第110話 死者の行進
暗い通路の中で、少し休憩している。地上の様子が分からないので現在の時間は不明だが、疲れたし小腹も空いた。
地図によると、もう少しで迷路部分は終わるようだ。
座って背を預けている壁が冷たい。地面に置いたカンテラが照らす空間は、たった数メートルの範囲だ。圧迫感がある。
王妃のいる城までは、まだ歩かなければならない。今のうちに英気を養う必要がある。んだけど、問題発生だ。
「……不味い。どうなってんだこれ?超不味いぞ。何味だよ」
渡された携帯食料がとても不味い。オレの味覚を殺しにきてる。味蕾が死滅しそう。
こっちの世界に来てからの経験で、不味い食べ物には耐性があるし、飯を残したりはしないけど、これは酷い。
栄養だけを詰め込みました!他の全てを犠牲にして!みたいな感じだ。
苦くて、エグくて、青臭い。ついでに食感も悪い。なんだろう。消しゴム食べたらこんな感じ?
「せっかく大量に保存食作ったのに、なんでオレは不味い飯を食ってんだよ。しかもこんな場所で」
やる気でねえよ。
ああ、不味い。違うこと考えて気を逸らそう。
地上に戻ったら食べたいものは何か?いや、お米だわ。常にお米が食べたいよ。どこにあんのかなあ。
「まあ、お米探しの協力は取り付けたけどな」
法国相手にだ。依頼を達成した場合に欲しい報酬を聞かれたので、金はいらないから、お米探し手伝えよ、ていうのを、丁寧に伝えておいた。
一国がお米探しに協力してくれるようになるのだ。それだけでも、この迷宮を攻略する意味はある。オレの命を懸ける理由になる。
「あ、んん?口の中がピリピリしてきた」
食った感じ、毒は無いと思うけど。練り込んでる薬草の成分が、オレには強かったか?
それとも、不味すぎて体が拒否してるのか?
「解毒の魔道具も無いから、オレに異常が出るかも調べられないな」
一応、これ以上食べるのは止めておこう。
出来ることが少なすぎる。とても不便だ。
「ロゼッタとタローは、ちゃんと飯食べてるかな」
ロゼッタがいるから大丈夫だと思うけど。一応、マリアさんがロゼッタに事情を説明してくれるって言ってたし。
ああ、タローとの約束を破っちゃったな。美味しい物を作るって言ったのに。戻ったら埋め合わせしよう。
口の中を洗い流すように、革の水筒に入ったお茶を飲む。
「ふう。よし、出発するか」
休憩終わり。進もう。
迷路を抜けた。目の前に、巨大な空間があるのが分かる。カンテラの弱い光では、その全貌は照らせない。
だが、薄っすらと見えるものがある。複数の家のような建物だ。長い年月により朽ちた建造物が、死骸のように闇の中に横たわっている。
「ここからが本番かな。焦らず行こう」
この空間の中心に向かって足を進める。暗闇を見通せなくても分かる。中心地にある大きな魔力。これが王妃だろう。
「魔力量がすごいな。王族だからか?」
生前の魔力を引き継いでいるのだろうか。その魔力はすさまじい大きさだ。人にしては、ではあるが。
「とりあえず、龍種みたいな化け物ではなさそうだ」
あれは、人が挑むモノじゃない。
歩みを進める。カンテラの光が闇を照らしていく。ああ、増えてきたな。
1歩踏み出す度に、感じる魔力が増えていく。その反応は大量だ。目が回りそうなほどに多い。
まあ、多いのは当然か。一国の首都の人口がここにはいるのだから。
「あ~。ん~?」
最初に会った女性と違い、ほとんどの反応が移動している。歩き回っている。
だけど、闇雲にじゃない。動きに規則がある。なんだろうか。
ボロボロの街並みを進む。魔力の反応が多いのは大通りのようだ。近づいていくと、多くの人影が見えて来る。
異様な光景だった。虚ろな人々が、ゆっくりと集団で歩いている。1つの集団は20人ほど。その集団が数えるのも面倒なほどにいくつも並び、間隔を空けて歩いている。
何故、こんな動きをしているのだろうか。情報が足りない。このまま進むのは躊躇われる。少し様子を見よう。
体感で2時間ほど周囲を調査した。たぶん分かった。
これは、この人達は巡回をしているのだ。城への侵入者を防ぐために。もちろん、この人達には既に意思はない。ただ生者を襲うだけの存在だ。
では、この人達を操っているのは誰か。ああ、1人しかいない。死霊の精霊の加護を受けた王妃だろう。
実際、ギリギリまで集中すれば、ゆらゆらと歩く人々から城へと伸びる、細い魔力が察知できた。
さて、オレの存在を察知できない人々の間を進むのは簡単だ。ぶつからずに歩く程度の隙間はたくさんなる。
だけど、1つ問題がある。魔力に集中しているときに気が付いたが、大通りの先、城の入り口には魔道具が設置されている。
機能は結界を張るもののようだ。だが、それは侵入者を阻むものではない。結界は、薄く、薄く、気付かないほどに薄いものだ。触っただけで壊れるだろう。
あれは多分、侵入者に結界を壊されることで発動する警報装置なのだ。その魔道具も城の中へと繋がっている。
最悪を考えれば、入り口を通った瞬間に王妃に気付かれる。それで魔術でも打ち込まれれば終わりだ。オレに防ぐ術はない。
王族に相応しい魔力を持っているのだ。使える魔術が弱いとは、考えるべきではないだろう。
という訳でだ。オレはこれから、感じる範囲で数千人はいそうな死者の間を通り抜けて、魔術が撃ち込まれる恐怖と戦いながら、警報用の魔道具を無力化する必要がある。
ああ、嫌になるね。
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