第199話 秋で起こる

 田んぼで汗水垂らして働いて、仕事で魔道具を作って、どんどん成長するリーゼと触れあって、日々は慌ただしく過ぎていく。忙しくも充実した毎日だ。


 最近は日差しの強さも収まってきた。秋の気配が近づいてきている。


 稲はいくつか問題が発生しつつも、大きくその背を伸ばしている。少し前から穂も出てきた。十分な栄養のおかげか、まだ青いが立派なものだ。


 まあ、そのせいで問題も発生しているのだけど。


 今日はその問題への対策をする予定だ。そろそろ家を出るとしよう。


 居間にいるロゼへと視線を向ける。


「ロゼ、そろそろ出るよ」


 リーゼを見ていたロゼが顔を上げた。オレに向かって微笑む。


「行ってらっしゃい。今日も頑張って。ほら、リーゼ。パパがお仕事に行くぞ。いってらっしゃいー、だ」


 ロゼがリーゼを抱き上げる。リーゼの方は、オレに向かって右手を上げてにぎにぎと動かした。バイバイの合図である。


 オレはリーゼの柔らかな頬へ手を伸ばし、軽く撫でながら声を掛ける。


「リーゼ、行ってきます」


 リーゼは頬の感触に、くすぐったそうに笑っている。


 リーゼはすくすくと成長しているが、まだ喋ることはできていない。まあ、まだ一歳を超えたばかりなので、焦らなくても良いとは言われている。


 それでも、早くリーゼにパパって呼ばれてみたいなあ。





 田んぼへと到着した。今日は珍しく、タローも一緒だ。タローには、ちょっと手伝ってもらいたいことがある。


「タロー、今日は頼むぞ」


 オレの声に、タローは尻尾を振って応える。オレと同じ黒い目は、前よりも大人っぽくなった気がする。貫禄が増したな、タロー。最近の狩りのおかげか?


 堂々としたタローを連れて、他の稲作仲間のところへ行く。近づけば、苦い表情をした顔が良く見えた。

 というか、もう全員揃ってるな。


「お疲れさま。もしかしてオレ遅かった?」


 予定より早く着いたと思ったんだけど。


「いや、早いくらいだぜ。みんな早く始めたかったんだ」


 アルドが説明してくれた。


「それなら良かった」


 オレが遅刻したんじゃ、立つ瀬がないからな。


「よーし! コーサクさんも来たから始めるぜ! 鳥どもを追い払うぞ!」


「「「おおー!」」」


 おー!


 今回の問題は鳥だ。鳥害というヤツである。原因は簡単だな。

 稲が伸びて穂が出たら、小型の鳥が食べに来ました。以上だ。


 小さな鳥と侮るなかれ。あいつらの食欲はヤバい。食べることした頭にないんじゃないかと思うくらいだ。

 追い払っても、追い払ってもやってくる。しかも段々増える。勘弁して欲しい。


「コーサクさん、説明頼んだ!」


 アルドがオレの方を向く。はいよ、了解。


「あー、普段は害虫も食べてくれる鳥たちだが、残念ながら彼らにとっても稲の穂は美味しいらしい」


 少し声を張って説明を開始する。既に鳥たちは稲の味を覚えてしまった。このまま被害を広げる訳にはいかない。


「稲に被害を出すなら害獣だ。よって、鳥たちには稲に近付かないでもらう」


 鳥に食わせるために、お米を育てている訳ではないのだ。


「対策は簡単だ。先に鳥たちを水田から追い払い、その後に侵入防止の結界を張る。結界用の魔道具は鳥のみを遮るように設定してある」


 この設定がかなり面倒だった。


「鳥を追い払うのはオレ達が行うから、みんなは合図を出したら魔道具を起動してくれ」


「はい」

「了解です」

「分かりました!」


 良い返事が響く。さて、作業を開始しよう。




 最初に鳥たちを田んぼから追い払うのは、オレ達、つまりオレとタローの役割だ。


「よし、タロー。今日は思いっきり吠えていいぞ。鳥がびっくりするくらいにやってくれ」


 タローの頭を撫でながらお願いする。


「オレは反対側に行くから、オレの魔術を使ったら吠えてくれよ」


「バウッ」


 成長したことで、タローの声も太くなっている。大丈夫そうだな。



 タローを待機させて、オレは田んぼの反対側へと回った。他のメンバーは、既に魔道具を設置して準備を終えている。


「よし、やるか」


 田んぼの中では、稲が不自然に揺れている場所がある。そこが鳥の居場所だろう。オレ達が食べるはずのお米を、先に悠々と食べているのである。鳥ども、許すまじ。


 湧き上がる怒りとともに、魔力を練り上げる。


 意識を集中。威力は最小。音だけは大きく。座標を指定。魔力よ爆ぜろ。


「『爆破!』」


 水田の上に、いくつも爆発が咲く。稲を揺らさない程の威力とは裏腹に、派手な爆発音が響く。


 その音に反応して、隠れていた鳥たちが慌てて飛び立った。


 そして、畳み掛けるようにタローが吠える。白い首を大きく上げ、空に向かって遠吠えをする。


 ウウオオオォォォン。


 タローの声とともに、刺々しい魔力が波のように届く。一瞬、ピクリと体が反応した。


 魔力を含んだ遠吠えは、狼系の魔物が自然と覚える威嚇の一種である。敵を委縮させるための魔の叫びだ。ただの鳥には耐えられるものではない。


 遠吠えを聞いた鳥たちは、その翼を全力で動かして水田から出て行った。これでいい。


「結界発動!!」


 声を張り、手を振って合図を行う。


 オレの合図に合わせて、結界はすぐに張られた。これで、鳥たちが侵入することはできなくなった。対策完了だ。


 まあ、鳥を追い出したせいで害虫が増えるんじゃないか、という不安はあるが……。臨機応変に行くしかないな。どうなるかは、やってみないと分からないし。


 とりあえず、今は対策を続けよう。次だ、次。





 全ての水田へと結界を張り終わった。後はこれで様子見だな。今日の作業はこれで終わり。帰ろうか。


「タロー、今日は助かった。帰ろうか」


 話しながらタローの方を向いてみると、珍しく目が合わなかった。タローの目線は田んぼの奥。貿易都市の反対方向へ顔を向けている。その先には森しかない。


「タロー、どうかした?」


「バウッ」


 短く吠えて、タローは走り出した。良く分からないが、何かあったらしい。急いでタローの後を追い掛ける。



 並んだ水田を通り過ぎ、森の手前まで来た。オレの魔力の感覚が、森の中から近づいてくる2つの魔力反応を拾った。


 この魔力は……感じたことがあるものだ。


 オレの前でタローが立ち止まる。オレも足を止めてタローに並んだ。それと同時に、茂みの奥から2つの影が飛び出て来た。


 片方は灰色の狼。2メートルを越える巨体は魔物の証だ。だが、その首元には従魔であることを示す赤い首輪が付けられている。


 そして、もう片方は人間だ。赤い短髪の男性である。


「グレンさん……?」


「ハア、ハア、おお……コーサクか。ハア、良い所にいてくれた」


 飛び出して来たのは、冒険者チーム『赤い牙』のリーダー、グレンさんだった。一緒に出てきた狼は、相棒のグリーズだ。


 両名とも息が荒い。グレンさんは腕の良い冒険者だ。これは普通の状態じゃない。


「何があったんですか?」


 水筒を取り出して渡しながら聞いてみる。グレンさんの様子から、何かあったのは確かだ。きっと良い事ではないだろう。


「んぐ、ぷはっ。ありがとよ。何があった、っていうかよ。これから起きるな」


 グレンさんが、無理矢理な笑みを作って言葉を続ける。


「魔物の襲来だ。来るぜ」


「…………本当ですか……?」


 魔物の襲来。それは、この世界では最上級の悪い知らせだ。

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