第119話 閑話 第13話
「よし!目標額貯まったあ!」
冒険者になって3ヶ月。ようやく必要なお金が貯まった。
角兎をはじめとする小型の魔物を苦労して討伐し、チマチマと薬草を採取してついさっき、ようやく、本当にようやく目標額を達成した。
大変だった。常にギリギリの生活だった。何回も命の危険を感じた。
「これでようやく、この世界の文字を教えてもらえる」
そう、文字だ。このお金で文字を教えてもらうことができる。
オレは弱い。魔物を討伐するために、魔力に干渉する“手”を使用しているが、オレが倒せるのは小型の魔物までだ。
自力では身体強化もできず、魔術も使えず、これ以上の強さは頭打ちだろう。
だから、オレには知識が必要だ。この世界には魔道具というものがある。村ではほとんど見なかったが、この都市では一般的に使われている。
地球において、貧弱な人間はどうやって食物連鎖の上に登ったか。道具だ。道具を作り使用してきたからこそ、人はその弱い肉体で地球の支配層に成りあがったのだ。
オレは弱い。だけどそれは、強くなることを諦める理由にはならない。オレにはまだ可能性がある。
オレ自身が強い必要はない。道具を使い、装備を整え、総合的に強ければいいのだ。
文字を覚えるのはその一歩目だ。まずは知識を収集しよう。目標は自分で魔道具を作れるようになることだ。
「さて、魔道具屋に行こう」
この都市の、とある魔道具屋の店主。毎日暇そうに店にいるお爺さんが、金があるなら文字を教えてやると言ってくれていた。
古い魔道具ばかりを扱う、骨董品屋みたいな店のお爺さんだ。店に並んでいる魔道具は値段が高過ぎて、よほどのマニアか金持ちしか利用しない。
オレはほとんど客がいるところを見たことがない。
要求された金額は、オレが稼ぐには中々大変な額だったが、それでもありがたかった。
この都市、というか帝国という国は、なんというか自国民至上主義なのだ。
自分達の民族への誇りが強いと言えば聞こえがいいが、余所者への当たりが少し厳しい。優しい人もいるけどね。
この都市に来てから文字を教えてくれる人をずっと探していたが、魔道具屋のお爺さん1人しか見つけられなかった。
むしろ、1人見つけられて良かったと思うべきなんだろう。
魔道具屋に向かって歩いていると、見慣れない風貌のオレをジロジロと見てくる人も多いが、最近は気にならなくなった。
そもそも黒髪が目立つらしい。この世界で黒い髪の人を見たことがない。ここの人達は皆カラフルだ。
本当かどうかは知らないが、目と髪の色は精霊の影響を受けるとか、村で誰かが言っていた。
都市の中を魔道具屋に向かって歩いていると、屋台が並ぶ通りに出る。ここを通るのが一番近道だ。
焼かれた肉や、炒められている軽食、日毎に具材が変わる汁物のいい匂いがする。
「……ちょっとだけ、何か食べようかな」
匂いを嗅いだことで、胃が空腹を訴えてきた。今日はまだ、ほとんど何も食べていない。
お金に余裕はある。串焼き1本買った程度で、文字の授業料には問題はない。
「おっちゃん。角兎の串焼き1本ちょうだい」
「おう!あいよ坊主!熱いから気を付けな!」
坊主と言う齢でもないんだけどな。ここでは若く見られることが多い。
「ん?」
屋台の横で串焼きの肉に齧り付いていると、どこからか視線を感じた。
振り返ってみると、すぐ後ろにある建物と建物の隙間から、小さな影がオレを見つめていた。
正確にはオレではなく、オレが手に持つ串焼きを、瞬きもせずに見つめていた。穴が開きそうなほどの熱視線だ。
串焼きの肉に集中しすぎて、オレに見られていることにも気が付かないらしい。
そこにいたのは子供だ。小さな子供が、ボロボロの服を着て、汚れ切った格好で薄闇の中にいる。
「……」
「……」
「……」
「あ~……ちょっと来いよ」
手招きすると、驚いてように大きく目が開かれた。慎重に、探るように子供が影から出て来る。そのまま、警戒したようにオレのもとにやってきた。よし。
「おっちゃん。串焼きもう1本ちょうだい」
「おう!まいどあり!」
受け取った串焼きを、屈んで子供の前に掲げる。
「あげる。食っていいよ」
瞬間、オレの手から串焼きが消えた。なくなった串焼きは、既に子供の小さな手の中にあった。串の先の方の肉はもう無い。行き先は口の中だ。リスのように頬が膨らんでいる。すごい早業だな。
「火傷すんなよ」
オレの忠告には、ただコクリと頷かれた。口がいっぱいで話せないようだ。咀嚼するより早く、肉を口に詰め込んでいる。もうパンパンだ。
さて、オレは魔道具屋に行くとするか。
そう思って振り返ろうとすると、背後に何かいた。
「うおっとお!」
子供だ。似たような様相をした子供が1人増えていた。いつの間に近付かれた?
その子もじっとオレのことを見てくる。
「……」
あ~……。
「おっちゃん。もう1本追加で」
「あいよ!」
お金を払って串焼きを受け取る。大丈夫だ。まだお金は足りる。
「ほら。食っていいよ」
デジャヴ。再びオレの手から串焼きが消える。
2人並んで肉を頬張る姿がある。汚れて分からないけど、兄弟だったりするのだろうか。
まあいい。オレは魔道具屋に行かないと。
「うおっ!?」
再び振り返ると、今度は子供が2人いた。4つの目がオレを見つめている。
えぇ~。なんだこれ。
さらに視線を感じて振り返ると、最初の子がいた建物の間から、さらに複数の目がオレを見つめていた。
何かを期待するような目に囲まれている。
財布代わりの革袋の中を覗いてみる。文字の授業料が詰まっている。
「あ~…………はあ。おっちゃん。串焼き、あるだけちょうだい」
「……いいのか?そこそこの金額になるぞ?」
屋台のおっちゃんに心配された。まあ、しょうがないよ。
「いいよ。腹減ってるのは、辛くて悲しくて……泣きたくなるくらいに惨めなことだからさ」
「あ~!やっちまった~!すっからかんだ~!」
都市のはずれ、小さな川の横で叫ぶ。
この都市での、オレのお気に入りの場所だ。人通りが少なく、草の生えた傾斜が寝転ぶのにちょうどいい。
叫んだ勢いのまま、草の上に倒れ込んだ。
「はあ。やっちゃったな」
文字を覚えるのが遠のいた。貯めるのには、また2ヶ月くらいは必要だろう。
まあ、そんなに後悔はしていない。やっちゃったな~、とは思うけど、みんな美味しそうに食べてたしな。
「明日からまた稼がないとな~」
2回目だし、もっと上手くできると思う。たぶん。うん。
まあ、それも明日からだ。今から森に行ったら夜になる。今日はどうすっかなあ。冒険者ギルドで依頼でも見ようか。
のんびりと動く雲を見上げながら考え事をしていると、ふいに頭上に影が差した。
「おお?おおおお!?」
顔を上げると、そこにいたのは巨大な魔物、の死体だ。数メートルはある魔物の死体が、道の真ん中を進んでいる。
その魔物の下に、変な奴がいる。真っ赤だ。全身真っ赤。一瞬、血だらけなのかと思ったほどだ。
真っ赤な服を着た、赤い目と髪をした青年がそこにいた。数百キログラムはありそうな魔物の体を、軽々と運んでいる。
やべえ奴がそこにいた。
靴まで赤いよ。どこで売ってるんだろ。特注?
その、明らかに変な奴と目が合う。
「よう」
しかも挨拶された。ええ、なんで……?
「こ、こんにちは」
初対面だ。こんなインパクトのある人物を忘れる訳がない。正面から向き合う。齢はたぶん、オレと同じか少し下くらいだろう。
「何をやっちまったんだ?」
「はい?」
え、なに?なにが?
「でかい声だったからな。聞こえてたぜ。賭けにでも負けてきたのか?」
さっきの叫びが聞こえてた?マジで?恥ずかしい。誰もいないと思って叫んだのに。
と、とりあえず、答えないと。ちょっとヤバそうな人だし。刺激したくない。
「え~と、あの、文字を教えてもらうために貯めたお金を全部使って、孤児に串焼きをおごっちゃった……みたいな、感じ、です……」
正直に喋った。
「はっ。はっはっはっはっは!そんなことしたのか!変な奴だな!」
全身真っ赤コーディネートの変な奴に言われた。
「ははは!笑わせてくれた礼に、これやるよ」
「うお!ぐふっ」
投げ渡された物体を受け止める。胸に衝撃。小さな革袋なのに結構な重量だ。中からジャラリと音がした。指先の感触から硬貨のようだ。つまりお金っぽい。
「じゃあな!」
そう言って赤い人が去っていく。その大きすぎる荷物の重さを感じさせないような足取りだ。
いや、せめてお礼しないと。今返せるものはない。名前、聞かないと。
「あ、ありがとうございます!お名前聞いてもいいですか!」
その赤い靴が立ち止まる。
「レックスだ!俺は『斬鬼』のレックス!覚えておいて損はないぜ?」
そう、不敵に笑ってレックスさんは去っていった。赤い後ろ姿を見送る。
「なんだったんだろう……?」
とりあえず、お金を恵んでくれたことはありがたい。うん。とてもありがたい。このお金はあとで返さないとな。
受け取った革袋を開けてみる。中には銅貨に銀貨、そして……。
「うえっ!金貨も入ってんじゃん!!」
え、ど、どうすんだよ。金貨なんて怖くて持ち運べないぞ!
ワタワタと、無人の河原で、1人挙動不審に慌てることになった。
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