第281話 交渉役

 デリスさんが“国守の蒼壁”から帰ってきたのは翌日の昼過ぎだった。

 魔境もある程度落ち着き、通常の体制で問題ないくらいにはなったようだ。


 デリスさんが体を綺麗にして食事を摂った後、オレとロゼはデリスさんと一緒にデュークさんの部屋に呼ばれた。


 ちなみにリーゼはお昼寝中だ。午前中に心ゆくまで遊び、今はアナと並んで眠っている。


 全員が揃ったところで、デュークさんが「さて」と声を上げた。


「まずはコーサク君にロゼッタ、今回はとても良くやってくれた。歴史だけは長い我が領だが、特級の魔物が暴れて怪我人すら出なかったのは初めての快挙だ。領主として感謝するよ。ありがとう」


 感謝の言葉に軽く会釈する。「いやいや、オレたちが原因なんで」というやり取りは既にやり尽くしたところだった。


 今回の切っ掛けはオレたちかもしれないが、向こうの領地とは前々から火種があり、いつか今回に近い騒動は起きていたはずだ。ということで結論になっている。


 結果的に被害は少なくなったのだから、黙って感謝されなさい。とロザリーさんからも言われてしまった。


 とりあえず、お褒めの言葉はありがたくいただこうと思う。


 デュークさんがデリスさんに顔を向ける。


「デリスも良く働いた。現地での適切な指揮がなければ、初期段階で兵に被害が出ていただろう。これなら領主になっても大丈夫だね」


「ありがとうございます。兵たちに助けられたおかげです。――? 父上、最後に何と言いました?」


「ははは、良い時期だということさ」


 デュークさんは朗らかに笑い立ち上がる。

 そして、背後のテーブルへと向かった。テーブルの上には白い布が被された何かが置いてある。


 デュークさんが白い布を持ち上げた。


 テーブルに乗せられていたのは……青い盾?


「なっ」とデリスさんが声を上げる。オレの隣では、ロゼも驚いた顔をしていた。

 誰かオレにも説明をください。


 正体が良く分からない盾を、デュークさんが持ち上げる。


 不思議な盾だった。形は円形。ラウンドシールドと言うんだったか。外見は真新しく見えるのに、長い歴史を経たような重厚感がある。


 表面は鮮やかな青で、風が砂に描いたような滑らかな模様が幾重にも走っていた。

 さらに中央には大きな黄色い宝石が――なんだあれ?


 魔石、じゃないけど、強い魔力を感じる。いや、意識するととんでもない代物だ。

 オレが持つ特級の魔石と同等かそれ以上のような……。


 もう一度だけど、なんだあれ?


 天然の宝石であんなのが採れるのか? というか、盾一つに特級相当の宝石を嵌めるとか……。


 どうなるんだろう……? とても気になる。


 魔道具職人としての好奇心が疼く盾を――デュークさんは軽くデリスさんに手渡した。


「必要なときには自由に使うといい。――地の盾は守り手のために」


「――」


 デリスさんは言葉が出ないような顔で盾を手にしている。


 オレは小声でロゼに尋ねた。


「ねえ、あの盾って……?」


「む、ああ、……あの盾の銘は『地精の蒼盾』という。地の大精霊の加護を受けたと伝えられる精霊武具の一つだ」


 ほう……地の大精霊の加護を受けた精霊武具……。


「……精霊武具ってなに……?」


 びっくりした顔をされた。


「そうか……そういえばコウは武器を持たないからな……。精霊武具とは名の通り、精霊によって鍛えられた武具のことだ。精霊に対応した強い力を持つことが特徴となる。そうだな。この国で一番有名なのは龍殺しの大剣、『龍斬の輝剣』だろう。……精霊武具は100年に一度世に出るかという品だが、戦う者にとっては憧れの武器なのだぞ?」


「なるほどねえ……」


 龍殺しの剣は知っている。なるほど、そんな分類だったのか。


 ロゼは剣とか好きだけど、オレはあんまり興味ないからなあ。

 いや、興味がないというよりは、武器関係に苦い記憶があるからだけど。


 駆け出し冒険者時代に何とか金を貯めて武器屋に行ったら、まともに剣を持ち上げることすらできなかった……なんて出来事があった。


 魔物と戦うための武器って、基本的に重いんだよな。扱うには身体強化が必須、みたいな。

 結局、泣く泣く解体用のナイフを一本だけ買った記憶がある。


 それ以来、武器にはあまり興味が湧かなくなった。魔道具を自分で作ろうと思ったのもその頃だ。

 懐かしい。


 まあ、そんな悲しい過去は置いておいて。


「それで、結局あの盾を渡したのはどういう意味?」


「うむ……あの盾はこの家の家宝であると同時に、領主としての証なのだ」


 ふむ? そうなると……デュークさんがデリスさんに盾を渡したということは?


「今この瞬間から、お兄様がこの地を治める領主だ」


 デリスさんの顔を見る。ぐるぐると思考が回っているような表情だった。眉がきつく寄っている。


 そりゃまあ、急に「今からお前が領主な」って言われたら驚くよな。


「……父上、僕に今領主の座を譲ったのは……」


「デリスの想像通りだよ。シェルブルス家との交渉と、その後の施策は全て君に任せる。他領との問題を解決して経験を積み、領地を導きなさい」


「……分かりました。領主の任、謹んでお受けいたします」


 こうしてデリスさんは領主の座を継ぎ、今回の騒動に幕を下ろすための交渉に赴くことになった。





 で、その道中に何故かオレも同行している。


「いやはや。コーサク君、この馬車の揺れの小ささは見事だね」


 同行というか運転手なのだけど。まあ、色々な思惑が重なった結果だ。


 デリスさんは新米領主なので交渉のために少しでも箔が欲しいと思い、オレはオレでリーゼを狙った相手に「次はないぞ」と釘を刺したいと思った。


 そういう訳で、オレの役割は向こうへの威圧を目的とした護衛だ。


 そして、オレが同行するなら改造馬車を使った方が速い。

 今はデリスさんと部下の3人、オレの計5人で隣の領地へ走っている最中だ。


 デリスさんの部下でもないオレが護衛を担うことについて、兵士たちから不満が出るかもと少し不安だったが……結果的に言えば若い兵士さんからも笑顔で頼まれた。


 やっておくもんだな、模擬戦。


「ときにコーサク君。この馬車はいくらくらいで作れるんだい?」


「値段ですか? そうですね……」


 作成費用。素材の半分は自分で討伐した“暴食女王蟻”のものを使って、魔道具も自作している。

 それでもかなり貯金が飛んだから、完全に一から注文すると……?


 あれ……思ったよりとんでもない金額だな。


 ざっくりと積算した額を伝えると、デリスさんが沈黙してしまった。


「そう、か……。兵に使わせるのは無理そうだね……」


「量産するには厳しいですね」


 特級の魔石なんて超貴重品だし。これと同じ物を作る金があるなら、兵士の装備を上等なものに変えた方が安上がりだと思う。


「それにしても、コーサク君はよくこれだけの物を作ったものだね。意匠を凝らせば陛下にも献上できると思うよ」


「国に関わると厄介事を呼びそうなので遠慮しておきますよ」


 リーゼの未来を考えれば方々に人脈と影響力が欲しいところではあるけど、あまり偉い人間には関わりたくない。

 この世界には、はっきりと身分制度があるのだ。極論を言うと不敬を働いたら首を切られる。


 オレは身分の違いという感覚に疎いので、権力との繋がりは冷静に考えるべきだと思う。


「そういえば、装備ならオレの馬車よりデリスさんが受け取った盾の方が希少品じゃないですか? かなり凄いんですよね?」


 領主の証である『地精の蒼盾』は、皇帝の宝物庫に入ってもおかしくないレベルの品らしい。

 性能面、希少面ともに大陸内でも最高水準の武具だとロゼが言っていた。


「そうだね。地の大精霊の加護を受けたあの盾は、同じく地の精霊との親和性が高い僕たちと特に相性が良い。先代……いや、今は先々代か……。先々代の当主が特級の魔物を討伐できたのも、あの盾の力が大きいと聞いているよ」


 聞く限りだと、『地精の蒼盾』は装備者の地属性の魔術を大幅に強化してくれるらしい。

 効果が大きいぶん制御は難しくなるそうだが、非常に強い性能だ。大半の魔物は地面にいるのだから。


「でも、国宝級の盾だと、気軽には使えなさそうですね。オレだと壊してしまいそうで怖いです」


「ああ、その心配はいらないよ。あの盾は壊れても地面に埋めておけば直るからね」


「そうなんですか……!?」


 自動修復! すげえ!


 どうにか解析を――いや、魔道具じゃないから無理か? 勝手に直る剣とか作れたら、ロゼにあげたいんだけど……。


 精霊武具か……帰ったら、ボムに協力してもらって少し実験してみよう。


 まあ仮に成功しても、爆破の精霊の加護を受けた武具に、自動修復機能はつかない気がするけど。


 むしろ普通に爆弾ができるのでは……?

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