第24話 お金は力
灰色熊の突進を、振り回される腕を避ける。
木の枝を、幹を、時には自分で置いた防壁を足場に、致死の嵐を避け続ける。
その重量と速度で生まれる衝撃は、当たってしまえば普段のオレなら爆散するだろう。
今のオレでも、当たったら危険だ。だが、そんなことは起こりえない。
灰色熊の攻撃を避けながら、そのデータをオレの中に取り込んでいる。灰色熊が腕を1回振る度に、オレの予測の精度が上がる。
避ける“腕の可動域を把握” 避ける“突進前の重心移動を把握” 避ける“咆哮前の魔力運動を把握”
灰色熊がイラついたように腕を振るう。だけど、オレは当たらないことを“知っている”。
オレの代わりに腕が当たった木が幹から折れた。
3次元的に跳ね回る。
どんな機動をしようとも、オレが空間の把握を間違うことはない。故に灰色熊の攻撃がオレに届くこともない。
避ける。“毛皮および肉体の強度計算終了” OKだ。
振り下ろされる腕の下をくぐり抜ける。灰色熊の後ろに抜けた。
熱が籠って来た脳みそを魔道具で強制的に冷却し、もう一段階ギアを上げた。空気すら重くなる。まるで水の中にいるみたいだ。
灰色熊が振り返るのも遅い。
数瞬後に振り返る灰色熊の胸に向かって銃型魔道具を構える。
「二撃必殺!!食らえ熊公!!」
カシュンッと軽い音とともに銃弾が飛び出した。加速した弾丸が空気に穴を開けていくのが見える。
狙い通りの位置に着弾した弾丸は、しかし強靭で分厚い毛皮と脂肪に受け止められ、肉までは貫けない。
だが、それでいい。
「狙い通りだ。『爆破』ぁ!!」
灰色熊の胸が破裂する。食い込んだ銃弾を中心に、灰色の毛皮と白い脂肪、赤い血肉が飛び散った。
生まれ持った鎧が剥がされ、血に濡れた肉がはっきりと見える。
灰色熊が驚愕に目を見開くのが見えた。終わりじゃねえぞ!
「もう一発!!」
再度射出された弾丸が、守る物が無くなった胸に突き刺さる。
「『爆破』ぁ!!」
鈍い音と共に、灰色熊の胸の真ん中に、赤くて黒い穴が出来上がる。一瞬後に大量の血が噴き出した。
心臓か近くの血管を確実に傷付けた。
血を流しつつも灰色熊の目は死んでいない。オレへの怒りを目に、叫ぼうとして。
「グオォ、……ォォ……」
咆哮を上げることも出来ずに倒れ伏した。ズズゥンと音が森に響く。血だまりが徐々に広がっていく。
「……魔力反応も停止。死んだな」
倒れた灰色熊は、もうピクリとも動かない。
魔道具を順番に停止する。万能感が薄れていく。さっきまでオレの認識下にあった世界に手が届かなくなった。世界は元の流れに戻る。
「ああ~~。頭と体が重い~~」
オレの肉体からも魔力が抜けた。身体強化時とのギャップで、自分が矮小で脆弱に感じる。毎度のことながら少しショックだ。
ノロノロと灰色熊に近づいて手を合わせる。
「ちゃんと美味しく食べるから、成仏しろよ」
灰色熊の冥福を祈り終わると、足元の血だまりに割れた魔核が沈んでいるのが見えた。爆発の衝撃で飛んだのだろう。
拾い上げると、完全に2つに割れてしまっていた。これでは買取金額は半分以下だ。魔核は魔物の素材の中でも高額なのに。
「ふう~。赤字だ、赤字」
オレが灰色熊を倒して手に入れたのは、割れた魔核と、派手に穴の開いた毛皮、あと肉と内臓か。
この分だと内臓も使えるか分からないな。骨は……どうだろう?使い道あるのかな。
そしてオレが灰色熊を倒すのに使ったのは、弾丸2発。
オレが使っている弾丸は特別性で、魔石を加工して作った、そのものが魔道具だ。加速と爆発の魔術式を組み込んである。
割れた魔核を1つ得るのに、使用したのは魔核を加工した魔石を、さらに加工した魔道具を2つだ。
灰色熊の素材が売れたとしても、今回使った戦闘用の魔道具へ魔力補給をしなければならないことを考えると、どう考えても赤字だ。
魔物とは接近戦をせずに、遠距離攻撃で倒す。それがリスクを考慮してオレが出した戦闘に対する答えだ。
安全に戦うにはお金が掛かる。冒険者では、オレは稼ぐことができない。
オレの戦法は札束で、いやこっちにお札はないか、金貨だな。金貨でぶん殴っているのと変わらない。
お金の量=オレの戦闘力である。経済的にも肉体的にも負担が大きい。
普段から戦うものじゃないな。
「おお~い」
プラントキメラを引きずりながら、ゴルドンが近づいて来ているのが遠目に見える。
心配はしていなかったが、大丈夫だったようだ。
「ゴルドンもお疲れ」
「がっはっは。このくらい当然だな。坊主も怪我が無くてなによりだ」
「坊主じゃないって」
「では帰るとするか。さっさと行かんと、別な灰色熊が寄ってくるかもしれんからな」
「嫌すぎる……。そうだね。早く帰ろう」
「うむ。では灰色熊を運ぶのは任せたぞ」
「へ?」
「む?さすがの俺でもでかすぎて両方は運べんぞ?」
確かに。そりゃそうだ。え?どうしよう。いくら身体強化をしても5mサイズの熊は運べないぞ。他の魔道具を使うにしても、戦闘後の今、長時間発動するのは脳への負担的に厳しい。
「置いていくか?もう1回来るにしても、他の動物に食われちまうと思うが」
「いや、持って帰る。持って帰るのは決定だ。さっき『美味しく食べる』って言っちゃたし」
「うむ?なんにせよ。早くせんと不味いぞ」
分かってる。分かってるよ。
周りを見る。灰色熊とプラントキメラが地面に倒れ、灰色熊に折られた木が転がっている。
そうだよ、木だよ!
「よし!」
「決めたのか?」
「ちょっと待ってろ!速攻で終わらせる。『工具箱』起動!」
オレは丸ノコを呼び出して、転がる木に向かって突撃した。
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