第189話 芋煮

 開拓中の水田予定地では、水路の工事が始まっていた。


 筋骨隆々の作業員が、魔力を滾らせて土を掘っていく。凄まじいスピードだ。作業に使うスコップも、あっちの世界の物より倍くらいは大きい。勢い良く地面に突き立てられる度に、太い音が周囲に響く。


 掘られた溝は、他の作業員によって突き固められ、最後に魔術によって加工されていく。加工が終われば、継ぎ目のない綺麗な水路のできあがり。水漏れすることもなさそうだ。


 そんな豪快で繊細な作業を遠目に眺めつつ、オレは料理の準備をしていた。


 最近は気温が下がってきたので、働いてくれる人達に温かい昼食の差し入れだ。ついこの間、大量の野菜が手に入ったのでちょうど良かった。


 野菜の出所はアンドリューさんである。息子のアルドを稲作で雇うことにした結果、そのお礼にと大量の野菜が届けられた。嬉しさに加減を忘れてしまったようで、どう考えても、オレの家だけでは消費しきれない量だった。


 孤児院や他の知り合いにも配ったが、それでも余った程だ。ここで消費できるのがありがたい。肉体労働を行う人達はたくさん食べるからな。


 という訳で料理だ。大量に作るので、手間の少ない煮込み料理にする。そのために、巨大な鍋を2つ持ってきた。


 かまどを組んで鍋を設置して、食材を煮込んでいく。そう難しくない工程である。とはいえ、簡単とは言いつつ量は多いし、オレは非力なので鍋を持ち上げるのも大変だ。


 そこで助っ人を呼ぶことにした。まあ、呼んだ、というか、たまたま市場で出会ったので声を掛けてみたのだが。予定が空いていて良かったな。


 今回手伝ってくれるのは、冒険者の3人組。『黄金の鐘』のグレイ、エリザ、ジーンだ。少し前まで魔境に潜っていたので、しばらくは都市で体を休めるつもりらしい。


「じゃあ、3人ともよろしく」


「ええ、任せてください」

「頑張ります!」

「出来たら食べていい?」


 長男のグレイはしっかりと、エリザは元気よく返事をしてくれた。ジーンは相変わらずだ。まだまだ成長期か。


 3人とは同じ都市に住んでいるのでたまに会ってはいたが、依頼をするのは久しぶりだな。ソバを見つけた以来だから、もう一年以上も前か。早いなあ。


「グレイはかまどと鍋の設置をよろしく。エリザは鍋を軽く洗って、水を入れておいて。ジーンは、出来上がったら腹いっぱい食べていいから、オレと一緒に野菜の処理な」


「了解です」

「はい!」

「はーい」


 簡単に指示を出し、ジーンと一緒に野菜を処理していく。


 アンドリューさんからもらった野菜の中で、一番多かったのは芋だ。里芋みたいなやつである。なので、今日のメニューは芋煮モドキだ。大量に使えるからいいな。


 ちなみに、モドキなのはコンニャクがないからだ。残念ながら、オレはコンニャクの作り方を知らないし、この辺では売られてもいない。

 コンニャク芋というのが材料だったのは覚えている。そのうち探してみよう。


 まあ、今はないので、代わりに他の食材を入れるつもりだ。採れたての茸とかもたくさん持ってきた。具材は多い方が嬉しいよね。


 出来上がった具材たっぷりの芋煮を想像しつつ、里芋の皮を剥いていく。普段なら世間話でもするところだが、今日は無言だ。里芋はけっこう滑るからな。集中しないと怖い。切れ味の良い包丁を使っているので、指を切ったら大変だ。


 気を付けて作業を進めよう。




 大量の里芋の皮を剥き終え、ジーンと協力して塩で揉んでいく。揉み終わったら水で塩を洗い流す。


「エリザ、水よろしく」


「はい!」


 エリザに魔術で水を出してもらい、里芋を洗っていく。どこでも水を出せるのは便利だ。オレも料理に役立つ魔術適性が欲しい。水か、レックスの斬属性がいいな。


 欲しい適性を妄想しながらも、洗い終わった里芋を一口大に切っていく。多いので大変だ。レックスがいれば楽だったな。


 切った里芋は、沸騰した2つの大鍋に投入していく。鍋はエリザに水を入れてもらい、グレイに酒と砂糖を投入してもらった。酒は芋から作ったものを使用している。料理でもいい加減に日本酒が使いたい。味醂も欲しい。


 お米が収穫できるようになったら、酒造にも挑戦だな。超大変そうだけど。これもリリーナさんに相談か。密造は捕まるからな。


 都市運営に申請して、職人と伝手を作って、ひたすら試行錯誤して、と。はは、やることがいっぱいだ。


 そんな大変で楽しい未来を想像しているうちに、里芋は全て鍋に入った。


 手分けをしながら、浮かんでくる灰汁を取る。ある程度灰汁を取ったら調味料を投入だ。鍋は2つ用意したので、片方は醤油、もう片方は味噌で味を付ける。


 醤油も味噌も、どっちも美味しいと思う。


 それぞれ醤油と味噌を入れて煮込み、里芋が柔らかくなったら、切った牛肉、ねぎ、茸などを投入。ひと煮立ちさせれば完成だ。


 さて、監督をしているレイモンドさんを呼びに行こう。





 時刻は昼時。秋らしい涼しい風が吹く中で、作業にあたった人達が思い思いに食事をしている。


 周囲を見渡せば、芋煮の入った椀を嬉しそうにすする光景が目に入る。料理は成功だな。今後もぜひ頑張って作業にあたっていただきたいと思う。


 そう願いつつ、オレも芋煮を口に入れた。うん、里芋が美味い。


 芋煮のおかわりは各自にお願いし、今は『黄金の鐘』の3人とまとまって昼食を食べている。


 醤油も味噌もどちらも美味い。醤油はあっさりとしつつも、牛肉の旨味と良く合う。いくらでも食べられそうだ。味噌の濃厚さもいい。体の中から温まってくる。


 オレがじっくりと芋煮を噛み締めていると、ジーンが立ち上がった。


「おかわり行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 軽い足取りで鍋に向かうジーンを見送る。これで何杯目だっただろうか。さすがは育ち盛り。良く食べるなあ。


「ジーンは相変わらず食べるね」


「ええ、すみません」


 グレイが謝ってきた。別に嫌味とかじゃないよ?


「いや、いいことだよ。綺麗に食べてくれるから嬉しいし。今日は大量に作ったからね。ジーンがいくら食べても大丈夫だよ」


「でも、食べ過ぎなのは本当ですよー」


 エリザが笑いながら言う。


「ジーンはあればあるだけ食べちゃいますからねー。依頼で遠出するときは大変です」


 確かに、荷物の大半が食べ物で埋まりそうだ。


「まあ、成長期な上に、体を使う職業だからね。しょうがないよ」


 確かまだ16歳だろ? 食べ盛りだな。


「そうですけどねー。旅の間の料理は大変ですよ」


 まあ、ちゃんと料理をしようとするほど、必要な道具は増えるからね。旅の間は大変だ。


「冒険者は馬車を使うことも少ないしね。オレみたいに自分の馬車があれば別だけど」


 冒険者は、基本的に自分の足で走った方が早いからな。


「うーん、馬車があると、行動範囲が制限されますからねー。難しいです」


「確かに、森の中とはきついよね」


 道がないと走れないからなあ。


「馬車を使えるのは、護衛依頼を受けるときくらいですねー」


「確かにそうだよね」


 エリザに相槌をうっていると、グレイが不意に口を開いた。


「……そういえば、コーサクさんから護衛の依頼を受けることも、もうなくなりますね」


 ……確かに。お米が見つかったから、護衛付きで遠出することもないや。


「そういえばそうだね」


 リーゼが大きくなるまで、都市の近くから出ることもないだろうなあ。


「俺たちとしては少し残念ですけどね。おめでとうございます、コーサクさん」


「おめでとうございます!」


 2人に祝われた。


「ははは、ありがとう。まだまだ、やることはいっぱいだけどね」


 むしろ、これからが本番だ。



 その後も雑談を続けながら、芋煮を食べていく。醤油も味噌も、作業員向けに少し味を濃くしているので、お米が欲しくなる味だ。おにぎりでもあれば完璧だったと思う。


 それでも、去年とは違って、お米が見つからないと嘆く必要はなくなった。ああ、とても前進したものだ。


 オレの夢までもう少しだ。みんなに手伝ってもらいながら、白いご飯を目指して進んで行こう。

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