第81話 照明の魔道具修理
この街に来てから毎日、朝は全員でミーティングをしている。リリーナさんのところに集まって情報共有をし、オレたちには指示が出される。
今日も全員集合中だ。
昨日でヒューの農場への魔道具の設置が終わったので、オレたちも今日から護衛に戻るのかと思っていたのだが、そうでもないらしい。
「コーサクさん達は、自由に行動してもらっていいわ。ああ、ヒューさんの畑の様子は、たまに確認してちょうだいね?」
そういうことで放流された。
自由行動を許されても、やることと言ったらヒューの畑の手伝いくらいしかないんだけど。
リリーナさんの考えが良く分からない。オレを護衛に付けた狙いが読めない。なにかしら、オレを選んだ理由はあるんだと思うけど。
ロゼッタと一緒にリリーナさんの部屋を出る。
「自由に行動してもいいって言われたけど、ロゼッタは何かある?」
「ふむ?特には思いつかないな。自由行動を許されたとしても、私たちは護衛中の身だ。さすがに冒険者ギルドで依頼を受ける訳にもいかないだろう。ヒュー殿の手伝いでいいのではないか?」
「まあ、そうだよね。そうしようか。って、うん?」
オレたちの進行方向、廊下の先でメイドさんがオロオロしている。まだ年若いメイドさんだ。何かあったんだろうか。
「なにか慌てているようだな」
「そうだね」
とりあえず、進む先にいるので避ける訳にもいかない。ちょっと聞いてみよう。
オレたちの姿に気が付いたメイドさんが、ビクッとして慌てて壁際に移動し頭を下げる。今更気配を殺し始めた。
……あ~、いいか。話し掛けよう。
「慌てていたようですが、どうかしましたか?」
「はいいっ!?」
ビクゥッと、まさか声を掛けられると思っていなかったのか、とても驚いた様子でメイドさんが反応する。
悪いことをした気がする。
一気に顔を上げたメイドさんは、10代後半くらいだろうか。とても美人という訳ではないが、優しそうな顔をしていた。
まあ、オレが急に話し掛けたせいで、その顔には驚きと焦りしか浮かんでないんだけど。
「何か、ありましたか?」
もう1回、ゆっくりと聞いてみる。
「い、いい、いえ。な、なんでもない、です!」
慌てすぎじゃないかな?オレは怖がられるような風貌ではないはずだ。この世界に来てからは、むしろ舐められる方が多い。冒険者時代に何度絡まれたことか。
まあ、それよりメイドさんだ。なんでもないことは無いだろう。少し観察してみる。
手に、何か持ってるな。照明?廊下に等間隔で設置されている、照明の魔道具のようだ。
壊れたのかな?
「その、照明の魔道具がどうかしたんですか?オレの本職は魔道具職人なので、良かったら少し見ますよ」
警戒されたいように、笑顔で聞いてみる。メイドさんは目を左右に動かし、少し悩んだようだが、事情を話してくれた。
「あ、あの……掃除で、いつも通り拭いていたら、き、急に灯りが消えてしまって」
それで壊したと思ってオロオロしてたのかな。
「拭いたくらいでは、魔道具は壊れませんよ。ちょっと見せてもらっていいですか?」
「は、はい」
受け取った魔道具を確認する。年代ものの魔道具だ。外見に傷は無し。魔石と金属部分の接触も異常なし。と、なれば。
魔石にアクセスしてみる。いつもより重い、濁ったような感触。中の魔術式も歪んでいる。これは、あれだな。
「魔石の劣化ですね。寿命だったんでしょう。魔石を交換すれば、すぐに直りますよ。なんなら、オレが直しましょうか?」
魔道具は基本的に劣化が少ない。あまり壊れないのだ。家電製品と違い、回転部や動作部が無いからだ。使えなくなる原因は、ほとんど魔石の劣化である。
このメイドさんは、魔道具が壊れるところを見たことが無かったのだろう。
さて、オレなら直ぐに直せるが。
「ええと、あの」
メイドさんがキョロキョロしている。
「はい」
「は、は」
は?
「は、ハイドさんに聞いてきますー!!」
それだけ言って、メイドさんがダッシュで去っていった。ええー……。
身体強化も使ったであろうメイドさんが、すぐに廊下の角に消えた。速かった。あの長いスカートで、あのスピードとは。すげえな、メイドさん。
静かになった廊下で、オレとロゼッタだけが立ち尽くしている。
「……ロゼッタ。ハイドさんって誰だっけ?」
「ここの執事の名前だったはずだ」
へえ。知らなかった。まあ、それはいいとして。
「オレ、なんか不味いことした?」
「ふむ。貴族の屋敷では、使用人はいないものとして扱うのが普通だな。使用人の方でも、主人や客の意識に入らないように動く。だから、まあ。急に話し掛けられたら驚くだろうな」
ええー。知らねえよ。なんか困ってそうな人がいたら、声掛けるわ。
「まあ、特に礼儀に反するというものではない。それが一般的だと言うだけだ」
「了解。解説ありがとう。次からは……たぶん気を付ける」
たぶんね。
「ふふふ。そんなに気にしなくてもいい。コーサクは貴族でも無いからな」
「う~ん。はい」
さて、とりあえず、執事のハイドさんを待たないといけないが。時間かかるかな。
「ロゼッタ。先にヒューのところ行ってくれる?タローと一緒に。外に出たそうにしてたから。魔道具の修理は時間かかるかもしれないし」
魔道具設置のときはタロー留守番だったからな。さっきも外で遊びたがっていた。
「うむ?そうか?ならタローと先に向かうことにしよう」
「うん、よろしく」
ロゼッタを見送る。オレは執事さんとメイドさんを、ここで待つことにしよう。
それにしても、廊下暑いなあ。
しばらくして、メイドさんが執事さんを連れて戻ってきた。執事さんは初日に見た、中間管理職のような疲労を感じさせる中年男性だ。頭が寂しくなっている。
この人がハイドさんか。
「大変お待たせいたしました。わたくし、執事長のハイドと申します」
ハイドさんが胸に手を当てて礼をしてくる。その光る頭部に目が行きそうなのを耐える。
「リューリック商会の護衛をしているコーサクと言います。本業は魔道具職人です」
オレの自己紹介にハイドさんが少し驚いた顔をする。そうだよな。普通、魔道具職人は護衛やらないよな。
「魔道具の修理をご提案いただいたと伺いました。よろしければ、是非、お願いいたします。もちろん、報酬はお支払いいたします」
おお、普通に頼まれた。良く考えたら領主のお抱えの職人とかいるかな?って思ってたけど。
「分かりました。照明の魔道具をお預かりしてもいいですか?手持ちの魔道具に似たものがあるので、魔石だけ交換します」
まあ、嘘だけど。ここで一から魔石に入力しますって言ったら、オレの魔道具作成のスピードがバレるからな。
「ええ、ではこちらを。よろしくお願いいたします」
「はい。お任せください」
さて、持ってきた魔石から同サイズのものを選んで、魔術式を写して交換するとしよう。すぐに終わるな。
修理した照明の魔道具を持って、ハイドさんの元に向かう。魔術式は丸写ししたので、交換前と機能は同じだ。
さっきのメイドさんに声を掛けて、ハイドさんのいる部屋まで案内してもらった。
「失礼します。魔道具の修理は終わりました」
ハイドさんに魔道具を渡し、明るさを確認してもらう。その間に軽く室内を見渡す。書類が多い。ハイドさんが1人で処理しているのだろうか。
「おお、これは……ありがとうございます。コーサク様。ご相談なのですが、もう1つ魔道具を修理していただけないでしょうか」
追加注文だ。断る理由は……特に無いな。
「いいですよ。何の魔道具ですか?」
珍しい魔道具だったらうれしいな。使える魔術式を増やしたい。
「実は……この屋敷の冷房の魔道具が、少し前から壊れておりまして。そちらの修理をご依頼したく」
なるほど。道理で屋敷内が暑い訳だ。壊れてたのか。
「いいですよ。その依頼を受けます」
しかし、少し前から?仮にも貴族の屋敷で、壊れた魔道具を放置することがあるのか?
ハイドさんに案内されながら、いくつかの疑問がオレの頭に浮かんでいた。
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