第98話 親方からの依頼

 ある日、ガルガン工房で仕事をしていると、親方から呼び出された。


「親方。どうかしましたか?」


「おう、コーサク。頼みたいことがあるんだが、この先暇か?」


 この先?まあ、空けようと思えば、いくらでも予定は空けれるけど。


「暇、ではないですけど。必要なら時間はつくれますよ。何かあったんですか?」


「ちっとばかし遠い場所の仕事が入ったんだがな。うちの職人どもは今、手が空いてねえ。この有様だからな」


 工房の中では、職人達が忙しく動き回っている。さっきまではオレもその中にいた。

 作っているのは、船の部品だ。動力部の魔道具は一部オレが作っている。全部で10隻分。


 水運の大手ウェイブ商会からの注文だ。対魔物も想定した武装艦でもある。職人達が身体強化をフルで使用して働いてもなお、完成までに数ヶ月は要するだろう。


「そこで、代わりにお前さんに頼みたい。仕事の内容は、結界用の魔道具の修理だな。都市丸ごとを覆う特大のもんなんだが、どうにも調子が悪いらしい。具体的に言うと、結界の一部に穴が開いてるらしいんだが、原因は見ねえと分からん」


 都市全体を覆う結界とは、またすごいものだな。ガルガン親方には恩があるから、受ける方向で考えよう。結界の魔道具も見てみたいしな。


「すごい魔道具を使う都市があるものですね。ちなみに、どこの都市なんですか?」


 この付近じゃないよな。聞いたことないし。


「ああ。場所は法国だ。法国の聖都イルオスだぜ。大司教からの依頼だな」


「はい?」


 法国。光の神とかいう神様を崇める一神教の宗教国家だ。この都市から北東の方角に位置する。んだけど。


「え~と、いつからの仕事なんですか?」


「おう。あちらさんも、今はごたついているとかで、2ヶ月後に来てくれって言われてるな」


 2ヶ月後……。


「……ちなみに、この都市から法国の聖都までって、どのくらいかかります?」


「馬車で、大体1ヶ月ってところだな」


 遠いわ~。マジで遠いわ~。片道1ヶ月って。でもなあ、今までガルガン親方にお世話になったことを考えれば、断る訳にはいかないよなあ。

 というか、全然『ちっとばかし遠い場所』じゃなくない?


「受けます、けど。なんで親方のところに、わざわざ法国から依頼が来るんですか?」


「それか?昔、修行で旅して回ってたときに、今の大司教と知り合ってよ。そんときはまだ見習いだったか?まあ、それ以来、たまに仕事の依頼が来んだよ。あっちは魔道具職人が少ねえらしくてな。コーサクが受けてくれて何よりだ」


「はあ。とりあえず、詳細を聞かせてください」


「おう。ちょっと待ってろ。手紙も見せる」


 ガルガン親方から、依頼の内容を説明してもらう。法国か。ちょっと苦手なんだよなあ。





 家に帰り、ロゼッタに法国に仕事に行く旨を報告する。


「という訳で、法国へ魔道具修理に向かいます。片道1ヶ月の旅~。はは~……」


「ふむ。私は構わないが。コーサクは乗り気ではないのか?確かに移動に1月は大変だが」


 心配なのは移動じゃないんだよなあ。


「移動に時間が掛かるのは、まあ、いいんだけど。法国って、ご飯美味しくないんだよね……」


「むう……!そ、それは問題だな。私も困る」


「問題だよねえ。オレも困る。せっかく食べるなら美味しいものがいい。でも、法国って、光の神の教えってものが書かれた聖典を至上に掲げてるんだけど。その中に、清貧を尊ぶべしって内容があって、料理は基本味が薄いし、量も少ないんだよ。残念だね」


「それは……よく分からないな。しっかりと食べなければ働けないだろうに」


 オレにも良く分からん。


「不思議だけど、そうなってる。あとは、法国って色々と風習違うんだよね。え~と、例えば、オレが食事のときに『いただきます』と言ったとします」


「うむ。コーサクの故郷の祈りの言葉だな。食事に関わる全ての生命に感謝するという。短くて唱えやすいので、私も使わせてもらっている」


「うん。ありがとう。で、法国で食前に『いただきます』って言った場合、周りの人達からは、頭のおかしい奴だという目で見られます」


 コイツ、マジかよ……!みたいな感じ。前に見られたわ。


「……何故だ?人の作法なんて、そんなに気にするものでもないだろう。冒険者なんて、大半は適当だぞ?」


「まあ、ここら辺だとそうなんだけどね。法国だと、聖典通りに祈ることが当然なんだよ。ほとんど全ての国民が、熱心な教徒だからね。あっちの国の人にとっては、教えを守らない方がおかしいんだ」


「むうう。中々、大変そうな国だな」


 本当にね。さらに言うと、目の前の現実より聖典の記載内容の方を優先させるから、基本的に話が通じないんだよね。

 受け答えがしっかりしてる神官と話して、全然話が噛み合わなかったときは戦慄したわ。ちょっと怖かった。


「とりあえず、向こうでも食事はオレが作るよ。改造馬車で行けば、どこでも料理は出来るし。あとは、出発まで1ヶ月あるから、保存食増やそうか」


「うむ。私も手伝おう」


「ありがとう。よろしく」


 空腹と不味い食事はオレのトラウマだ。それは辛い記憶と紐づけされている。だから法国は苦手だ。清貧と言えば聞こえは良いが、聖典に縛られたあの国の人達は裕福ではない。

 空腹に悩む人を見るだけで、オレの記憶は刺激される。当時のことを思い出す。


「コーサク?」


 気が付くと、ロゼッタがオレの顔を覗き込んでいた。


「なんでもないよ。保存食の前に、オレは魔道具職人としての仕事を終わらせるから。しばらくそっちに集中するつもり」


 リリーナさんの護衛依頼のときよりマシだな。準備期間が1ヶ月もある。


「……分かった。私に出来ることはあるか?」


「あ~、森で適当な魔物でも狩って来てくれる?保存食作りに使いたい」


「うむ!任された!明日は森に行くぞタロー!」


「わふ!」


「よろしくー」


 ロゼッタとタローが気合を入れている。楽しそうだな。


 さて、オレはオレの仕事をするか。聖都まで片道1ヶ月。最低でも往復2ヶ月。一応、4ヶ月分の仕事は終わらせよう。

 集中して急げば、保存食作りと両立できると思う。オレの頑張り次第だな。


「法国ねえ……」


 法国の主食はパンだ。聖典で決まってるらしい。当然、他の穀物は極端に少ない。イモ類が育てられているくらいだ。

 お米が流通していないのは、前に行って知っている。


 でも、野生の稲は自生してるかもしれないしな。時間を見つけて探してみるか。

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