第109話 攻略開始

 魔道具を修理しに来たら、何故か地下迷宮に挑むことになりました。現場のコーサクです。


「生身のオレ、心許ねえ……」


 魔道具無いとオレ、貧弱すぎるわ。不安しかない。


 現在、地下迷宮の暗闇の中を、カンテラ一つで進んでいる。地図もらえただけマシかな。


 今日は大聖堂前で捕まった翌日だ。マリアさんに脅迫という名のお願いをされた後、オレは教会のお偉いさん方が集まる部屋に通された。

 そこで正式に国から依頼を受け、今ここにいる。ああ、ガルガン親方の顔見知りの大司教さんともそこで会った。中々、優しそうなおじさんだったよ。

 オレが迷宮に挑むのに、反対意見は出してくれなかったけど。


 迷宮を進むために渡された装備は、魔道具じゃないただのカンテラ、地図、携帯食料と傷薬等が入ったリュック、それに剣が一振りだ。


 この地味に重くてガチャガチャうるさい剣は、マリアさんが『浄化』の神力を籠めた物らしい。

 らしい、というのは剣を抜いていないからだ。浄化の神力が込められた剣は、死霊の精霊に憑かれた者に察知されるため、現在は特別性の鞘に封印されている。


 マリアさんによると。


『浄化の精霊は、死霊の精霊と対になる存在です。この剣を振るえば、闇の国の王妃を討つことが出来るでしょう』


 とのことだ。とりあえず、現状はただのこん棒だな。


「そもそも、オレは剣を使ったこと無いんだけどなあ」


 あれだろ?刃筋とか気を付けないといけないんだろ?素人には厳しくない?


 独り言を呟きながら冷えた闇の中を進む。どうせ、ここの住人は音には反応しない。


「まあ、近くに何もいないのは分かってるけど」


 さっきから周囲の魔力にも気を配っているが、近くには反応はない。ここはまだ安全だ。


「とりあえず、罠が無いのは良かった。これで罠有りだったら、オレ1人じゃ無理だろ」


 罠の見分け方とか知らないし。魔道具があれば脳を強化して、違和感や魔力の痕跡から調べられるかもしれないけどな。今は無理だ。


「ああ~。魔道具使いたい。せめて装備しておきたい。身体強化の魔道具だけでも欲しい」


 とても心細い。全ての魔道具を外すのは、いったい何年ぶりだろうか。


 オレは、オレの弱さを知っている。魔力を持たない生身の人間の脆弱さは、嫌と言うほど味わってきた。

 だからこそ、外付けの強さを求めたのに。それを取られてしまったら、オレはほとんど無力だ。


「んで、無力じゃないと攻略できない迷宮とか、酷い話だな」


 暗闇に向かって進む。ゆっくりとした下りだ。地の底へ、死者の国へ自ら飲み込まれに行く。


「へ、へくしゅっ!」


 日の当たらない地下はかなり寒い。ちょっと防寒具足りないよ、マリアさん。





 いる。あ~、いるわ。


 地下では時間の経過が分かりづらいが、2時間ほどは歩いただろう。少し先に、淀んだ魔力を感じる。

 数は1。あえて……1人と呼ぼうか。その体は、確かに生きていた人のものだ。


 慎重に近づいていく。緊張に心臓が鳴る。もし、マリアさんの話した内容が間違っていた場合、ここで即戦闘になる。

 オレに取れる手段はほとんど無い。戦う場合、いつもより死が近い。暗闇と彷徨える死人が、より恐怖を掻き立てる。


 無音で進む。呼吸音さえ殺して。剣は手で固定した。1歩ずつ、確かめるように足を踏み出す。


 対象まで15m……10m……5m。反応は……無い。


 カンテラの朧気な光が死人を照らす。女の人だ。若い。街娘といった格好。通路の中心で、じっと佇んでいる。遠目では、普通の人と見分けは付かないかもしれない。


 だけど、確実にこれは違う・・・・・。何も見ていない目。表情の抜け落ちた顔。心臓の脈動が止まった青白い肌。

 見える全てから、生きている気配を感じない。


 これは抜け殻だ。魂の抜けた身体に、死霊の精霊が入っただけの死体だ。


 その異様に、しばらく目が離せなかった。見た目は生前と変わらないようだ。死霊の精霊が劣化を止めているのだろう。


「……」


 静かに、その場で黙祷する。ごめんなさい。


 カンテラを振る。光を眼前に突き付ける。反応なし。


 足音を立ててみる。反応なし。


「あー、あー」


 声にも反応しない。


 その後も色々と試したが、オレの行動に反応することはなかった。


「なるほどなあ。確かに、ここだとオレは透明人間だ」


 これなら、王妃の元にも行けるかもしれない。


「それじゃあ、最後の確認だ。ごめんな?」


 魔力を視る。干渉の“手”を発現させる。


 死霊の精霊は、どうやって死者の体を動かしているのか。どうやって体を維持しているのか。


 それは当然、魔力を使ってだ。だったら、その魔力を抜いたらどうなる?


 “手”を伸ばす。淀んだ魔力を握りしめる。そして、そのまま引っ張った。


「……っ!……っ!」


 死人が声にならない声を上げる。魔力の抵抗が弱い。体に防衛する機能が既に無いからだろう。

 これならば、このまま引き摺りだせる。


「ふっ……!」


 “手”に力を籠めて魔力を引き抜いた。


 目の前の女性が崩れ落ちる。無音の暗闇に、ドサリと転倒音が響いた。


 死霊の精霊の魔力が抜け、体の時間が動き出す。


 超スピードの早送りのようだ。倒れた女性が急速に風化していく。捻じ曲げられた肉体の時間が正常に戻る。


 たった数十秒で、女性は乾燥した塵の山になった。崩れた魔核の赤色が、カンテラの灯りを鈍く反射している。


 実験はこれで全て終了だ。オレの魔力干渉で、死者は殺せることが分かった。

 この世界でオレは、死霊の精霊の天敵のようだ。


 先に進む前に、塵の山の前で祈る。その魂は、とっくに無かったのかもしれないけれど。


「おやすみなさい。よい旅路を」


 ただ、死後の安寧を祈った。

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