第228話 事件の結末

 テンションの高い乾杯の声や、陽気な楽器の音。そんな喜の感情に満ちた騒々しさが、街の外れ、ロニーさんの酒蔵にいても聞こえてくる。


「随分と盛り上がってるなあ……」


「そりゃあな。酒好きな連中が禁酒なんてしてたんだ。その反動があるのは当然だろうさ」


 オレの呟きを拾ったのはロニーさんだ。額の汗を拭いながら近づいてくる。ついさっきまで、ろ過装置の片付けをしていたのだ。


 設置してすぐに無用になった大物の解体を、ロニーさんは微妙な顔で行っていた。事件の解決を喜ぶべきか、無駄になった費用を嘆くべきか、というところだろう。

 まあ、ろ過装置は結構な値段だったらしいので、気持ちは分からなくもないけど。

 とにかく作業は終わったらしい。


「ロニーさんは飲みに行かなくていいんですか?」


「俺はどっちかって言うと、酒を造る方が好きだからな。やらなきゃならない事も、やりたい事もたくさんある。酔っぱらうのは後でもいいさ」


「そうですか」


 確かに、酒造職人はこれから忙しいだろう。


 レズリーさんが行った“山水の精霊”への祈祷によって、山から流れてくる水の濁りは消えた。それが昨日の昼過ぎの話だ。


 そして、水の流れを追い掛けるように帰って来たレズリーさんが、街の住民に飲酒の解禁と酒造の再開を伝えたのが昨日の夕方くらい。

 それからずっと、街ではお祭り騒ぎ状態だ。日を跨いでも勢いが止まっていない。


 その騒ぎ様はかなりのものだ。昨日の夜中も、屋敷の別館まで笑い声が響いて来ていた。


 おかげで、うるさくて眠れないとリーゼは大泣きするし、タローは困った顔でオレを見てくるし……で、夜中に急遽防音の魔道具を作ることになった。

 子供の泣き声を聞きながら作業するのは、精神的にけっこう大変だったな。


 まあ、抑圧されていた分騒ぐのは仕方のないことだろう。


 それよりも、ロニーさんのところに来たのは理由がある。


「ではロニーさん、これが依頼の品です」


「ああ」


 オレは持って来た麻袋をロニーさんへと渡す。ずしりとした重さが手から離れた。


 ロニーさんが麻袋を開け、中身を確認する。


「コイツが新しい酒の材料か」


 言いながら、ロニーさんは麻袋に手を差し入れ、中に入っている物を掬い上げた。ロニーさんの手のひらの上で、白い粒が山を作る。


「はい。お米と言います。昨年から本格的に栽培を始めたばかりの穀物です。これでお酒を造ってください」


 事件に巻き込まれて後回しにしていたが、オレの本来の目的は日本酒を造ってくれる職人探しだ。目的を果たさないままでは帰れない。


 そんな訳で、レズリーさんと交渉して、金銭報酬の代わりに日本酒造りに挑戦してもらうことになった。

 その代表に指名されたのがロニーさんだ。真剣な表情でお米を観察する姿勢が頼もしい。


「まあ、俺も新しい酒には興味があるからな。やるだけやってみるさ」


「はい。よろしくお願いします」


 ぜひ頑張ってもらいたい。




 とりあえずロニーさんには、オレの知っている限りの日本酒と菌に関する情報を伝えた。

 実体験と比較しながら躓くことなく知識を吸収していくロニーさんは、他の人が言うように優秀なのだろう。


 まあ、オレもそこまで詳しい訳じゃない。説明は短い時間で終わった。この世界にある菌とか知らないしな。


 味噌と醤油が出来た辺り、同じような菌はいるはずだけど……。いや、オレにくっついていた可能性もなくはない、かもしれない?


 ……そこら辺は謎だな。まあ、普通にお酒が出来ているから、糖分をアルコールに変える菌はいるんだろう。日本酒造りに働いてくれる菌なのかは分からないけど。


 オレは上手く行くことを祈るのみだな。


「じゃあロニーさん。お酒造りに使うお米は、都市に戻ってから送りますね」


「ああ、頼んだ。それまでは今ある分で色々と試しておくぜ」


「よろしくお願いします」


 そう言葉を交わして、オレは建物の出口へと向かう。見送ってくれるつもりなのか、ロニーさんも一緒について来た。


 扉を開けると、聞こえてくる騒がしさが増した。この街の住民達は、本当にお酒に強いらしい。元気なことだ。


 そう思ったオレの後ろで、ロニーさんがボソリと呟く。


「……アイツも、騒いでる連中くらい飲めたら良かったのにな」


 振り返れば、ロニーさんは遠い目で街を見つめている。その脳裏に浮かんでいる人物は一人しかいないだろう。


「……生まれ持った体質は、どうしようもないですよ」


 そんな気休めを言ってみる。……気休めにもなっていないかもしれない。ミスった。もっと気の利いたことを言うべきだろう。


 オレの表情を見たロニーさんが、苦さの混じった笑みを浮かべる。


「気を遣わなくていいさ。アイツのことに気付いてやれなかったのは俺達が悪いんだ。アンタには感謝してるよ。アンタのおかげで、この街も、俺達も、最悪にはならなかった」


「……はい」


 最悪にはならなかったとしても、1人の人間の秘密を暴き、関係を壊したのはオレだ。その事実に、なんとなく心が沈む。


「さてと、明日にはもう帰るんだろ? それなら今日は街を回ってみろよ。この騒ぎようなら、屋台なんかも出てるはずだ。酒に会う美味い料理が食えるぜ」


 ……何故かオレが励まされた。普通は逆だろうに。慣れないことはするもんじゃないな。


 気分を入れ替えよう。並ぶ屋台と美味しい料理を想像する。うん。テンションが上がって来た。


「そうですね。家族で見て回ってみたいと思います。どんな料理が食べられるのか、楽しみですね」


 オレの言葉に、ロニーさんは頷きながら言う。


「ああ。酔っ払いに絡まれないようにだけは気を付けろよ」


 そう忠告するロニーさんの顔が、やけに真剣で何だか面白かった。……もしかして本気で忠告されたんだろうか。ちゃんと気を付けよう。


「それじゃあロニーさん。オレは戻りますね。これからよろしくお願いします」


「ああ、こっちこそ。よろしく頼むぜ。色々と・・・な」


 最後に握手をして、ロニーさんと別れる。これでこの街に来た目的は達成だ。肩の荷が下りた気分だな。





 屋敷に戻ると、カーツさんに声を掛けられた。レズリーさんが呼んでいるらしい。要件は事件解決の報酬についてとのことだ。

 報酬のお金は日本酒造りに代えてもらったが、それ以外にも色々なお酒をくれるらしい。今日の朝レズリーさんに会ったときに目録を作っておくと言われたから、それが出来たんだろう。


 オレとしては日本酒造りだけでも満足なのだが、まあ、ここで断ると逆に迷惑が掛かるので、ありがたくもらっておこうと思う。


 そんなことを考えつつ、カーツさんに案内されてレズリーさんの執務室へと入った。部屋でオレを待っていたレズリーさんは、少し疲れた顔だ。


 それも無理はないだろう。“山水の精霊”のところから帰って来てすぐに街の住民への宣言を行い、その後はケイトさんと夜通し話をしていたのだ。心身共に疲労はあるだろう。


 それでも、疲労を滲ませながらも、レズリーさんは町長らしい威厳を保ちながら話し出した。


「コーサク殿。よく来てくれた。愚弟との打ち合わせは滞りなく終わっただろうか」


「ええ、問題なく終わりました。原料の穀物は、後でロニーさん宛てに届けさせてもらいます」


 配送はグラスト商会に頼む予定だ。都市に戻ったら、ギルバートさんに話を通しに行こう。


「そうか……。ならばいい。なるべく早く結果を出すことを約束しよう」


 おお。まさか約束と来たか。自信満々だな。オレ的には上手く行くか怪しい頼み事でもあったんだけど。

 日本酒、そんなに簡単に上手くは行かないよな? いや、もしかしたら濁酒くらいならすぐ造れるんだろうか。


 まあ、オレは専門家じゃないから詳しくはないし、素直に期待しておこうか。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 オレの礼の言葉に、レズリーさんは深く頷いた。


「では、報酬の話に移るとしよう。待たせてすまないな。これが報酬の目録だ。足りなければ言ってくれ」


 レズリーさんの言葉と共に、カーツさんがこちらに書類を持って来た。受け取って、その中身に目を通す。


「……」


 ……いや多くね。


 種類も多い上に数も多い。一年くらい酒場を開けるんじゃないかというくらいの量だ。足りないどころの話じゃない。家が酒で埋まるんじゃないだろうか。置くとこないよ。


 そう思いながら顔を上げれば、レズリーさんは重々しい表情でオレを見ていた。どうしようか、これ。


「ええと……さすがにこの量をいただいても、保管が難しいのですけど……」


 困ったときには素直に相談してみる。いつものスタイルだ。


「それについては心配しなくてもいい」


 レズリーさんに動じた様子はない。オレの言葉は想定内だったようだ。


「まず、価値の高い酒については、地下の保存庫の一部をコーサク殿に譲り、そこで保管を行うつもりだ。当然、管理はこちらで行う」


 なるほど……。直接渡されるよりありがたいな。当たり前だけど、家にはワインセラーなんてないし。

 素人のオレが保管して、高級な酒の味が落ちるよりはいいだろう。


「それ以外の酒に関しては、コーサク殿が必要なときに届けさせよう。輸送の対価も不要だ」


「なるほど……」


 お酒の保管はこの街で、オレが欲しいと言ったときに無料で届けてくれると。それなら家の倉庫を圧迫することもないな。オレとしても便利でいい。

 イメージ的には、ただで注文できる酒屋の出前だろうか。遠いけど。


 ……でもこれ、この街の視点で見ると、実質報酬の分割払いだよな。


 個人でお酒を大量に飲むことなんて早々ないし、報酬分のお酒を注文し終えるにはかなりの日数が掛かるだろう。

 この渡し方なら、街としても報酬を支払うダメージは薄れるはずだ。


 オレの事情を考えてこの方法を提案したのか、それとも街に影響を出さない方法を選らんだのか……両方かな。

 どちらにも得のある方法を考えたんだろう。オレとしても異存はない。


「分かりました。報酬の受け取りにはついては、その方法でお願いします」


「ああ。街を救ってくれた感謝の証だ。必要なときは遠慮せずに連絡するといい」


「はい。よろしくお願いします」


 これで報酬の話は終わりだ。あと残っている話題は……。


「では、今回の事件における罪人の扱いを、今一度話しておこう」


 そう話し出すレズリーさんの顔は、公人としての仮面を無理に貼り付けているように見えた。疲労の色も濃い。


「罪人は2人。宝玉を盗んだ者と、依頼を受けて隠した者だ」


 ケイトさんとバンさんだ。


「宝玉を隠した者、バンについては、宝玉の役割も知らず、罪の意識もないまま協力していた。聞き出した内容によると、借金を免除する代わりに誰にも見つからないように隠せ、と依頼されたようだ」


 バンさんはケイトさんにも借金があったらしく、借金がなくなるなら、と、美味い話だと思って飛びついたようだ。

 美味い話なんて、そう簡単には転がっては来ないだろうに。


「自身の行いの結果を知らなかったとは言え、罪は罪だ。だが、無知を利用されたことは考慮するべきではあるだろう。よって、減給の上、借金を全て返し終わるまでは禁酒させることにした。また、次に問題を起こした場合には即座に解雇だと伝えてある」


 一発でクビじゃないのは、軽いと見るべきか。まあ、酒好きな本人にしてみれば、かなり重い罰ではあるのだろう。


 それに、クビにするだけだと借金は回収できないし、街中に犯罪者予備軍が一人増えるだけだしな。むやみに放り出すよりは、手元で管理した方が治安的にも安全だ。


 これを機に、バンさんが真人間になることを祈ろう。


「そして、主犯となる宝玉を盗んだ者についてだが……」


 その内容は、一応朝にも聞いている。


「自らの立場を利用し、街を危機に陥れようとした行いは、決して許されるものではない。よって……この街から追放とする」


 町長としての厳しい顔のまま、レズリーさんはそう言い切った。


 追放刑は、この世界ではかなり重い罰だ。魔物もいるこの世界。装備もなしに街を追い出されれば、生き延びるのは困難だ。

 そして運良く別の街に辿り着いたとしても、まともな職に就けるかは怪しい。信用のない者は、そう簡単には受け入れてもらえないのだ。


「そうですか……。教えていただきありがとうございます」


「いや、コーサク殿は今回の事件の功労者だ。結末を知らせるのは当然だろう」


 不思議なことに、事件をきっちり解決したのに、全然気分が晴れないな。




 レズリーさんとの細かい話も終わり、オレは退室することにした。別館に戻ったら、家族で街を巡ることにしよう。美味しい物を食べたい気分だ。


「それでは、失礼します」


 レズリーさんにとカーツさんに礼をして、部屋の扉へと手を掛ける。だが、扉を開けたところで、後ろからレズリーさんに声を掛けられた。


「……コーサク殿。これから・・・・よろしく頼む」


「ええ、もちろんです」


 そう応えて部屋を出る。扉を閉めるときに少しだけ見えたレズリーさんの表情は、町長ではなく兄としてのものに見えた。





 色々あったが翌日、都市へと帰る最終日だ。屋敷の前では改造馬車が朝日を浴びて、黒い装甲を輝かせている。荷物は全て詰め込んであり、いつでも出発できる状態だ。


 見送りに来てくれた3人へと振り返る。


「それではお世話になりました」


 オレの言葉にロニーさんが笑う。


「世話になったのはこっちだけどな。次はちゃんともてなすから、また来るといい」


「ああ。感謝をするのはこちらの方だ。ありがとう、コーサク殿。そして奥方。この街は、今回の恩を忘れることはないだろう」


 レズリーさんの感謝がちょっと重い。笑顔が微妙に引き攣った気がする。ここで凛と胸を張れるロゼはすごいな。格好いいよ。


 無駄に思考を逸らしていると、カーツさんがオレに近づいて来た。両手で抱えるサイズの籠を持っている。


「こちら、簡単なものですが昼食にお食べください」


 お弁当らしい。受け取った感じ、オレ達家族が食べるより少し多いくらいの分量だ。けっこう重い。


「どうもありがとうございます」


 ありがたくいただくとしよう。


 昼食入りの籠を持ったまま、最後に3人の顔を見渡す。挨拶はこれくらいでいいだろう。


「では、皆さんさようなら。いつかまたお会いしましょう」


 さて、家に帰ろうか。






 改造馬車を運転しながら、昨日街を巡って食べた料理の話をロゼとする。


 お酒の解禁に沸く街はお祭り状態で、並んだ屋台でも様々な料理が提供されていた。運転があるから、あまりお酒は飲めなかったけど。そこだけが少し残念だ。お酒に合う料理ばかりだったのに。


「私は魚の揚げ物が良かったな。揚げたては美味しかった。ビールにも良く合ったな」


「確かに、揚げ物系は美味しかったね。揚げたては食感も良かったし」


 雑談で聞いてみたが、最近増え始めたメニューらしい。美味しい物が増えるのは良いことだ。


「オレは臓物の煮込みかなあ。けっこういい出汁でてたね。なんかこう、体に染み込むような味だった」


 醤油とか使ってないから洋風の味だったけど。とろみがあって美味しかった。日本酒が出来たら合いそう。


「うむ。長時間煮込まれていたのだろうな。私もそれは美味しいと思った」


 ロゼも同意見らしい。


「色々と美味しかったけど、さすがに全部は食べきれなかったね。残念」


「ふふ。そこまで私達の胃は広くないだろう。次もまた来ればいい。収穫祭のときには、もっと多くの屋台が出るようだからな」


 収穫際では、仕入れに来る商人達も騒ぎに加わるらしい。参加する人が増える分、屋台も増えるとか。


「屋台が増えたら、全部回るのは無理そうだよね。何か、おすすめの料理とかあります? ケイトさん・・・・・


「……そうねえ。パイ包みとかどうかしら。具の種類も色々とあって美味しいわよ」


 確かに。何か豪快なミートパイとか、どこかで見た気がする。中々美味しそうだった。すぐに満腹になりそうだったから手を出さなかったけど。


「いいですね。次は食べてみます」


 さて、何故ケイトさんが改造馬車に乗っているのかと言えば、レズリーさんからの依頼だ。


 まあ、提案したのはオレだけど。


 ケイトさんはオレ達が貿易都市まで連れて行き、そこで職を探してもらう予定だ。何でそんな提案をしたかと言えば……そうしたかったからとしか言いようがないな。


 長年苦悩してきたケイトさんを、少しは手伝ってもいいだろうと、そう思った。


 裁きに感情を載せるのは間違いかもしれないが、特に後悔はしていない。失われるものは少ない方がいい。苦しむ顔より、笑った顔が増える方が嬉しい。

 守れるものがあるのなら手を伸ばすのが、いつのもオレの行動原理だ。


 さて、貿易都市まで急ごうか。何だか家が恋しい気分だ。

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