第99話 旅の準備
眠い……。
「ふああ……ふうぅ」
家の庭で欠伸をする。目の前では燻製器が煙を吐き出していた。
中身はベーコン、ウィンナー、手羽先にチーズ。
ベーコンとウィンナーは、法国への旅用だ。法国は肉の流通量少ないからな。いつでも魔物狩って肉を補給できる訳じゃないし。
ちなみに手羽先とチーズは明日のつまみ。ついでにね。
それにしても眠い。
「座ってると寝そう……」
ここしばらく働き過ぎた。向こう4ヶ月分の魔道具は、昨日までで何とか作った。予定よりも早く終わった。というか終わらせた。
人生なにがあるか分からないからな。仕事を前倒しして頑張った。
その疲労に加え、昨日、というか今日はあまり寝ていない。暑さが減って丁度よい陽気なのもあって、眠ってしまいそうだ。燻製はもうすぐ終わるのに。
「……ちょっと体でも動かすか」
え~と、ラジオ体操の動きは……覚えてるな。記憶に残っている。少しやるか。
「いっち、にー、さん、しー」
ごー、ろく、しち、はち、と。アイタタタ……。ちょっときついな。でも、頭は覚めてきた。やっぱり眠いときは軽い運動だな。体に酸素送らないと。
「ただいま……コーサクは何をしているんだ?」
「わふう」
ラジオ体操第二をしていると、ロゼッタとタローが帰ってきた。とても不審そうな目をされている。まあ、ラジオ体操って、知らない人から見たら変な踊りだよなあ。
「おかえりー。眠かったから、ちょっと体操してた」
「そうなのか。体操……?」
ロゼッタが良く分かってなさそうに首を傾げている。オレの動きと体操がイコールで結ばれなかったようだ。気が向いたら解説してみるか。
それにしても、ロゼッタは元気だなあ。睡眠時間は同じくらいのはずなのに。
「そっちはどうだった?」
「うむ。ガルガン殿からは問題なく受け取ってきた。馬車は車庫に入れておいたぞ」
「了解。ありがとう」
ロゼッタには親方の工房にオレの改造馬車を取りに行ってもらっていた。法国への移動は長期になるので、いくつか部品の換装をしたのだ。素材もグレードアップされている。
親方も多忙な身だったが、法国への移動のためと言うことで依頼を受けてもらった。お代はオレの報酬から引かれている。おかげで、船の仕事の給料はほとんどなくなってしまった。
「運転はしてみた?」
「うむ。工房の敷地で運転させてもらったが、中々良い感じだったぞ。ガルガン殿は隣で青い顔をしていたが」
あ~。あとで謝っておこう。
「魔力の消費は大丈夫そう?」
「うむ。問題ないな。私の回復量なら、普通に走る分にはいくらでも運転できそうだ」
「なら良かった」
運転。そう、運転だ。オレの改造馬車の話だ。元々、自走機能は付いていたが、オレでは魔力の補給のために魔石を消費するしかなくて、いつも馬に牽いてもらっている、あの改造馬車の話だ。
この都市から法国までは片道1ヶ月。その間の馬の世話はかなりの労力だし、餌の問題もある。
そこで、ロゼッタに魔力を補給してもらって、馬無しで行くことにした。これで、馬の餌の分もオレ達の食料を積むことができる。
元々悪かった燃費は、各部をより衝撃に強い素材に変え、魔道具で強化する部分を削ることで改善している。
という訳で、オレの改造馬車。正式名称『動力改造型自走馬車1号機』がバージョンアップした。これで『動力改造型自走馬車1号機(改)』かな。
呼びづらいから、これまで通り改造馬車で通すけど。
「明日あたり、都市の外で走らせてみようか。オレも乗ってみたいな」
「うむ。それはよいな。私が運転しよう」
え~と、オレも運転してみたいんだけど。まあ、魔力を出してもらうのはロゼッタだしな。別にいいか。途中で少し運転させてもらおう。
「じゃあ、明日はよろしく」
ロゼッタと話しているうちに、燻製もいい時間だ。回収して乾燥室に持って行かないと。
さて、ロゼッタの運転はどんなものだろうか。安全運転だといいけど。大丈夫かな?
大丈夫じゃなかった。
草原の中を、改造馬車が勢いよく突き進んでいく。風で目が痛い。
「ふふふふ。運転というのは楽しいものだな!」
「ごめん!全然聞こえない!なんだって!?」
車体が跳ねる。怖い。風とタイヤの音で、ロゼッタの声が聞き取りづらい。あと怖い。
「ちょっとスピード落とさないー!?」
「む?何か言ったか?」
駄目だ。会話にならない。
盛大に土煙を上げて、改造馬車が走る。舗装もされていない土と草の上だ。振動も酷い。あまり喋ると舌を噛みそうだ。
大き目の石でも踏んだら、オレは飛んでいきそう。シートベルト付ければ良かった。超怖い。てか、今何時速何kmだよ。
「あ~。身体強化『頭:中』発動」
強化した脳で、距離と時間を測定する。結果は。
「約時速60kmって」
やべえよ。オフロードで、馬車で、時速60って。マジやべえよ。
ちょっと、スピード落としてもらおう。改造馬車のスペック上はこのスピードでも問題ないけど、振動とか車体には良くないはずだ。
脳を強化したおかげか、会話する方法も思い付いた。
「『防壁』発動」
馬車を基点にして、オレ達を囲うように防壁を展開する。防壁が吹き付ける風を防ぐ。やっと静かになった。
「うむ?」
「ロゼッタ。スピード出し過ぎ。もっとゆっくりで」
「む。分かった。速かったか?」
ええ、とても。怖かったです。
「かなりね。何かに乗りあげる可能性もあるから、ゆっくり走ろうか」
改造馬車の速度が落ちて来る。ほっとして体の力が抜けた。かなり強張っていたようだ。
「そうか。気を付けよう。確かに馬車にはしては速かったな」
まあ、頑張って作ったからな。ガルガン親方が。オレも魔道具部分は頑張った。
「ロゼッタは運転怖くなかった?」
「いや?中々面白かったぞ?大体、私の走る速度より遅いから、怖くはないな」
原因はそれだな。高速機動に慣れ過ぎているせいで、速度感覚がマヒしてる。そりゃ親方の顔も青くなるわ。
この都市でロゼッタより速く動けるのは、リックくらいじゃないか?
「とりあえず、法国に行くときはゆっくり運転しようか。誰かにぶつかったら大変だしね」
「それはそうだな。気を付けるとしよう」
「うん。頼んだ」
「ふふふ。頼まれた」
帰ったたら速度計作ろう。人の感覚だけで、一定の速度を維持するのは無理だし。
さすがに、この世界で初めての自走車による事故がオレのせいとか嫌だわ。
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