第190話 別れと再会
秋も深まってきた今日この頃。ロザリーさんとミザさんが一時帰宅することになった。
帝都で開催される新年を祝うパーティーに出席しなければならないらしい。領地の仕事は未だに会ったことのない義兄が主体となって行っているが、まだ正式に家督が譲られた訳ではない。
そのため、パーティーには領主夫妻のデュークさんとロザリーさんが出席する必要があるとのことだ。
この世界でも年が変わるのは冬の時期だ。寒さがやわらぎ春に変わっていく様子は、どこの世界でも新たな始まりを意識させるのだと思う。
そんな訳で、今は家の玄関前で2人の見送りをしている。旅装を纏ったロザリーさんは、ロゼの腕に抱かれたリーゼに名残惜しそうに話し掛けていた。
「リーゼちゃん、なるべく早く帰ってくるからね。元気にしているのよ」
とても悲しそうなロザリーさんに、リーゼは不思議そうに小さな手を伸ばすだけだ。
ロザリーさんの家は帝国にある領地なので、ここに“帰ってくる”というのは変だと思うが、初孫が愛おし過ぎる義母は、特に疑問を感じていないようだ。
ひとしきりリーゼに構った後、ロザリーさんが顔を上げた。オレとロゼを見つめて話し出す。
「2人とも、春には戻ってくるからリーゼちゃんをお願いね。寒くなるから、ちゃんと温かくするのよ。ロゼちゃん、何かあったら、ちゃんと周りに頼りなさいね。コーサクさん、ロゼちゃんとリーゼちゃんをよろしくね」
「はい、お母様」
「ええ、もちろんです」
オレとロゼの返事に、ロザリーさんは微笑みながら頷いた。
「そろそろ行くわ。3人とも、春にはまた元気な姿を見せてね」
「お母様、道中お気を付けて」
「ロザリーさん、行ってらっしゃい」
最後にリーゼの頬を軽く撫でて、ロザリーさんは出発した。ミザさんは、ロザリーさんの後ろに控えるようについて行く。
2人はウェイブ商会が運航している船で大河を進み、帝国内へ入る予定だ。そこから先は馬車の旅になる。その旅が安全であることを祈りたい。
ロザリーさんとミザさんがいなくなり、家の中は少し静かになった。数ヶ月間も一緒に暮らしていたので、少し寂しく感じる。
そして、リーゼのお世話と家事の負担が元に戻ったので、毎日が忙しくて大変だ。家の外でも中でも、やることがいっぱいある。
腕がもう2、3本は欲しいところだ。いや、魔力アームを使えば増やせはするけども。残念ながら、今のオレの魔力量では日常的に使うのは難しい。早く魔核が治って欲しいものだ。
魔核の修復を祈りながら、居間に置いた小さなベッドに近付く。
柵付きのベッドの中では、リーゼがぬいぐるみを握って楽しそうに笑っていた。タローを模した狼のぬいぐるみがリーゼのお気に入りである。
ちなみに、オレの自作だ。我ながら中々いい出来だと思う。
「リーゼ、オレはちょっと洗い物をしてくるから、大人しく待っていてくれよー」
「あー、あー」
うん。残念だが、リーゼはオレよりもぬいぐるみに夢中だ。まあ、機嫌が良いなら助かるけどね。
さて、ロゼは買い物に出掛けて不在だ。リーゼの冬服用に布やら綿やらを買いに行っている。
オレは家事を行いたいが、リーゼを放っておくのは不安だ。つい最近、リーゼは寝返りができるようになったが、自力でうつ伏せの体勢から元に戻れないのである。
コロリと転がってうつ伏せになり、パタパタと短い手足を振って頑張る姿はとても可愛いらしい。上手く動けなくて泣き始めるけどね。
そういう訳で、リーゼが寝返りをうったら元に戻してあげる必要がある。
まあ、とは言え、ずっとリーゼに付きっきりでいる訳にもいかないので、ちょっと助けてもらおう。
「タロー、ちょっとリーゼを見ててくれ」
オレの言葉に、リーゼのベッドの横で伏せていたタローが起き上がる。その白い毛を撫でつつお願いをする。
「オレはちょっと洗い物をしてくるからな。リーゼが転がったら呼んでくれよ」
タローは尻尾を振って応えた。前に家の中で吠えてリーゼが大泣きして以来、タローは静かに行動するようになった。空気の読める賢い狼である。
オレが撫でる手を離すと、タローはベッドの柵に前足を掛けて立ち上がった。急に現れたタローの姿に、リーゼが反応する。
笑い声を上げて大喜びだ。リーゼはタローが好きらしい。そして、タローも妹分のリーゼが気に入っているらしく、ちゃんと面倒を見てくれる。
仲が良くて何よりだ。ただ、オレの顔を見たときも、それくらい喜んで欲しいとは思う。
「それじゃあタロー、よろしくな」
任せろ、と言うようにオレを見るタローに子守りをお願いして、オレは部屋を出た。
ロゼが帰ってくる前に、さっさと家事を済ませてしまおう。
お昼過ぎ。帰ってきたロゼは、さっそく針仕事を開始している。ロザリーさんの指導により、かなり腕前は上がったと思う。
リーゼはお昼寝に入ったので、今の内に作業を進めるようだ。
真剣なロゼの顔を横目で見ながら、オレも自分の仕事をする。
本職の魔道具作りだ。なけなしの魔力を頭に回し、魔石に魔術式を刻んでいく。注文された個数が出来上がるまで集中を続けた。
お金を稼ぐのは大切なことだ。お米を育てるための試行錯誤にも費用は掛かるし、リーゼの将来のためにも貯金はしておきたい。
何をするにも、先立つものは必要だ。ついでに、伝手のためにも、魔道具職人を続けることは役に立つ。
……まあ、これが忙しい原因な気もするけど。
普通に魔道具職人として働いて、お米の栽培にも対応して、子育てにも参加してと、今はかなり大変な状況だ。
まともに身体強化ができるようになれば、魔道具作りの効率も上げられるのだが、何とかならないものか。魔力が少ないのは、やはり不便だ。
相変わらず割れたままの魔核へ意識を向けていると、タローがピクリと顔を上げた。来客のようだ。
ロゼも顔を上げたので、オレが出ることを伝える。
「ロゼ、いいよ。オレが出てくる」
「ああ、ありがとう」
タローと一緒に居間を出る。いつものようにリックか、最近遊びに来るアリスさんか、それとも仕事の依頼だろうか。
考えながら玄関まで歩いていると、ちょうどノックの音が聞こえた。丁寧なノックだ。少なくともリックじゃないな。
「はーい、今開けまーす」
声を出しつつ、玄関の扉を開ける。
玄関の前にいたのは、2人の女性だった。1人は知っている顔。もう1人は知らない顔だ。
「コーサクさん、お久しぶりですね」
知っている方の女性が、微笑みながら挨拶をする。その拍子に、若葉色の髪がさらりと揺れた。
「……マリアさん?」
法国にいるはずの
……なんで?
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