第139話 恩人の行方
仮拠点の家の庭に、襲撃者たちがずらりと並んでいる。誰も彼も身動きが取れない状態だ。
防壁の檻に囚われながら、恨めしそうにこちらを睨んでいる。
オレを襲いに来た『白の蛇』の20人は、全員無事に捕まえることができた。レックスの攻撃によって怪我を負ったものはいるが、重症者はゼロだ。
肉弾戦のみで襲撃者を倒していったレックスには、あとでお礼をしようと思う。特製の携帯食料セットでも作ろうか。
「……むぐうう……!」
たまに骨折の痛みに呻いている者もいるが、今は無視だ。人を襲いに来て骨だけで済んだのだから、むしろいい方だろう。
さて、今オレの前には、無傷の男がいる。動きは封じさせてもらっているが、口は解放した。会話は可能だ。
「話す気になった?」
「……へっ。俺らをやっていい気になってるみてえだが、うちの組織の構成員はもっと多い。テメエらは後で後悔するぜ」
この男は、襲撃者の中で一番魔力が少ない。あえて少ない者を選んだ。魔力が少ないものは、基本的に戦闘において弱いのだ。
荒事を生業にする者にとって、それは弱みでしかない。
そういう輩が裏の組織に入った場合、大体は強い者の下に付く。自分の力量を理解するほどに、長いものに巻かれるようになる。
この男はどうだろうか。口では威勢の良さそうなことをいいながら、キョロキョロと目線が泳いでいるこの男は、自分の命よりも組織を優先するだろうか。
「オレが聞いているのは、話すか、話さないかだよ。話さないなら、それはそれでいい。後19人もいるしね」
「だ、誰が話すかよ」
かなりの発汗と、呼吸の乱れ。もう少し押すか。
「そう、ならいい。お前を見せしめに殺して、次の奴に聞くとしよう」
レックスに視線を送る。
「ははは。任せな」
レックスもノリノリだ。その獰猛な笑いは演技には見えない。
……演技だよな?
不穏さを感じながらも男に顔を戻す。
「安心しろよ。痛いのは一瞬だ。痛みを感じる暇もなく首が飛ぶさ。たぶんな」
そう脅しをかける。オレは首を斬られたことがないから知らないけどな。
「…………は、話さねえ。話したのがバレたら、ど、どの道殺される」
男の目が左右に動く。視線の先は、他の襲撃者だ。なるほど。裏切り者は許されないからな。
「ふうん。じゃあ、こうするか」
襲撃者たちを捕らえる防壁の設定を変更する。その結果はすぐに現れた。
目の前の男以外を囲う防壁が黒に染まる。中の様子は見えなくなった。ずっと聞こえていた呻き声もなくなる。
「な、なんだ……!?」
これで聞いてみるか。
「防壁の設定を変えた。こっちから向こうが見えないように、向こうからもこっちは見えないし、何も聞こえない。声も聞こえなくなっただろ?」
「……あ、ああ」
男の視線が不安そうに動く。
「これでお前が何を話しても、他の奴らには分からない。話してくれるなら、何も危害は加えないと約束する」
オレの言葉を聞いた男が、眉を寄せて悩む。たっぷり数十秒悩んで、その口が開いた。
「……分かった。話す。何が聞きたいんだ?」
良かった。やっと話が進められる。
「お前らの組織にルヴィって奴がいるはずだ。そいつがどこにいるか知りたい」
オレの質問に、男は怪訝そうな顔をしつつも答えた。
「ルヴィってのはあれだろ?どっかの村から出てきた、弓を使う男だよな?そいつなら、今は悪龍山に行ってるぜ」
猟師時代のルヴィは弓を使っていたから、本人で間違いはないだろう。だけど、悪龍山ってどこだよ。
「悪龍山っていうのはどこのことだ?」
「……知らねえのか?ここから北西の場所にある山だ。魔境の中にある。おとぎ話の剣士に倒された、悪龍がいたって伝説がある山だよ。ここらで育ったんなら、誰でも知ってるぜ」
知らねえよ。オレはこの世界で育ってねえんだよ。
それはともかく、帝都の北西で、魔境……?お米の情報があった場所か?
「何でそんな場所に行ってるんだ?」
「それは知らねえ……。う、嘘じゃねえぜ!知らされてねえんだ。バイサーさんが用事があるとかで、何人か連れていっちまった。ルヴィって奴も一緒に行った1人だ」
バイサー。あの白蛇野郎か。魔境にいったい何の用があるんだ?分からない。魔境に貴族はいないだろうに。
「し、質問には答えた。こ、これで逃がしてくれるんだよな!?」
は?
「危害は加えない。だけど、逃がすとは言ってないだろ?」
「は!?じゃあ、どうするつも……っ!!」
その口を防壁で塞ぐ。ついでにこいつの防壁も黒色に変更した。動きがうるさいからな。
闇の中に真っ黒なオブジェが並ぶ光景はちょっと異様だ。やったのはオレだけど。
「終わりか?」
「いや。他の人にも聞いてみるよ。情報の裏は取らないと」
ついでに、もう少し詳しい情報が欲しい。質問を続けよう。
「そうか。聞き終わった奴はどうする?」
「全員から聞き終わったら、衛兵を呼んで回収してもらおう。今回は完全にこっちが襲われた立場だし、衛兵側も変なことは言わないでしょ」
「りょーかい」
つまらなそうにレックスが言う。申し訳ないが、もう少し付き合って欲しい。
朝日が昇り、すっかり周囲は明るくなった。
眩しくも冷たい空気の中を、襲撃者たちが連行されていく。衛兵さん達が、縛られた襲撃者を引っ張って行く様子が目に入る。
オレの隣には衛兵の隊長さんがいた。他の衛兵より鎧が少し豪華だ。
「ご協力、感謝します」
「いえいえ、お疲れ様です」
襲撃者である『白の蛇』の構成員からは必要な情報を搾り取った。まあ、あまり成果はなかったが。
結局、組織のリーダーであるバイサーが、貴族から何らかの依頼を受けて魔境に向かった、ということしか分からなかった。
まあいい。優先するのはルヴィの身だ。バイサーをどうにかするのは、本来オレの役割ではない。
「それでは我々はこれで失礼します」
「はい。ありがとうございました」
隊長さんが部下に指示を出しながら離れて行く。その騒々しい集団を見送った。
何事もなく終わってなによりだ。特にオレ達が同行を求められることもなかった。
レックスのおかげでもあるだろう。衛兵に貴族の息が掛かっていたとしても、高位の冒険者には手は出し難い。冒険者ギルドが黙ってないからな。
「んで?これからどうすんだ?すぐに魔境に出発するか?」
レックスが聞いてくる。深夜の戦いでは不完全燃焼だったのか、その赤い目には戦いへの渇望が見える。
「あー、魔境の情報を集めようか。冒険者ギルドに聞きに行こう。出発はそれから」
「そうか」
レックスが少しがっかりしたような顔する。さすがに、徹夜明けで準備もせずに出発するのはオレが無理だ。
20人を相手に尋問するのは疲れたし。エネルギーが足りないよ。
「さて、その前に朝食にしようか。ずっと起きてたせいか腹減った」
「おう。俺もだ。ガッツリしたものを頼むぜ」
朝からガッツリ……。ステーキでも焼く?
朝食のメニューを考えながら、荒れた敷地内を家に向かって歩いた。
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