第80話 試合

 なんだか良く分からないが、クルトと試合することになった。


 畑の外れで2人で向き合っている。審判はロゼッタ。ギャラリーはヒューと少年少女たち。


 クルトはけっこう慕われているようで、見守る少年少女たちから声援が飛ぶ。

 オレの応援はなしだ。ロゼッタは審判だしな。ヒューは心配そうにオレたちを見ている。


「では、ルールの確認だ。使用するのは身体強化のみ。武器と魔術の使用はなし。降参するか、気を失った方が負けだ。いいな?」


「問題なし」


「いいぜ」


 オレは武器ありでも良かったが、ヒューの反対によって武器なしになった。お互いに素手だ。


 オレは身体強化の魔道具だけ使わせてもらう。さすがにそれも無しだったら勝ち目がない。個人的には超ハンデだ。他の魔道具を使えない時点で、オレの戦闘力は半減だからな。


 向かい合うクルトがオレを睨み付ける。その口が開いた。


「銅級冒険者、クルトだ」


 ……ああ、決闘の名乗りか。冒険者にはそんなルールというか、習慣があったな。これはただの試合だったはずだけど。

 等級を名乗るのは、王国と帝国の習慣だ。

 視界の端でロゼッタがこちらをチラリと見たのが分かる。オレも返す必要があるか。もう冒険者は辞めたのにな。


「元銀級冒険者、『爆弾魔』コーサク」


 オレの名乗りにクルトが目を見開く。少年少女も騒めいた。その驚きは、オレの等級か、それとも綽名のせいか。


 名乗りが終わったことを確認し、ロゼッタが進行する。


「うむ。では、私が合図をしたら試合開始だ」


 ロゼッタが右手を上げる。じゃあ、身体強化『全身:中』発動。オレの体に魔力が巡る。加速する思考。指の先まで意識が通る。

 準備は完了。


 真上に上がったロゼッタの右腕が振り下ろされる。その速度もゆっくりだ。


「始め!」


 試合が始まる。


「おおお、らあっ!」


 クルトが気合の入った声を上げて飛び込んでくる。速い。踏み込みの勢いに、足元の土が抉れている。


 オレの顔目掛けて右の拳が飛んでくる。加速と体重を乗せた一撃だ。防壁の無い今、当たれば不味いだろう。


 その全力の拳を一歩踏み出して潜り抜ける。顔のすぐ横でゴウッと空気が鳴った。


 すぐに蹴りが飛んでくる。足裏で受けてその勢いで下がった。再びクルトがオレに向かってくる。


 戦闘において、もっとも厄介なものは何か?それは恐怖だと、オレは思う。恐れを抱いた脳は上手く機能せず、強張った体は普段通りに動けなくなる。


 頭を狙った上段蹴りを屈んで避ける。


「避けてばっかりか!ビビッてんのかあ!?」


 ビビる……?ああ、残念だけど、お前に恐怖は感じない。人相手に怖がれるほど、この世界に来てからのオレの人生は甘くなかったよ。


 迫ってくるクルトの右腕を掴み、少し捻ってやる。綺麗に吹っ飛んでいくクルト。


「は?ぐはっ!」


 受け身も取れずに地面に落ちた。身体強化中だ。ダメージはほとんど無いだろう。


「なに、しやがった!」


 すぐに起き上がって突進してくる。オレに伸ばされる腕に向かって一歩踏み込み、力の向きを変えてやる。

 もう一度、体の制御を失ったクルトが飛んでいく。


 冒険者の攻撃は大振りだ。自分より大きな魔物を相手にする場合、小さく武器を振っても効果は薄い。分厚い皮や甲殻を切り裂くために、求められるのは威力だ。そのために冒険者には大剣使いが多い。


 飛び蹴りをして来たクルトを地面に叩きつける。


「がはっ!」


 どんなに威力があっても、大振りの攻撃に対処するのは難しいことではない。肉体の性能が上がっても、体重が変わる訳でもなく、そしてオレには“力の流れ”が見える。


 強化された脳は戦闘時に不要な色彩を排除する。代わりにオレの視界を彩るのは、相手の魔力や重心だ。無意識に強化を深めた部位や、力を込めている箇所が、オレには色の濃淡で見える。


「くそがあ!!」


 真っすぐに、オレに飛び掛かってきたクルトの腕と胸倉を掴み、その勢いのまま真下に叩きつける。


「ぐうっ!」


 体への衝撃で上手く動けないクルトに馬乗りになり、無防備な首に手を添える。抵抗しようと伸びて来た手は外側に弾いた。


「オレの勝ちだな」


 優劣は明らかだが、負けを認めてくれなければ、このまま首を絞めて意識を落とすしかないだろう。

 クルトはどう出るか。


「ぐ、くそっ」


 お互いの視線が交差する。こちらを睨みつける目の奥にあるのは、悔しさと、諦めだろうか。


「……俺の負けだ」


 呟くような声が響く。審判であるロゼッタが試合の終了を宣言する。


「うむ!勝者コーサク!」


 クルトの上から立ち上がって、手を差し伸べた。けど、普通に無視された。まあ、仕方ないか。


 自力で起き上がったクルトが再度オレを睨み付ける。


「次は勝つ」


 それだけ言って、オレの返事も聞かずに畑の奥に歩いて行った。途中で鍬を拾い、開拓予定の場所を黙々と耕し始める。


 少年少女もその後を追い掛けて行った。クルトは何かしら納得はしたのだろうか。

 試合の終わったオレの元にヒューが近寄って来た。


「うちのクルトが悪いね」


「いや、いいけど。いや、いいのか?あれで良かったのか?」


 ただ転がしただけだぞ。


「どうだろうね。それは僕にも分からないけれど。でもありがとう。クルトの我儘を聞いてくれて。少しは気が晴れた顔をしていたよ」


 ええ?顔変わってた?試合の前も後も睨まれてたよ。


「全然変わったようには見えなかったな」


「ははは。僕とクルトは付き合いが長いからね。クルトはいつも怒ったような顔をしているから、他の人には分かり難いのかもしれない」


「ふうん。ちなみにヒューは、クルトが何でオレに戦いを挑んで来たのか分かるか?」


「理由かい?僕はクルトじゃないから、全部は分からないけれど、クルトが強くなりたがっていることは確かだよ」


 少しだけ、遠い目をしてヒューが言葉を続ける。


「あとは……僕たちは守れないものの方が多かったから、かな。クルトは直接的な力を望んでいる。最近は悩んでいるみたいだったけどね」


 ここの過去を知らないオレには、良く分からない話だ。あまり踏み込むつもりもない。


「じゃあ、僕も仕事に戻るよ。邪魔をして悪かったね。コーサクも頑張ってくれ」


「ああ、じゃあ」


 ヒューも再び農作業に戻った。残ったのはオレとロゼッタだけだ。


「結局なんのための試合だったんだろうな」


 オレの問いにロゼッタが答える。


「強さを求めていれば、何度か壁にぶつかるものだ。いくら鍛えても強さを実感できないときがある。あれには、そうした焦りも関係あるのだろう。私にも覚えがあるよ」


「それだけじゃなさそうだけどね」


「ふむ。それはここが、孤児院であることが関係しているのではないか?」


「たぶんね。普通に考えて、領主が孤児院を潰すなんてあり得ないからね」


「……コーサクは、これ以上ヒュー殿たちに関わるつもりか?」


「いや、そのつもりはないよ。あまり人の事情に首を突っ込むもんじゃない。この街では護衛の仕事を果たすよ。とりあえず、魔道具の設置の続きをしようか。護衛の仕事じゃないけどね」


「分かった。そうしよう」


 オレの言葉を聞いたロゼッタは、困っているような、笑っているような顔をしていた。

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