第23話 VS魔物

 ギルドに入ると、目の前に肉の壁があった。


「おおっ!!坊主!!元気か!!」


 肉壁じゃないゴルドンだ。肩に振り下ろされる手を慌ててバックステップで避ける。


「危なっ!何回言ったら分かるんだよ!ゴルドン!」


 会う度に同じやり取りをしてるぞ。

 オレの肩の危機に、ついまた大声を上げて突っ込んでしまった。慌てて受付の方をみる。

 ……受付からギルド職員のトールさんがこちらを見ている。


「ゴルドンっ。静かにしろ。トールさんが見てる」


「お?おお。すまん、すまん」


 2m以上の巨体に、オレの身長と同じくらいの大剣を背負ったゴルドンを眺める。


「ゴルドン、今日暇?」


「ん?おお。スライのヤツが面白そうなことをしとったから、見に行こうと思ったくらいには暇だぞ」


「プラントキメラを狩りたいんだけど、どう?依頼受けられるか?すぐ近くに出たらしいんだ」


「そいつはずいぶんと懐かしい名前だな!前にこの辺に出たのは俺が若いころだ!いいぞ。出発はすぐか?」


「ありがとう。手続きしたらすぐに出発したい。よし、受付に行こう」


 トールさんの受付が空いているので向かう。


「いらっしゃいませ、コーサク様」


「お疲れ様です、トールさん。プラントキメラの情報ありがとうございます。プラントキメラの討伐を依頼します。指名依頼で、依頼先はゴルドンでお願いします」


「かしこまりました。ではお二人とも、こちらへサインをお願いします」


 トールさんがすっと依頼書を出した。プラントキメラ討伐を指名依頼する旨と、オレとゴルドンの名前が既に記載されている。後はオレ達がサインするだけだ。……速くない?


 ともあれ、2人でサインし、手続きが終了した。


「では、ご安全をお祈りしております。いってらっしゃいませ」


 トールさんに見送られて冒険者ギルドを後にした。





「………ぐぇっ………ぐぇっ………ぐぇっ」


 景色がすさまじい勢いで後ろに流れていく。

 オレは今、ゴルドンに小脇に抱えられた状態で移動していた。ゴルドンが足を踏みしめる度に腹部に衝撃が来る。苦しい。頑張れ腹筋!耐えろ内臓!


 顔を上げると、風圧で目が痛い。


「ゴルドン、ぐぇ、風よけ、ぐぇ、使わねえ、ぐぇ、の?」


「がっはっは!!俺がまともに使えるのは身体強化だけだな!!ちまちま魔術を使うよりも身体強化に集中した方が、速く!強いぞ!!」


「ぐぇっへー」


 脳筋すぎる。高速戦闘する冒険者には、風よけの魔術が必須技能だって言う人もいるのに。

 ゴルドンがオレの耳元で唸る風の音にも負けない音量で話してくる。声がでかい。


 オレがこんな運び方をされているのは、ゴルドンに比べて移動速度が遅すぎたからだ。身体強化をして1日中でも全力に近いスピードで走れる冒険者とオレでは比べものにもならない。


 プラントキメラが見つかったのは、都市から冒険者の脚なら余裕で日帰りできる森だ。ゴルドンと相談した結果、馬を借りる距離でも無かろうという結論になった。

 今はちょっと後悔している。


 ゴルドンは速い。魔力により強化された脚は、ドンッ、ドンッと重低音を響かせながら地面に叩きつけられ、ゴルドンの巨体を前方に弾いている。今、時速何kmくらいなんだろうか?

 建築資材染みた迫力のある大剣と、オレを抱えているのに、ゴルドンは重そうな様子も見せない。


「見えて来たぞ!!あの森だな!!」


「お~、ぐぇ」


 早いな。1時間も経たずに着いた。でも良かった。そろそろ胃が気持ち悪くなってきたところだ。


 今更だが、……本当に今更だが、そういえば、別にこの森まで依頼人であるオレが来る必要性はなかったことに気が付いた。普通は欲しい魔物の素材があり、依頼を出したなら後はギルドに届くのを待つだけである。

 ちょっと浮かれてた。


 森に着き、ゴルドンに降ろしてもらう。ちょっとふらつくな。


「大丈夫か?」


「大丈夫、大丈夫。行こうか」


 ここまで来てしまったものはしょうがない。ゴルドンの後ろについて森を進んでいく。


 ここら辺は人の手が入っている森だ。巨木が立ち並ぶ魔物の領域とは違い、常識的なサイズをしている。

 農場からも近く、魔物も本来ほとんどいない。いても小型の、人には無害なものだけだ。


「……いたぞ」


 さすがにゴルドンも森の中では小声だ。


 指さす先に視線を向けると、藪が動いているのが木々の間から見えた。

 目を凝らすと、プラントキメラの全体像が見えてきた。動いていると思った藪はそもそも、プラントキメラの体だったようだ。


 体高は4mくらいか、木や蔦が複雑に絡まり合い、体を形成している。所々に花が咲き、実が生っている。腕と脚のような部位もあった。指に当たる場所には、鈍く光る丸い塊が4つずつ並んでいる。あれは、たぶん硬化した実だ。

 メタリックかぼちゃも、あんな感じで使われていたんだと思う。殴られたら痛そうだ。

 今はガサガサと何かの植物を取り込んでいる。


「うーむ」


「どうかした?難しそう?」


「いや、あの大きさなら倒すのは大丈夫だろう。だが、あの黄色い実がどっかで見た覚えがあるんだが、うーむ、思い出せん」


「倒した後に調べればいいんじゃない?」


「ふむ。まあ、それもそうだな。いってくる。魔核を割るまで死なんから、少し時間が掛かるかもしれん」


「了解。気を付けて」


 ゴルゴンがその巨体に見合わず、静かに森の中を移動する。

 プラントキメラの後ろに辿り着いた。……植物に前とか後ろってあるんだろうか。


 オレの疑問をよそに、ゴルドンが背中から大剣を引き抜き、そのままプラントキメラに叩きつけた!

 ゴルドンの武骨な大剣が、プラントキメラの体を引き裂く。割れた木や枝が飛び散った。

 だが、プラントキメラはその傷に構わず、極太の腕をゴルドンに向かって振り回す。


 ゴルドンは問題なく回避し、今はプラントキメラを見ている。動きを観察しているようだ。


 声帯の無いプラントキメラが、体を軋ませ、ギチギチと音を出しゴルドンを威嚇する。威嚇しながらも、開いた傷から植物が伸び、繋ぎ合わせて体がほとんど元通りになった。


 やはり、魔核を壊すか取り出さなければ倒せない。

 魔核に当たるまで攻撃する必要があるだろう。


 ゴルドンが再び大剣を構え、プラントキメラに狙いを定める。

 一歩踏み出そうとした、その時。


「ゴアアアアアアアアアーーーー!!!」


 木々が揺れる。莫大な音量が衝撃となって襲ってくる。鳥達が一斉に飛び立っていった。


 森を揺らす咆哮とともに現れたのは、巨大な熊の魔物。


 2本の脚で立ち上がっているその姿は5mはある。その威容と迫力に、プラントキメラすら動きを止めた。


 灰色の毛皮は金属繊維のように強靭そうで、その巨体を支える膨大な筋肉を覆っている。その目には、はっきりと怒りの表情が浮かんでいた。

 ただ、そこにいるだけで暴力的な気配が、周囲を威圧している。


 その巨熊が、プラントキメラに襲い掛かった!


 灰色の残像を残し、巨体ではあり得ない速度でプラントキメラに突撃する。


 巨熊は片腕でプラントキメラを抑え込み、もう片方の手でプラントキメラに生っている黄色い実を捥ぎ取り、貪り始めた。


「思い出したぞ」


 静かにオレの元まで戻って来たゴルドンが呟く。

 ゴルドンがオレの傍に来たせいで、巨熊の怒りを湛えた目に、完全にオレもロックオンされた。黄色い実を口にしながらも、こっちを睨んでいる。怖えぇ。


「……何を?」


「あの黄色い実だ。あれは、あの“灰色熊”の大好物だな。魔物の領域の奥にしか生えんが、実を見つけたら灰色熊がいると思え、と冒険者の間では言われとるな。はっはっは、すっかり忘れとった。年を取るといかんなあ」


「ゴルドンまだ40前じゃねえか。……どうする?想定外だ。撤退か?」


「いや、それはいかんだろう。あの目からして、獲物を横取りされかけたと思っとる。灰色熊は執念深いから、逃げても追ってくるかもしれん。それに、ここは農地に近い。俺らが上手く逃げれても、農家が襲われるかもしれん」


「確かに、それは不味いな」


「あっちのプラントキメラも、灰色熊を呼び寄せるなら早く狩る必要があるな。何にせよ、ここで2体とも狩るしかあるまい」


「分かった。2体同時に相手を出来るのか?」


「追い払うなら問題ないが、狩る場合にはどちらか逃がしてしまうかもしれん。だが、あの2体はどちらもこの森で生かしておく訳にはいかん。と、いう訳でだ。灰色熊は任せるぞ」


「はあっ!?オレにか?」


「ん?プラントキメラの方がいいのか?」


 ぐ、プラントキメラと灰色熊なら、確かに灰色熊の方が戦いやすい。プラントキメラはオレの戦闘スタイルには相性が悪い。


「…………分かった。灰色熊でいい」


「では行くとするか」


 ゴルドンと共に2体の魔物に近づく。

 こちらを睨み続けていた灰色熊が、プラントキメラから手を放して、体をこちらに向けた。

 その殺意に体が震える。


 自由になったプラントキメラがズルズルと離れていく。ゴルドンがそちらに向かった。

 灰色熊は目でゴルドンを追っている。お前の相手はオレだ。


 魔道具を起動する。


「さあ、戦いだ。開け『武器庫』!」


 起動する。起動する。起動する。


 起動した魔道具達がオレと繋がる。脆弱な地球人が魔物と戦える存在になっていく。


 脳により深く発動した身体強化がオレの知覚を拡大する。脳みそを中から開かれたみたいに意識が広がった。世界の見え方が変わる。世界は少しゆっくりで、鮮やかだ。


 加速・拡大した思考で魔道具を、自分の体を統制する。


 展開された防壁群がオレの体を覆う。オレの体に隙間なく張り付き、動きに合わせて形を変えるそれは、魔力による鎧だ。


 肉体に身体強化の魔力が行き渡る。骨の一片、指の先まで完全に、間隙なく強化する。

 いかなる動きも、今なら思い通りに、寸分の狂い無く実行できる。


 他の魔道具達も全て正常に待機状態だ。いつでも使える。


 最後に、腰のベルトから銃型の魔道具を取り出した。体の震えは既に無い。


 ああ、気分がいい。周りの全てが知覚できる。今なら、望んだことを思いのままに実現できると確信がある。心地よい全能感が体を包んでいる。テンションは最高潮だ。


 ハイになった脳のまま、灰色熊に宣戦布告する。


「今日の晩飯は熊鍋だ!!具材にしてやるぜ、熊公!!」


 灰色熊は再度の咆哮で答えた。

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