第133話 不審な動き

 ザアザアと降る雨が、宿屋の窓から見える。


 昨日、夕食を食べ終わったあたりからずっと雨が降っている。もう朝なのに、夜明け前のように外は薄暗い。


 そして、この雨のせいで。


「……駄目だ……やる気が出ない……今日は寝る……」


 レックスが使いものにならなくなった。今はベッドに突っ伏して、ぶつぶつと呟いている。


 相変わらず雨の日は落差が酷い。いつも固められている赤い髪は、湿気でしんなりしている。

 全身を赤で揃えた服装と、びっしりと決めた髪はレックスの戦闘態勢だ。それが崩れると、レックスのテンションは著しく下がる。変人たる理由の1つだ。


 精霊使いであるレックスの戦闘力は、その精神状態に比例する。無理に外へ連れて行っても、あまり役には立たないだろう。


 まあ、命の危険が迫れば、普通に戦いはするだろうけど。テンションの低いレックスを連れて歩くのは面倒だ。

 今日は1人で行くか。


「レックス、オレは出掛けてくる。留守番よろしく」


「……ああ……」


 レインコートを身に纏い、レックスを置いて宿屋の部屋を出る。向かう先は冒険者ギルドだ。


 本当ならレックスがいた方が楽だったけど。高位の冒険者であるレックスは、閲覧可能な情報も多い。ギルド側の対応も丁寧になったはずだ。


「オレ1人だと、どのくらい教えてくれるかな」


 既にオレは冒険者じゃない。今はただの依頼人の立場だ。魔境の情報は教えてくれない可能性もある。


 まあ、お米が見つかった場所の情報は、レックスが復活してからでもいい。仕方ない。オレもやりたいことができたから丁度いいくらいだ。

 今日は、この帝都のどこかにいるだろうルヴィを探したい。最後に会ったのはもう5年も前だ。近くにいるのなら、会って話したいことがたくさんある。


 今、オレが生きているのは、あの日ルヴィが拾ってくれたからだ。ちゃんと稼げるようになったことを伝えたい。会って、しっかりとお礼を言いたい。


 冷たい雨の中、冒険者ギルドを目指して歩く。見慣れた街並みだ。道に迷うこともない。


 人通りは疎らだ。冬の雨は冷たい。吐く息が白くなるほどの気温だ。外を出歩きたいと思う人は少ないだろう。

 急ぎの依頼のない冒険者たちは、今ごろ武器の手入れか、朝から酒でも飲んでいるはずだ。


 ルヴィも帝都から出ていないとありがたい。


 被ったフードを叩く雨の音を聞きながら歩く。そうして宿屋の通りを抜けて歩いていると、不審なものを発見した。


「んん?」


 人だ。2人組。顔が見えないくらいにフードを深く被り、道の端でコソコソと何かをしている。


 今は雨だ。フードを被るのは普通だ。別に出歩くのも普通だ。だけど、道端に魔道具を埋めている・・・・・・・・・のは普通じゃないだろう。


 少なくとも、この帝都では魔道具を勝手に設置するのは違法だ。


 作業を終えた2人がそそくさと立ち去った。魔道具はそのまま埋まっている。


「怪しすぎるだろ……」


 埋まった魔道具の元に足を進める。確認して、やばいヤツだったら衛兵に通報しよう。


 怪しい2人組がいた場所まで来た。少し掘る必要があるか。


「そんなに深くはないな。『工具箱:魔力小刀』起動」


 半透明の魔力の小刀を使って地面を掘る。埋まった魔道具はすぐに掘り出せた。


「箱型?まあ、いいや。見てみるか」


 魔石に触れる。中の魔術式を覗く。そう複雑なものではない。むしろ効果は非常に簡単なものだった。見覚えのある精霊語が並んでいる。


「爆弾だな、これ」


 オレが作るものとは違うが、爆発する魔道具だ。


「あ~……つまり、テロリストか?」


 それか、帝都に来ている特定の貴族でも狙ったものだろうか。どちらにせよ面倒なことだ。


 さっき2人組が向かった先を見る。路地裏に繋がる道には、人の姿は見えない。


 魔力の感覚を開く。人通りの少ない今ならば、問題なく察知できるだろう。


 少し離れた場所に2人組を発見。そして、その2人の周りに、追加で数人が集まっている。その魔力を観察する。感じる魔力は5人分だ。


 今のオレの選択肢は2つ。この魔道具を持って衛兵の詰め所に行くか、それともこのまま追い掛けるかだ。


「…………ふう~。よし。行こう」


 悩んだのは少しだけ。魔力を感じる方向に足を踏み出す。行く理由ができた。


 身体強化を発動し、雨の降る帝都を走る。対象は路地裏の一画で固まっている。何か話し合いでもしているのだろうか。


 足を進める。半分程の距離まで進んだところで5人がバラけた。別々に移動を開始する。


 その内の1人に魔力察知を集中させて追い掛ける。曲がりくねった薄暗い路地裏は、まるで迷路のようだ。


 地面に溜まる水を跳ね上げながら走る。追い掛けている人物は早歩き程度のスピード。このまま行けば追い付くはずだ。


 グネグネと折れ曲がる路地裏を進み、ようやくその後ろ姿が見えた。バシャバシャと音を立てるオレの接近に、前方の人物も気が付いたようだ。


 振り向き、警戒するようにこちらを窺っている。深く被ったフードで、その顔は見えない。


 その人物に向かって、掘り返した魔道具を投げる。一部の魔術式を削除したので、爆発する危険はない。ただ、お前等の行動を見ていたという合図だ。


「……!……チッ」」


 足元に転がった魔道具を見て、目の前の人物が舌打ちをする。そのまま、腰に手を伸ばして短刀を手に取った。

 オレに向かって短刀を構える。足の位置を変え、いつでも動けるように重心が変わった。


 その敵意に対し、オレはただフードを下ろすことで応える。


 遮る物がなくなったせいで、氷のように冷たい雨が顔に当たる。濡れて行く感触が不快だ。


「……っ!?」


 オレの顔を見た不審者が驚いたように息を飲んだ。


 目の前の人物はオレの顔を知っている。ああ、そうだろう。


「……やあ、ルヴィ。久しぶり」


 この人物とは、かつて一緒に暮らしていたのだから。


「コー、サク、か……?」


 ルヴィがフードを下ろす。5年ぶりに会うその顔は、少し痩せたようだった。目の下には少し隈が見える。


 冷たい雨の降る帝都の路地裏で、オレはかつての恩人と出会った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る