第233話 夏の飲み会:前

 貿易都市には夏の祭りというものがある。都市周辺は冬に雪が降らない代わりに夏は暑く、強烈な太陽光は体力を奪う。そのため夏の一番暑い日に、残りの猛暑も乗り切ろう、という趣旨で一日だけ開催されるものだ。


 秋の収穫祭に比べれば規模は小さいが、それでも屋台には精の付きそうな料理が大量に並ぶ。その料理を食べて目一杯騒ぎ、この都市の住民たちは次の日からまた仕事を頑張るのだ。


 そんな祭りの日に、オレはちょっとした飲み会に誘われた。参加者はオレを入れて4人。知り合いだけの飲み会だ。


 夏の長い陽も暮れかけた頃、その飲み会の場へと向かう。場所はカルロスさんのウェイブ商会。その2階にあるバルコニーだ。


 持ち込む料理を荷車に載せて移動する。さすがに2階までは荷車を上げられないので、商会に着いてからは魔力アームで持ち上げて運んだ。


 すれ違う商会の人達に会釈しながらバルコニーに出ると、オレ以外の3人は既に揃っていた。


「皆さんこんばんは。遅かったですか?」


 木製のテーブルを囲む1人。今日も強面なギルバートが手を挙げる。笑みと一緒に顔の傷が歪んだ。


「おう、コーサク。時間はちょうどいいくらいだ。俺らは祭りの仕事が早く終わってな。そのまま来たんだ」


「そうなんですか。お疲れ様です」


 都市を運営する4人の1人。グラスト商会の商会長であるギルバートさんは、当然ながら祭りの運営にも関わっている。ここしばらくは忙しかったことだろう。


 そしてギルバートさんに続き、隣に座る人物も声を掛けて来た。日焼けした肌に片目を覆う黒い眼帯。この商会の主、カルロスさんだ。


「祭りの挨拶が終われば、俺たちのやることはほとんど終わりだ。好きに騒がせるなら、上の人間はいない方がいい。それよりも、随分とたくさん持って来たんだな」


 カルロスさんの隻眼がオレの背後を見る。そこには鍋やら壺やらが色々と浮いている。まあ確かに、ちょっと多かったかもしれない。オレの持ち込みの他に、テーブルには屋台の料理もあるのだ。


「少し気合を入れ過ぎたかもしれませんね。まあ、夏の夜は長いですし、ゆっくり食べましょう」


 余ったら商会の人にお裾分けだ。


 そう決めて、残りの1人へと目を向ける。岩を人にしたようなその人物は、オレの視線を受けて重々しく口を開いた。


「久しいな。地龍の試練を越えし者よ」


「グルガーさん。どうもお久しぶりです」


 最後の一人は、海の向こうから来たグルガーさん。次の長として見聞を広げるために、少し前からこの都市へと滞在している。オレが会うのはお米を手に入れて以来。リーゼが産まれる前だから2年ぶりだ。


 挨拶をしていたらギルバートさんに椅子を引かれたので席に着く。


 座ってみた感想は、みんなデカい、だ。ギルバートさんとグルガーさんは筋骨隆々という言葉が似合うくらいだし、カルロスさんも大柄だ。あと、全員顔が少し怖い。うん。中々の威圧感。


 背が縮んだみたいだと内心で笑っていると、ギルバートさんがお酒を注いでくれた。


「どうも。ありがとうございます」


 木製のコップの中身はビール。たぶんこの近くで造られたものだろう。


 オレがコップを持ったことを確認して、この中で一番年上のギルバートさんが音頭を取る。


「それじゃあ、豊穣の精霊の祝福に。乾杯!」


 ギルバートさんがコップを掲げ、全員でそれに合わせた。ゴツッ、と、木製のコップが籠った音を立てる。


 そのまま口に運んだビールは、汗をかいた体に染みていくようだった。日中の熱が残る夏の夜にはちょうどいい。


 オレがゆっくりと一口飲んでコップを下ろすのとほぼ同時に、他の3人もコップをテーブルに置いた。ただ、オレと違って乾いた音だ。一気飲みしたらしい。見た目通り、全員お酒には強いようだ。


 3人がお酒を注いでいくのを横目に、オレは持って来た料理を並べる。


 今日は、この酒豪たちのペースに引きずられないように気を付けないといけなそうだ。





 雲のない夜空には無数の星が輝いて見える。だけど、今日に限っては星の瞬きを打ち消すほどに、地上が明るく騒がしかった。2階のバルコニーからは、焚いた火や魔術の光が良く見える。住民たちの盛り上がりも、祭の夜には相応しい。


 飲み会は穏やかに進んでいた。ギルバートさん、カルロスさんとオレが会話し、グルガーさんはたまに相槌を打ちながらお酒を飲んでいる。グルガーさんは元々寡黙だし、退屈している感じもしないので大丈夫だろう。


「そういえばコーサク。嫁さんには何か言われなかったのか?」


 カルロスさんが冗談めかした様子で聞いてきた。何がどうこの話に繋がったのか思い出せない。ちょっと酔ってきたな。


「ああ。それなら大丈夫ですよ。ロゼはロゼで、今日は女子会を開くらしいので」


 ギルバートさんが片眉を上げながら聞いてきた。


「女子会?」


 ギルバートさんは不思議そうな顔をしただけなのだろうが、慣れていない人なら尋問されているように感じそうだ。そう考えると何だか面白い。


「仲の良い女性達で飲み会だそうです。ロゼと、“アリスの喫茶店”のアリスさんと、そこの従業員のケイトさんと、ああ、あとはアリシアさんも来るって言ってたような気がします」


「確かに、アリシアの奴は出掛けると言っていたな……」


 思い出したようにギルバートさんが呟いた。ギルバートさんとアリシアさんは仲が良いいが、片や都市最上位の商会長。片や孤児院の責任者だ。お互いに忙しいので会わない日も多いらしい。それを許容できるのはお互いの信頼故だろう。


「場所はコーサクの家か?」


「いえ、アリスさんの喫茶店を貸し切りにするって言ってましたね。向こうは向こうで美味しいものを食べてると思いますよ」


 アリスさんの喫茶店は最近味がさらに良くなったと評判だ。原因は新しく入ったケイトさんだろう。3ヶ月くらいオレとロゼで色々な知識を詰め込んだケイトさんだが、就職先に選んだのはアリスさんのところだった。甘いケーキとの出会いが衝撃的だったらしい。


 ケイトさんはアリスさんともすぐに意気投合し、今ではより美味しい甘味を目指して2人で楽しそうに働いている。


 ケイトさんが望むならリリーナさんに紹介しても良かったが、まあ、本人が楽しんでいるならいいだろう。


 そう思って頷いていると、ギルバートさんが何やら難しい顔をしていた。はて?


「……そうなると、今日はイルシアとリックが孤児院をまとめているのか……」


 何とも言えない表情でギルバートさんが呟く。そういえば、あの2人は少し前から付き合い始めたらしい。オレはようやくか、と思っていたのだが、一人娘を持つ親のギルバートさんとしては微妙な心境のようだ。


 唸り声を上げるギルバートさんを見て、カルロスさんが面白そうに笑う。


「なんだギルバート。付き合うのは認めたんじゃなかったか?」


「ああ、認めた。リックのことも息子同然に思っている。だが……それでも結婚前ならば守るべき節度というものがあるだろう」


 重々しく言い放ったギルバートさんを見て、カルロスさんが堪えられないという風に笑い出す。


「はあっはっは! ギルバート、お前その顔で節度と来たか! ははは! 似合わねえ!」


 カルロスさんの勢いにつられて、つい一緒に笑ってしまう。


 ギルバートさんは初対面だと山賊のお頭に見えそうな風貌だ。見た目に関してなら、確かに節度を破る側に見えなくもない。


 まあそもそも、オレは結婚前にロゼに手を出しているので、節度云々に関しては笑うしかない立場だけど。


 そう思っていると、ギルバートさんが迫力のある顔を顰めてオレを見た。


「コーサク。お前は笑っている場合じゃないぞ。子供の成長はあっという間だ。そのうちお前の娘だって男を連れて来るようになる」


 笑みが一瞬で引っ込んだ。


 いつか来る未来を思い浮かべる。リーゼが彼氏を連れて来る……。なるほど。なるほどなあ……。


「……その場合は、まずオレと戦ってもらうことになりますね。オレに勝てないような男に、リーゼを渡すつもりはありません」


 全身全霊全力で相手をしよう。


 オレの気合を入れた台詞に、ギルバートさんとカルロスさんは顔を見合わせた。カルロスさんが肩を振るわせて笑う。


「くくく、ははは! とんでもない条件だな! 相手の男が可哀そうだ!」


「俺が言うのもなんだが、その条件だと嫁に行くのは無理だと思うぞ?」


 カルロスさんは腹を抱えて笑い、ギルバートさんは苦笑い。寡黙に話を聞いていたグルガーさんまでも軽く口元を曲げている。


「……死ぬ気でやれば何とかなりますよ」


「い、命懸けかよ……っ!」


 オレの言葉にカルロスさんがさらに笑い出し、落ち着くまでしばらくかかった。カルロスさんは笑い上戸なのかもしれない。

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