第132話 帝都入り

 帝都に向けて街道を走る。馬車の往来も多くなったので、運転はオレがしている。


 天候は曇り。気温は下がっているが、雪は降っていない。周囲を見渡しても、草の枯れた色が広がるばかりだ。

 元々、帝都周辺は雪があまり降らない。北の山脈を住処とする氷龍のせいだ。


 氷龍は、自身の住みやすい環境を作るために、氷の精霊を集める習性がある。その結果、氷龍山脈以外の場所では降雪があまりないのだ。

 長い時間を掛けて作られたその環境は、氷龍が不在の今でも変わらないらしい。


 まあ、もしかしたら産まれた子龍も精霊を操れるのかもしれないが。調べる方法はないな。


 さて、帝都まではあと数時間と言ったところだ。もう少し走れば、遠目にその威容が見えてくるはずだ。


「懐かしの帝都までもうすぐだね。移動時間の最短を更新したんじゃない?」


 ここまで20日だ。普通の馬車なら倍以上はかかったはず。急いだ甲斐があった。


「俺が自分で走ったら、もっと早かったけどな」


「レックスと比べるなよ。オレにしてみれば十分早いんだよ」


 自力で馬より速い奴に比べられても困るわ。オレを含めて、普通の人は馬車を使うんだよ。


「帝都に着いたら、宿を取って、それから冒険者ギルドだね。お米の情報があった北の魔境について情報を集めないと」


「あー、あの山のところだろ?強い魔物はいなかったぜ?」


「レックスの強い弱いは当てにならないから却下」


「っは。そうかよ」


 ほとんどの魔物はレックスにとって格下なのだ。その感覚を信じてはいけない。前に信じて一緒に森に行ったら、翼竜に食われそうになったし。


 それに、調べたいのは魔物の情報だけじゃない。地形や植生についても情報が欲しい。事前の調査は大切だ。

 今のオレはそこそこ強い。人並み以上の魔力を得た上で、いくつもの魔道具で武装している。装備にかけた金なら、上位の冒険者にも負けていないだろう。


 それでもだ。どんなに強くても、人は死ぬときは死ぬのだ。魔物に勝てたって、毒ガスが充満する洞窟に迷い込んだら死ぬ。

 世界は広大で厳しい。だからこそ、矮小な人間は知識を得る必要がある。


「そういえば、レックスも帝都での行動には気を付けてくれよ?変な奴に絡まれても、なるべく対話で解決しよう。チンピラ張り倒した結果、裏の組織に狙われるとか、もう勘弁だよ」


「おう、気を付けるぜー」


 レックスが気の無い返事をする。たぶん分かってないな。


「デュークさんから聞いただろ?背後に貴族がいる組織もある。オレは急いで帰りたいから、面倒なゴタゴタは嫌だ」


「そんなこと言ったってよお。コーサクだって、人攫いを見つけたら潰すだろ?後ろが何かなんて関係ねえよ。いつもと同じだ」


 む。それは……確かにそうだ。出会った不幸を。見つけてしまった悪意を、見なかったことにするのは、オレには難しい。

 特に人攫いは許してはいけない悪逆だ。見つけたら潰す。


 オレの顔を見てレックスが笑う。


「ははっ。“蛇”の奴等を潰したときも、後のことなんざ気にしなかったじゃねえか。貴族にビクビクして、行動を変えんのか?お前にそれは無理だろ」


 蛇の奴等。かつて『双頭の蛇』という人攫いの組織を潰したとき、オレにあったのは怒りだけだった。

 平穏を笑って奪う精神に、尊厳を引き剥がす行動に、オレの視界は赤に染まっていた。


 理性はブレーキにはならず、ただ壊すために酷使した。それ程までに、誰かを失うことは、失った誰かを見ることは、オレにとって許容できないことだった。


 今もそれは変わっていない。理不尽な不幸を目の当たりにしたら、オレは止まれないだろう。理性の鎖なんて引き千切って、怒りのままに進むはずだ。


「……はあ~。それでも、なるべく慎重に行動しよう。いきなり無茶はしないこと。いい?」


「ははは。お互いにな」


 レックスがオレを見ながら意味ありげに言う。オレの方が危ういと言いたいのだろうか?

 絶対レックスの方が手が早いぞ?


「まあいい。この話はお終い」


 話題を変えよう。嫌なことを思い出すと疲れるのだ。


「帝都に行くのは3年ぶりくらいだけど、何か変わってるかな?よく行った串焼きの頑固じいさんの店、まだやってると思う?」


 その道数十年の大ベテランが焼く串焼きは、オレの好物だった。特に角兎の串焼きをよく食べたものだ。


「はっ。あのじいさんなら、10年経ってもやってるだろ。どう見てもくたばりそうになかったぜ?」


 そんな妖怪みたいな人じゃなかったよ。


「着いたら行ってみようか。顔は忘れられてるかもしれないけど」


「ははは!コーサクの顔を忘れる奴はそういねえだろ!」


 レックスが爆笑する。まあ、オレの黒い目と髪は目立つけど。


「レックスも忘れられてないと思うよ」


 全身真っ赤だしな。オレよりレックスの方が目立つだろ。


 改造馬車を走らせながら、レックスと思い出話に花を咲かせる。そうしている内に、帝都の姿が見えてきた。


「おお~、見えたね」


「おう」


 最初に目に入るのは、長大な石積みの壁だ。法国で継ぎ目のない白壁を見たからか、帝都の壁はより武骨に感じる。

 ここからは見えないが、石壁の前には堀があるはずだ。


 これらは全て対魔物用である。帝国の領土はこの大陸で最も大きい。だが、そのほとんどは人の住めない魔境だ。

 帝国は魔境の資源を利用する反面、魔物に襲われる頻度が高いという特徴を持っている。


 ハイリスク・ハイリターンな土地だ。法国とは真逆だな。


 改造馬車を進めと、前方に馬車が列を成しているのが見えた。


「混んでるねえ」


「貴族を優先してっからだろ」


 確かに、列を作っているのは普通の馬車だ。その横を、貴族のものと思われる豪奢な馬車が通っていく。

 デュークさんの言った通り、帝国の貴族が帝都に集まってきているらしい。明らかに多い。


 これは、まだまだ時間がかかりそうだ。


「レックス、ドライフルーツ食べる?」


「おう、ありがとよ」


 ドライフルーツを引っ張りだして、レックスと分ける。じわりと溢れる甘さに、口の奥がきゅっとした。





 結局、帝都に入れたのは夕方だった。


 宿を取って改造馬車を預けると、もう陽が暮れそうだった。冒険者ギルドは明日だな。


「ご飯食べに行こうか」


「おう、ハラ減ったぜ」


 オレも空腹だ。魔力を使うとお腹が減る。


 宿を出て石畳の上を歩いていると、いくつもの視線が突き刺さるのを感じた。


「お~、この感覚久しぶり」


 道行く人々から余所者を見る目を向けられる。大通りに出ると、さらに視線が増えた。


 仕事終わりの渋滞の中で、オレを見た人は驚いたように目を見開いている。


「ははは!目立ってるじゃねえか」


「レックスに言われたくはないね」


 レックスの方が目立ってる。何なら、こんなに道が混んでるのに、レックスの周りだけ空間ができてるからね?避けられてるよ。


 石と木で出来た、歴史を感じる街並みを進む。目当ての食堂はまだ先だ。今日のメニューはなんだろうか。


 夕食の内容に思いを馳せていると、ふ、と懐かしい魔力を感じた。


 その気配に振り向く。



「…………ルヴィ?」


 いつか感じた魔力。この世界でオレを拾ってくれた、優しい狩人の魔力を微かに感じた。


 だが、振り向いた先は人が多すぎて見つけられない。


「なんかあったのか?」


「ごめん。ちょっと待って」


 レックスが聞いてきたが、今は集中したい。


 魔力の感覚を開く。ルヴィの魔力を追うために、魔力を察知する範囲を広げて。


「うぐ……!」


 ……気持ち悪い。


 あまりの不快感に、魔力を探るのを止める。酔った。目が回る。人が多すぎて、脳が情報を処理しきれなかったようだ。


「何やってんだ?大丈夫かよ」


「う~……大丈夫。昔の知り合いを見つけたんだけど、ちょっと追えなかった」


「この人混みじゃ無理だろ」


 レックスは呆れたようにオレを見ている。ぐうの音も出ない正論だ。確かに無理だと思う。


「はあ。落ち着いた。とりあえず、予定通りご飯食べに行こうか」


「おう」


 再び歩みを開始する。


 あれは確かにルヴィの魔力だった。帝都にいるのは何故だろうか。あの村からは、簡単に来れる距離じゃないのに。


 明日、冒険者ギルドで聞いてみよう。もし帝都で冒険者になっているのなら、ある程度は情報を手に入れられるはずだ。


「おい、置いていくぜ?」


 考え込んでいたら、いつの間にかレックスと距離が空いていた。


「ああ、ごめん」


 慌てて追いかけて横に並ぶ。今はどうしようもない。明日探してみよう。


 黒く厚い雲の下を、疑問を抱きつつ歩いた。

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