第134話 白蛇
冬の雨に当たりながらルヴィと向かい合う。お互いの息は白く煙っている。
ルヴィは呆然としたようにオレを見るだけだ。こちらから話しかけるべきだろう。
「5年ぶりだね。元気だった?」
「……ああ、そこそこな」
決して元気そうではない様子で、ルヴィはそう答えた。
「コーサクは……元気そうだな」
「うん。オレは元気だよ。今は自由貿易都市で暮らしているんだ。魔道具職人として、ちゃんと稼げるようになった。ルヴィがあのとき助けてくれたおかげだよ。ありがとう」
そうだ。ルヴィがいなければ、オレはあの森で死んでいただろう。
「そうか……それは何よりだ。ここで、会うとは思わなかった」
「オレも思ってもみなかった。会えて嬉しいよ」
「そうだな……」
疲れたような顔でルヴィが笑う。その表情に不安が煽られる。あの村を出て、ルヴィは今、何に巻き込まれているのだろうか。
「……ねえ、ルヴィ。さっき投げた魔道具は、信号を受けると爆発するものだった。それを埋めている2人組を見た。設置しているのは……ルヴィの知り合い?」
オレが最初に見た2人組はルヴィではなかった。だから、ルヴィは詳しくは知らないのかもしれない。その願いを込めて、オレはルヴィに聞いた。
ルヴィはすぐには答えない。苦悩するように目を瞑り、大きく白い息を吐いてから言葉を紡いだ。
「……仲間だよ。俺は今、『白の蛇』って組織にいる。コーサクが見た2人も仲間だ」
「……なんのために?」
ああ、何のために都市に爆弾なんて仕掛けているのか。
「……貴族を殺すためだ。俺たちの目的は、貴族による統治からの脱却だ。今、この帝都には国中から貴族が集まっている。この機会は逃せない」
……貴族による統治からの脱却。そのために。
「そのために、爆弾なんて血生臭いものを使うのか?ここで貴族を殺して意味があると?」
オレの質問に、ルヴィが笑う。どこか壊れたような笑みだ。
「はは……なあ、コーサク……。俺たちの村がどうなっているか知っているか?」
知らない。貿易都市でも、さすがに他国の小さな村の情報までは手に入らなかった。
「ごめん。分からない」
「俺たちの村はなくなったよ。去年だ。上級の魔物に襲われて壊滅した。領主が巡回をやめたせいだ……!そうだ……!!俺以外、誰も助からなかった……!!」
雨で濡れているのか、泣いているのか分からない顔でルヴィが叫ぶ。
「村長のジョンさんも!パルメさんも!ユンも!みんな、みんな死んだ!」
雨の中でルヴィが慟哭する。
「俺たちが何か悪いことをしたのか!!してないだろ!!みんな必死に生きていただけだった!!重い税も払ってきた!!」
心が痛い。そうか……お礼を言いたかったあの人たちに、オレはもう会えないのか。
「なんでっ!!なんでだよ!!みんなは死んで!!あの貴族どもは笑って生きている!?こんなことが許されていいのかよ!!」
当然の怒りだ。当たり前過ぎる復讐心だ。オレには否定の言葉もない。
「だから……コーサク。邪魔しないでくれよ……。やっと手が届きそうなんだ。見逃してくれよ。お前にだって、分かるだろ……?」
震えた声でルヴィが呼び掛けてくる。
分かる。分かるよ、ルヴィ。オレの内側にも、オレ達を人として見ない貴族達への憎しみが燃えている。
だけど……。
「ごめん……」
「なんでだよ……?貴族の奴らのせいでみんな死んだんだぞ……?」
分かる。ルヴィの復讐は正当だ。今の貴族は腐っている。この制度を変えるには、誰かが声を上げる必要がある。
例え、それが血を流す方法であったとしても、誰かが手を挙げなければ変わらないのだ。対話で世界を変えるなんてことは、誰もが平等という奇跡の上でも恐ろしいほどに難しい。
身分差がある現状では、話し合いの場すら生まれない。
だから、きっと正しいのはルヴィだ。オレは正しくはない。
ああ、だけど……。
「ルヴィ。オレを拾ってくれた君に感謝してる」
「だったら何で邪魔をする……!!」
目の前の青年を見る。怪しいオレを拾ってくれた、優しい狩人を見る。
「オレはルヴィの優しさに救われた」
そうだ。ルヴィがいなければ、今ここにオレはいなかった。
「そんな優しい君に、血に濡れて欲しくない。ルヴィにそれは似合わないよ」
傲慢だ。正しさの欠片もない。それでも、オレは、ルヴィに罪を犯して欲しくない。
だから。
「だから、オレは君を止めるよ」
ルヴィが目を見開く。そして笑い出した。
「は、はは。はははははは!何だよそれ。……コーサク。お前は相変わらず、変なヤツだよ」
「知ってる……!!」
踏み出す。ルヴィに向かって突撃する!
話している間に魔力は回した。身体強化は発動済みだ。ここでルヴィを抑える!
「なっ……!?」
オレの速さにルヴィが驚愕している。それはそうだ。ルヴィの中では、オレはひ弱な役立たずだ。
一瞬、ルヴィの体が硬直する。手に持った短刀を、オレに向けるか悩んだようだ。ああ、やっぱりルヴィには向いてないよ。
その無意味に彷徨う腕を掴む。そのまま捻り、脚を刈った。
「う、お!?」
地面に向かって押し倒し、ルヴィの上に馬乗りになる。重心は抑えた。簡単には逃げられない。力もオレの方が上だ。
「……っ!?コーサク……魔力が……!?」
「うん。色々あってね」
あの村を出てから、本当に色々なことがあった。ルヴィに聞かせたいことがたくさんある。
「ルヴィ、オレがやるよ」
「……何をだよ」
オレの下で、ルヴィが眉をひそめて聞き返しくる。
「貴族を殺すなら、それはオレがやる。君に手は汚させない」
オレなら、ルヴィよりも上手くできる。誰にもバレずに貴族の1人くらいは殺せる。
動機はある。村の人を奪われた憎しみは、確かにオレの胸にある。
「……」
ルヴィは無言でオレを見ている。
「オレがやるからさ。終わったら、一緒にご飯を食べようよ。オレ、村にいた頃より料理の腕を上げたんだ。今なら使える食材もたくさんあるし、美味しいものを作るよ」
触れているルヴィの体は細い。いつからまともに食べていないのだろうか。
「ルヴィが手を汚す価値なんか貴族にはないよ。村の人だって、ルヴィに復讐なんてして欲しくないさ。パルメさんに見られたら怒られるよ?」
言いながら、思い出してしまった村の人たちの顔に、視界が歪む。オレはまた失った。手が届かなかった。なにも、出来なかった。
会えない人が増えた事実に心が軋む。雨が、ルヴィの顔に滴る。
「……だから、さ。ぐう……。そんな……復讐のためだけに生きてるみたいな、そんな顔するなよ」
胸が詰まった。優しい狩人の青年の変化が悲しかった。それでも、ルヴィは今ここに生きている。
「コーサク……」
オレを見上げてくるルヴィに、無理矢理笑い掛ける。
「今度は、オレがルヴィを助けるよ」
君から受けた恩を、ここで返そう。
「コーサク……俺は……。っ!?」
ルヴィがオレを弾き飛ばす。ヒュンッ、と、ついさっきまでオレの頭があった場所を、高速で何かが通過した。
鋭い音を立てて地面に突き刺さったそれは、短い矢のようだった。
「おいおい。せっかく狙ったのに、何してんだよー、ルヴィ」
軽薄そうな男の声が耳に入る。
立ち上がって体勢を整え、声の方向を見る。こちらへ近づいてくる3人の姿が見えた。
オレを撃ったのは真ん中の若い男のようだ。手には、この世界では珍しいクロスボウを持っている。
「アルビノ……?」
その男は白い肌と髪に赤い瞳をしていた。アルビノだ。初めて見た。
地面に倒れているルヴィが、その男を見ながら呟く。
「……バイサー」
バイサー。それがこの男の名前か。ヘラヘラと笑うその白い顔に嫌悪感が湧く。
その赤い目と視線が合った。驚いたようにその目が見開かれる。
「はあ!?『爆弾魔』じゃねえか!おいおい、ルヴィ。コイツと知り合いなのかよ」
「……『爆弾魔』?」
ルヴィはオレの綽名を知らないらしい。村を出たのが去年なら、それは当然だろう。
問題はこのアルビノ野郎だ。オレはコイツを知らない。こんなに特徴のある奴には会ったことはない。
帝都は広い。オレの顔と綽名を知っている人種は限られる。冒険者か、それとも
「面倒な奴に会っちまったなあ。さっさと逃げるか。……やれ」
その言葉と同時に、隣にいた仲間が魔術を使う。
「――――――『凍れ』」
パキパキと、路地裏が音を立てて凍っていく。氷使いか。相性が悪い。
「っ!『防壁』!」
足元まで迫ってきた氷結を、展開した防壁の上に飛び乗ることで回避する。環境ごと変えて来る魔術に、オレが取れる手段は多くない。
間合いを詰めるにしても相手は3人。力量は不明。雨はあちらの氷使いに有利だ。
ならば。
「開け『武器庫』!『戦闘用魔力腕:4』!」
腕を飛ばす。『白の蛇』だか知らないが、オレを殺そうとしてきた時点で敵だ。ここで無力化する!
「おっと。こっちを狙ってる暇はないと思うぜ?」
「――――『水よ集え』」
「――――『凍れ』」
もう1人は水使い……!その魔術の反応を追う。狙いはオレじゃない。上空、すぐ近くの民家の上に、雨が渦巻く。
意思を持ったように集合した水が、その場で凍った。出来上がったのは、5m近くある氷塊だ。
その氷塊が、民家に向けて落下する。
「ふざけんなよ!!」
魔力アームの向きを変える。3人の手前で急カーブした腕を、氷塊に向けて飛ばす。
屋根にぶつかる直前で、その氷塊を掴んだ。重い……!
「―――――『精霊たちよ。霧に閉ざせ』」
氷塊に意識を向けたオレの元に、霧が押し寄せる。周囲がホワイトアウトした。何も見えない。
白一色の中で、バイサーの声が響く。
「ルヴィ帰るぜー。じゃあな『爆弾魔』」
「……っ」
3人の魔力と、ルヴィの魔力が離れていく。
「ルヴィ!!」
声が届かない。ルヴィは止まらない。身体強化を発動したのだろう。凄まじい速さで遠ざかっていく。
確保した氷塊を無視して追い掛けるのは無理だ。安全な場所に降ろさなければならない。
「……っ!」
ギリッ、と、歯を食いしばる。
ルヴィの魔力は人並だ。広い帝都で探すのは難しい。どこにいるのか、探すのは容易ではない。
それでも、もう一度会わなければならない。
霧が晴れてきた。誰もいなくなった路地裏が変わらずにある。全身ずぶ濡れだ。冷たい雨が降り注いでいる。
だけど体は熱かった。叫びたい気持ちを抑え込む。この熱量は、今使うべきじゃない。
ああ、やるべき事ができた。大切な用事が増えた。雨に打たれながら、オレは決意を固めた。
宿に戻り、レインコートを脱ぐ。落ちた水滴が床を濡らした。
「ただいま」
「……おう……って、何かあったのか?」
相変わらずダルそうなレックスが、オレの様子を見て顔を上げる。不審そうな顔だ。
荷物からタオルを引っ張りだして、乱暴に髪を拭きながら答える。
「あった。色々あった」
本当に。
「レックス、予定は変更だ。やることができた。協力してくれ」
レックスが驚いたような顔をする。
「はは……いいぜ……雇い主の仰せのままにってなあ」
悪手だ。デュークさんの警告を無視している。きっと面倒なことになる。
それでもオレは、ルヴィを、あの優しい狩人を止める。
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