第173話 望みと覚悟
狼狽、歓喜、動揺、期待。頭の中は大混乱。求め続けていたお米らしきものが目の前にあるという状況に、頭が上手くついて行かない。
え、お米、あった?
いや、いやいやいやいや。落ち着けオレ。まだ確定じゃない。確定じゃないぞー。
これまでもあっただろう。お米かと思ったら、全然違ったなんて、この6年で何回も経験している。
だから落ち着けー。まずは深呼吸だ。すう~、はあ~。
よし、OK。あまり期待しすぎるのは駄目だ。これで違ったら心が折れるからな。大丈夫、大丈夫。もし違っても、よくあることだ。オレは慣れてる。
「ええと、リコ。ちょっと近くで見てもいい?」
まずは観察。大事。
「いいけど。触っちゃダメよ?」
「了解。触らない。絶対に」
だから見せて。
「そ、それならいいけど……」
何故かリコが引いた顔をしているが、そちらに思考を回す余裕がない。
許可をもらったので、広場の中央にある祭壇に近付く。後ろからリコがついて来た。
近づけば、祭壇に捧げられているものが良く見える。その中の一つに注目する。それ以外は目に入らない。
木製の器に入っているのは、淡い黄色と茶色の種のようなもの。籾殻に包まれたお米に見える。3合くらいの量だ。イネ科の植物なのは確かだろう。
そして、さらに目を凝らせば、籾殻の剥げたものもいくつか。それは淡い褐色の楕円形。
オレには、どう見ても玄米にしか見えない。
お米だ。お米に見える。あまり粒が長くない、日本米に近い品種。オレはお米を見つけた。
駄目だったときのために心構えをしたのに、まさかの本当にお米だった。いや、いいんだけど。これでいい。この時を待っていたんだ。
「ヤバい……。びっくりしすぎて、上手く嬉しさを表現できない……」
ええ……。この気持ちをどうしよう。
「――がどうかしたの?」
あまりの衝撃に固まってしまったオレに、リコが話しかけてくる。聞いたことのない単語が、お米の名前のようだ。オレの中では『お米』で脳内変換しておこう。
「あの、リコ。お米って、ここの主食なの?」
それなら、今すぐに食べさせてもらいたいんだけど。
「え? 食べないわよ?」
なんでさっ!?
「え、ええ? 食べないの? 何で?」
え、もしかして食えないの? このお米。見た目だけのパチモン? やっぱり駄目?
「何でって、食べるほどの量は採れないから? 基本、地龍様への捧げものにしかしてないわね。食べられはするはずだけど、私は食べたことがないわ」
おお……マジか。ええ……。栽培とかしないんですか……? 逆にこの村はなに食ってんの? お米があるのに、お米食べないとかあり得るの……? そんなことある?
……いや、いい。仕方ない。建設的な話をしよう。オレはお米が食べたい。そして、お米がここにある。それだけでいい。話を進めよう。
「リコ。お米って、どうやって手に入れてるの?」
「さっき言った湿地からよ。秋に実った種を採ってくるの。ここにあるのは前の秋のものね」
なるほど、なるほど。野生のものなのか。今は春も後半だ。湿地では芽を出した稲が育っている最中だろう。
……って、湿地? あれ? でかいトカゲこと走竜が増えているのも湿地だよな。
「走竜って、何でも食べるって言ったよね……?」
「そうね。何でも食べるわよ。最近は、増えすぎたせいでお腹が空いているのか、特にひどいわ。おかげで、今の時期に採れる野草の穂がほとんどなくなっちゃったのよね。地龍様への捧げものの一つなのに」
ごめん。野草の穂はどうでもいい。
「お米も食べる……?」
「食べるものがないなら食べると思うわよ?」
「そう」
そうか。なるほど……。よし、走竜はオレの敵だな。利害が完全に一致した。狩るわ。
それは決定。だけど、それはそれとして、このお米を分けてもらえないだろうか。籾殻付きのお米は、つまり種だから、水と栄養があれば芽を出すよね。持って帰って育てたい。
さすがに、湿地で育っている最中のものを船で持ち帰るのは厳しいよな。枯れそうだ。
あと、量に余裕があるのなら、今すぐ炊かせてください。食べるから。
「ちなみに、お米ってこれ以外にも保管してたりする?」
「ここにある分しかないわよ」
……それは残念。
3合くらいの量だ。精米したらもっと減る。ここで白いご飯を食べるのは無理そうだ。それなら。
「ええと、ここにあるのを少し分けてもらったりとか、できる?」
一握りでいいのでください。育てます。
「う~ん。どうだろ~? ちょっと待ってて。グル兄! こっち来てー!」
悩んだ様子を見せたリコがグルガ―さんを呼ぶ。
今更だが、グルガ―さんとカルロスさんは走竜の前で話し合いを続けていたようだ。お米に気を取られていて全然見えてなかった。ごめんなさい。
呼ばれたグルガ―さんは、ずっと浮かべている厳しい表情のまま、こちらに歩いて来た。
カルロスさんも一緒に歩いてくる。オレを見てちょっと苦笑いだ。邪魔して本当にすみません。
「どうした」
「お米を少しだけでいいから分けて欲しいんだって」
似ていない兄妹が会話をする。リコの言葉に、グルガ―さんの目がギロリとオレを見た。眼光が鋭すぎる。
「これは地龍様への捧げものだ。余所者には渡せん」
地に響くような声で否定された。さあ、困ったぞ。どうにか手はないか。
悩んでいるオレの顔を見たリコが兄に話しかける。
「どうにかならない?」
チラリと妹見たグルガ―さんが、再びオレを睨み付けながら口を開く。
「どうしてもと言うのならば、地龍様の試練を越えろ。地龍様に認められた者ならば、分け与えることに異を唱える者はいないだろう」
「地龍様の試練、ですか?」
名前からしてヤバそうな気がする。
「長になるための試練だ。地龍様からお言葉をいただき、無事に帰ってくればいい。」
あれ? 行って帰ってくるだけ? オレは濃い魔力でも体調を崩さないし、けっこう簡単なのでは?
「やるか?」
グルガ―さんがじっとオレを見つめてくる。次期長候補として半端な覚悟は許さないと、その目が語っていた。
細く呼吸をして、自分に問いかける。
試練はたぶん行ける。勝算はある。オレには自分で作ったいくつもの魔道具があり、短時間ではあるが身体強化も使用できる。
戦うのならともかく、行って来るだけなら自信はある。最弱の冒険者時代に、危機察知と逃げ足は磨いたのだ。
というか、強制的に磨かれた。
そして、ここでお米が手に入れば、オレが無茶をする理由はもうなくなる。ロゼにこれ以上心配をかけなくてもいい。
危険な旅へ出る必要はなくなるのだ。
何より、オレはお米が食べたい。ロゼにも、オレたちの子供にも食べて欲しい。
だから。
「やります。試練を受けます」
これが、オレの最後の無茶だ。
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