆は尊い。自分では二度と会えない分、強くそう思う。

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