第140話 未踏域へ出発
冒険者ギルドの一室で、壮年の男性職員さんから目的地の情報を聞いている。
これから行くのは、ルヴィが向かった北西にある魔境。お米の発見情報があった、オレの目的地でもある。
何やら1周回って、最初にしようと思った行動に戻って来た。不思議なこともあるものだ。
職員さんの低い声に耳を傾ける。
「この帝都の北西にある魔境は、
「そうなんですか」
翼竜がいっぱい。それは面倒だ。強いんだよなあ、翼竜。空飛べるのズルいよ。でかいし。
というか、その翼竜が溢れる未踏域について、「強い魔物はいなかった」って証言した人がいるんだけど。
チラリと、そんなことを言っていたレックスを見る。『翼竜なんて大したことねえだろ』って顔をしていた。
いや、大したことあるからな。ほとんどの冒険者は、単独だと翼竜に勝てないし、逃げるのも難しいぞ?
「また、調査に入った数少ない冒険者からは、新種の植物をいくつか発見したことが報告されています。ですが、帰還の際に翼竜に追われたため、残念ながらそれらを持ち帰ることはできていません」
「はい」
その新種の植物の1つがお米なのだろう。
「そして、こちらが判明している限りの未踏域の地図になります」
「ありがとうございます」
地図を受け取る。何も書かれていない空白が目立つが、山への道筋と、植物が見つかった地点は記載されている。
お米の見つかった場所は、山のすぐ近くのようだ。まあ、今は後回しだけど。
「最後に、こちらはあまり重要な情報ではありませんが、未踏域の中心にある山は、悪龍山と呼ばれています」
らしいね。襲撃者から聞いた。
「かつて人々を脅かした悪龍の住処だと伝えられている場所です。そのためか、帝都周辺の地域では、悪龍山に近付くと悪龍の呪いを受けるという伝承があります。確証のある話ではありませんが、十分にお気を付けください」
「はあ」
呪い?前に入ったレックスは何ともなさそうだけど。う~ん、いつも通り気を付けるしかないよなあ。
「他にご質問はありますでしょうか」
「ああ、はい。じゃあ……」
その後は細々とした疑問点を聞き、情報料を支払って冒険者ギルドを後にした。
仮拠点である家へと向かい、帝都の街並みの中を歩く。少し肌寒い空気の中を、大勢の人が行き来していた。
相変わらず、オレ達2人には視線が突き刺さる。
「ここから魔境までは冒険者の足で3日、かあ」
冒険者ギルドで聞いた数字だ。つまり、身体強化をして走ると3日くらいで着くということだ。
「またコーサクの馬車で行くか?」
その赤い姿を避けて行く人々を、つまらなそうに眺めながらレックスが聞いてくる。
「う~ん。ちょっと難しいよなあ。さすがに、翼竜の攻撃に耐えられるほど、改造馬車は丈夫じゃないし」
魔境まで行ったら馬車を預けるところもないからなあ。そもそも、人が出入りしないなら道もないだろうし。到着したら、どこかに放置することになるだろう。
それは不安だ。もし壊れたら、貿易都市まで帰るのが非常に大変になってしまう。
「……はあ。走ろうか」
「ははっ。それしかねえだろうな」
片道3日の耐久走。魔核を得る前だったら、到底不可能だっただろう。
「戻って準備して、少し仮眠をとったら出発しよう。ちょっと眠い」
「おう。俺はいつでもいいぜ」
レックスは元気だが、オレは眠い。徹夜は少し辛かった。少し眠って、頭をすっきりさせてから動こう。
その日の昼過ぎ。仮眠を取ったおかげで体が軽い。うん。回復したようだ。
「さて、持ち物はこれでいいかな?」
鞄の中には必要な物を詰め込んだ。食料と水。傷薬等。着替えが数枚。あとは全身に魔道具を装備していく。
腰の小物入れには予備の魔石を入れ、その近くに短刀を吊るす。
最後に分厚い外套を羽織れば完成だ。
「懐かしの冒険者スタイルの出来上がり、と」
軽く手足を動かしてみるが、動作に問題はない。このまま戦闘もいけるだろう。
装備の具合を確かめているオレに、レックスが声を掛けて来る。
「よお。準備はできたか?」
「できたよ」
オレと違い、レックスは軽装だ。荷物はほとんどない。背負った薄い背嚢くらいのものだ。その中には、干し肉などの保存食を入れてもらっている。
ちなみに、背嚢も赤く染められている。どこで売ってるんだろうか。
レックスは基本的に、魔境に行った際の食事は現地調達だ。適当に魔物を焼いて食べる。だから、普段はほとんど食料を持ち歩かない。
水は魔術で出すので必要ない。結果、いつもその身一つで移動している。
オレに真似するのは無理だな。
「じゃあ、行こうか」
「おう」
家を出て鍵を閉める。やることが終わったら、この家はどうしようか。住まないしな。売るしかないか。
まあ、それも、ルヴィを連れて無事に帰ってきてから考えよう。
レックスと2人で帝都の外に向けて歩く。気温は少し低いが、これから体を動かせば、ちょうどいいくらいに感じるだろう。
帝都の壁の外に出た。北の方向。ずっと遠くに、雪に染まった巨大な山々が微かに見える。氷龍山脈だ。次代の氷龍は、あそこで育っているのだろう。
オレ達が向かうのはそれよりも西だ。北西の方角に目線を向ける。見えるのは疎ら木々だけ。目的地が見えるのはまだまだ先だ。
軽くストレッチをして体を解す。準備は完了。
「さて、行こうか」
「おう。遅れるなよ」
笑いながらレックスが言う。その言葉を合図に走り出した。魔力は十分。体には力が漲っている。
走り、冷たい空気を肺に吸い込みながらレックスと会話する。
「置いていかないでよ?」
レックスと同じ速度を維持するのは、オレには無理だ。
「ははっ。安心しろ。疲れたら運んでやるよ」
「嫌だよ。また肩に担がれるやつだろ?あれきついんだぞ?」
酔うし、内臓へのダメージが酷い。
「ははは。なら遅れんなよ?」
「なるべく頑張るよ」
土の道を踏みつけながら走る。到着までは3日。目的地は遠い。
着いてからも大変だ。翼竜の障害は大きい。そして、『白の蛇』の目的は分からない。
だけど、必ず君を連れ帰る。待ってろよ、ルヴィ。
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