第174話 燃える気力

 お米を分けてもらうために、オレは地龍の試練というものを受けることにした。だけど、その前に湿地の走竜を討伐する必要がある。


 グルガーさん曰く、得体のしれない者に地龍様の居場所は教えられない。まずは長の信頼を得よ。とのことだ。


 それはそうだろう。龍を様付けで呼ぶほどに信仰しているのだ。余所者に下手な真似をされたくないというのは当然の話だと思う。


 だから、まずは走竜の討伐だ。カルロスさんとやることは同じになった。協力させてもらおう。


 虫系とゴーレム系以外の魔物相手なら、オレはそれなりに戦える。魔力察知も含めて役に立てると思う。


 今は、走竜を討伐する準備のために船に戻る途中だ。ボートで沖に泊った船を目指している。


 再びの揺れる足元と潮の香り。夕焼けが海面を照らしている。日暮れまではもうすぐだ。潮の流れが悪いのか、ボートは行きよりも遅い。


 少し高い波を眺めつつ、カルロスさんに話しかける。


「カルロスさん、走竜はどうやって討伐します? 聞いた感じ、数が多い上に、足場はかなり悪いみたいですけど」


 そうカルロスさんに聞いてみる。少しでも早く走竜を討伐して、地龍の試練に挑みたい。6年も待ったお米を手に入れる機会に、心が逸ってしかたないのだ。

 興奮で体が熱い。今日は眠れないかもしれない。


「そうだな。討伐にはこちらも人手をかけるつもりだ。幸い、海を越えるために、戦える者を多く連れてきている。数人ずつ組ませれば、普通の魔物相手に負けることはない」


 船員たちの力量を信頼した様子でカルロスが言う。

 確かに、船には揺れる船上で戦える屈強な男たちが大量にいる。走竜にも遅れはとらないだろう。


「そして、足場の問題はなんとかできるな。ちょうどいい。アーノルド。このままだと船に着く前に陽が暮れる。ボートを押してくれ」


 押す? 泳ぐんですか?


「おうさ、親分」


 カルロスさんの指示に、ボートに乗っている船員の1人、アーノルドさんが返事をする。2メートル近い身長。パンパンに張った筋肉。顔の下半分を覆う髭が特徴の、陽気な船乗りだ。


 そのアーノルドさんが、ボートの上に立ちあがって、高らかに詠唱する。


「――、――――『水よ。我が身を支えろ!!』」


 魔術が発動する。アーノルドさんの両足に魔力が集中しているのが分かった。


 そのまま、アーノルドさんが無造作に船から海へ足を踏み出す。


「おお~」


 思わず感嘆の声が漏れる。アーノルドさんは海面に・・・立っていた。波の立つ海を、太い足で踏みしめている。


 水上歩行の魔術だ。初めて見た。


 アーノルドさんがボートの後ろに回り、船尾を両手で掴む。


「行くぞ! おおおおっ!!」


 船が急加速する。アーノルドさんが筋肉を盛り上げながら、海面を蹴って船を押す。まさかの前進方法だ。だけど速い。

 波を切り裂いて、ボートがグングン進んでいく。目指す船が急速に近づく。凄まじい力技に、ボートは大きく揺れる。


 その揺れるボートの上で、カルロスさんの隻眼が誇らしそうにオレを見た。


「うちで水が得意な奴らは全員、水上歩行の魔術を使えるようにしている。湿地でも沼地でも、波がないなら海よりは楽だろうさ」


「なるほど。それは心強いですね」


 アーノルドさんは思いっきり水面を蹴っている。これなら湿地でも足場の心配はなそうだ。むしろ、オレはいらないかもしれない。

 いや、ちゃんと参加するけどね。一緒に行くグルガーさんに、オレの雄姿を見せないと。


「それより、コーサクはどうするんだ? 水の魔術は使えないだろう?」


 カルロスさんが聞いてくる。もっともな疑問だ。


「オレは防壁で足場を作るつもりですよ。いつものやつです」


「そうか。それならいい」


 走竜を探すのも、空中からの方が楽だろう。まあ、問題は1つあるけど。結構デカい問題が。


「でも、燃料の魔石がここでは補充できないので、時間が掛かりそうなら誰かの肩か背中でも貸してもらえると嬉しいです」


 防壁は負荷を掛け続けると、そこそこ魔力を食うのだ。冒険者ギルドのないこの島では、魔石が手に入らない。

 魔石はかなり余裕を持って船に積ませてもらっているが、地龍の試練や帰りの航海での分は十分に残しておきたい。何があるか分からないし。


 だから、走竜の討伐が長時間になるようなら、誰かの肩にでも乗せてもらいたいと思う。いつもの運搬スタイルでもいい。


「ははは、なるほど。分かった。コーサクには誰か1人つけるとしよう」


「ありがとうございます。その分、役には立ちますよ。索敵は任せてください」


「ああ、期待している」


 その期待には、全力で応えさせてもらおう。何よりも自分のためにだ。


 会話の終わりと同時に船に着いた。甲板からは縄梯子が降ろされ、1人ずつ上って行った。最後はロープで結んだボートを、身体強化を使用した力技で回収すれば終了だ。


 島に渡った8人全員が甲板に戻ってくると、他の船員たちに囲まれた。オレ達がグルガーさん達に連れ去れたのは、船からも見えたようだ。

 心配していた船員たちがぞろぞろと寄ってくる。


「無事でよかったです!」

「いやあ、いつ救援の合図が来るかとハラハラしとりました」

「もう少し遅かったら、助けに行くところでしたよ!」


 特にカルロスさんは、あっという間に船員たちの中に消えて行った。蒸し暑そうな人垣の中から声だけが聞こえる。


「見ての通り全員無事だ。土産話はあとでじっくり聞かせてやる。伝令係! 他の船の船長を呼べ! これからの打ち合わせをするぞ!」


「はい!」


 船員の1人が旗を持って走る。状況の共有と、走竜討伐の人員の選定だろう。オレ付きの人間も決まるはず。

 誰になるだろうか。





 走竜討伐のための会議が終わり、その日の夜。オレは船の甲板で、遠目に見える島を眺めていた。

 月が明るいおかげで、砂浜が綺麗に見える。


 走竜の討伐は、早くも明日から開始だ。知らない土地ゆえに、慎重に行動することがカルロスさんから指示された。


 ちなみに、オレに付いてくれるのはジャス君になった。風の次に、水の適性が高いらしい。魔力も豊富。オレと一緒なら、そう危ない目にも合わないだろうとの判断だ。

 まあ、オレも前途洋々な少年を危険に晒すつもりはない。何かあったらちゃんと守ろう。


 そんなことを考えつつ、夜の風に当たる。薄闇の中を吹く潮風は冷えている。だけど、その冷たさが心地よかった。


「長かったなあ……」


 長かった。ああ、長かった。この6年、色々なことがあった。それでも、あと数歩でお米が手に入るところまで来た。


 熱を持った息を吐く。求め続けていた願望の前に、心も体も燃えている。モチベーションは限界突破だ。目が覚めてしょうがない。今なら、どんな障害も乗り越えられる気がする。


 あと少しだ。全力で。だけど慎重に行こう。ここで、オレは自分の望みを叶えてみせる。

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