第138話 襲撃者

 部屋の中に鳴り響く警報に飛び起きる。襲撃者が来たようだ。


「来たか。お出迎えしないとな」


 魔力を回す。胸の奥から魔力を汲み出す。身体強化を発動する。微かに残っていた眠気も吹き飛び、脳が覚醒した。


「何人で来たのかな、と」


 魔力の感覚を開く。自分の意識を広げる。魔力の反応は20。意外と多い。庭で防壁の檻に囚われているのが2人。家の裏手に回っているのが3人。残りは家を囲むように展開し、様子を伺っているようだ。


 同時に、レックスの魔力が近づいてきているのを感じた。


 ダンッ、と、勢いよく部屋の扉が開かれる。嬉しそうに口角を上げ、戦闘態勢のレックスがそこにいた。


「やっと来たみてえだなあ」


 戦いを望む獰猛な気配がする。ただ待つだけだったこの2日は、レックスにとってストレスだったようだ。


「レックス。数は20。内2人は捕獲済み。他は家の周りを囲んでる。邪魔だったら、オレの罠は切ってもいいよ」


「おう。分かった。行ってくるぜ」


 レックスがそのまま部屋の中を進む。そして、窓に手を掛けた。開け放たれた窓から、冬の冷たい風が室内に流れ込む。

 それに混じって、いくつかの怒号も耳に入った。


「ああ、できれば殺さないでね」


「ははっ。楽勝だ」


 短く言って、レックスが窓から身を躍らせる。2階の高さなんて、レックスにはあってないようなものだろう。

 その赤い姿が、闇の中に消えて行った。


「さて、オレもやるか」


 攻撃はレックスに任せる。むしろ、下手に協力しようとしても邪魔になるだけだ。


 だから、オレは相手の足止めに動こう。


「さてさて。『六連結防壁:結界』展開。逃がさないよ」


 家の周囲。襲撃者たちの外側に結界が生まれる。内部の者を閉じ込める壁だ。誰もここからは出さない。逃がしはしない。


 異変に気付いた数人が結界に攻撃を加えるが、結界はびくともしない。


「法国の結界の仕組みを流用した物だ。簡単には壊れない」


 オレの手元にある制御用の魔道具と、家の周囲に設置した6台の魔道具を連結して生み出した結界だ。

 その強度は、短時間で破壊可能なものではない。


 結界に攻撃を加えている者から、魔力の高まりを感じた。魔術での破壊を試みるようだ。だが、そこにレックスが突撃する。

 無防備な背中を強襲したようだ。襲撃者が動かなくなった。


 それを機に、襲撃者の動きが変わる。慌てて逃げようとする者。レックスを攻撃する者。そして、オレを狙って走ってくるものだ。


 上手くエサオレに食いついた。脳に回す魔力を増やす。強化の段階を上げる。家を守る魔道具群に意識を接続する。


 魔力に酔った脳が高揚しているのが分かる。


「オレの罠へようこそ。ははっ。無傷で捕まえてやるよ」


 襲撃者に向かい、いくつもの罠がその口を開いた。






 闇の中を赤が走る。


「ははは、ははははは!」


 哄笑を上げ、膨大な魔力を身に纏った赤色が闇を切り裂く。


「ぐああっ……!」


 動く度に悲鳴が上げる。暴力を生業とする襲撃者たちがなす術なく削れていく。


「くそっ!あいつを止めるぞ!」


 闇の中。戦意の残る者たちが赤い男を囲う。武器を構え、魔術を詠唱し、その隙を伺う。


 だが、襲撃者の緊迫した様子とは反対に、男はその動きを止めた。ただ悠然と襲撃者たちを見渡す。


「はははは!賑やかじゃねえか!楽しもうぜえ!」


 笑う。笑う。数で有利の襲撃者に対し、まるで立場が逆転したかのように赤が哄笑する。


「……っ!行くぞ!!」


 その声を合図に、ただ1人の男に攻撃が集中する。


 絶妙に時間差を作り、避けようのない間隔で暴力が襲う。常人であれば反応もできないその攻撃に、男は口元を吊り上げるだけで応えた。


 その唇が、ただ1つの言葉を紡ぐ。


「“斬れ”」


 言葉と同時に世界がズレた。


 男に届かんとした剣が、矢が、暗器が、魔術が全て裂かれる。鈍い落下音だけが闇に広がった。その身には何1つ届かない。


「なっ……!?」

「嘘だろ!?」

「……化け物が!!」


 襲撃者たちが目を見開く。あまりの出来事に全員の足が止まった。自分の首が飛ぶ光景を思い浮かべ、誰もが恐怖を顔に浮かべる。


 だが、赤い男は惰弱を許さない。


「おいおいおい!!ビビるには早えだろうが!!」


 その挑発に、誰も反応をしない。痺れを切らしたように、男が宣言する。


「なら、こっちから行くぜ!!ははははは!!ちゃんと避けろよお!!」


 飛んでくる全ての攻撃を切り裂きながら、赤い強者が突撃した。






 悲鳴と怒号、そして楽しそうな笑い声が聞こえて来る。


「レックス、テンション上がってんなあ……」


 襲撃者も大変だ。死にはしないとは思うが、その分痛い思いをするかもしれない。

 レックスの身体強化はえげつないからなあ。軽くても骨くらいは折れるだろう。


「テメエッ!!ここから出しやがれ!!」


 視線を戻す。目の前には、防壁に囚われた男がいた。その手足は封じられ、全身を防壁で覆われている。口は自由だが、体を囲う防壁が近すぎて魔術は使えないようだ。

 まあ、この状態で魔術を使ったら自爆するな。


「あとで出してやるから、しばらく黙ってな」


「あぁ!?ふざけんじゃ……むぐ!?」


 開いた口元に防壁を展開。これで猿轡の完成。喋れないから詠唱もできないだろう。無力化完了。


 さて、レックスが倒した奴も捕縛して行きますか。


 全身の守りを魔道具で固め、オレは倒れ伏す人影へと足を進ませた。

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