第108話 浄化の聖女
柔らかな日差しが差し込む質素な部屋の中に、穏やかな女性の声が響く。
「光の神はこの地に生きる全ての命を照らしています。そして、私達にはその御力を扱う術を教えてくださいました」
オレはその例外だな。
「私達は光の神の御力をお借りし、畑を耕し、家を作り、身を守っています。私達が平穏に生きて行けるのは、偏に光の神のおかげなのです」
個々人の努力の結果でしょう。
「だからこそ、日々の感謝を忘れてはいけません。光の神に、そして私達を生かしてくれる全てに感謝しましょう。他者を尊重し、助け合うことを光の神は望んでいらっしゃいます」
尊重と助け合いはいいことだね。
さて。
「あ~。そろそろ喋ってもいいですか?」
「はい。いいですよ」
それはどうも。
「この縄、ほどいてくれません?マリアさん」
オレは今、椅子に縛り付けられている。かなりきつく締められたせいで腕の血が止まってきた。ちょっと痺れてきている。
そして、同じ部屋にいるのはマリアさんだ。巡礼者の白黒の服を脱ぎ、白と金のドレスのような服を纏っている。
神聖な雰囲気を持つ装いを自然に着こなしている姿に、つい敬語に戻ってしまった。
「申し訳ありません。もう少しそのままでお願いします」
そうですかー。
「じゃあ、今どういう状況か教えてくれませんか?」
「ええ、それはもちろんです。あと、これまで通りに話してくださって結構ですよ」
そりゃどうも。
「ああ、そう。マリアさん、昨日ぶり。元気?」
状況は分からないが、マリアさんはマリアさんのようだ。
「はい。私は元気ですよ」
オレは指先の感覚が無くなってきたとこだよ。
「え~と、オレが縛られてる理由から教えてくれる?」
「それを説明するには、この国の事情からお話ししなければなりません。申し訳ありませんが、少し長い話になります」
「短めに教えてくれると助かるよ」
出来ればオレの腕が壊死する前にお願い。
「はい。なるべく要点をまとめます。では、そうですね。コーサクさんは、光の国と闇の国の昔話をご存じですか?」
知ってるけど。全然関係なくない?その話からこの状況に繋がるの?
「……天秤の悪魔が出て来る話だよね?知ってるよ」
前にミリアに読んであげた昔話だ。闇の国の民全員が死霊の精霊に憑りつかれた物語。死者が生き返ることを望んではいけないという教訓の話だ。
「そうですか。ありがとうございます。それなら話が速そうです」
本当に?
「では、最初に私の自己紹介からいたしましょう」
「え、うん」
さっきの話はなんだったんだ。
咳払いを一つし、マリアさんの唇が動く。
「教会より聖女の称号をいただいています。『浄化の聖女』マリアと申します。あらためてよろしくお願いしますね」
そう言って、マリアさんが丁寧にお辞儀をする。動きに合わせ、薄いレースが微かに鳴った。
「あ~、よろしくお願いします?」
聖女?え、聖女って言った?マリアさん聖女なの?なんで聖女が巡礼してんの?
「コーサクさんは、この国に聖女が何人いるか知っていますか?」
オレの混乱に構わず話が進んでいく。ええ……。
治癒の聖女は聞いたことがある。だけど、詳しいことは知らない。
「いや。知らないよ」
「そうですか。聖女は4人です。その称号も4つ。私の『浄化』をはじめとし、『治癒』、『守護』そして『予見』です」
「4人もいるんだ」
そもそも、なんとなく1人だと思ってた。
「コーサクさんが修理を行う結界の魔道具、この国では『結界の要石』と呼ばれる物は、私たち聖女が神力を注いでいます。私達以外からは神力を受け取りません」
「なんで?魔道具なら、誰でも魔力、え~と神力か。神力を補給できるはずだよ」
使用者の制限くらいは簡単だけど。
「普通の物ならそうでしょう。コーサクさん、私たち聖女はどうやって選ばれると思いますか?」
聖女の選定?なんだろう。
「神力の量とか?」
マリアさんは結構多い。
「いいえ、違います。コーサクさん達の言葉を借りるなら、聖女とは『精霊使い』です。こちらでは神子と言いますが。聖女の称号に対応する精霊に愛された者が、この国では聖女に選ばれます。そして『結界の要石』には、それらの精霊の力が必要なのです」
ん~?つまり『浄化』『治癒』『守護』『予見』の精霊使いが聖女だと?
「それで成り立つの?同じ世代に、常に都合よく、聖女の属性の『精霊使い』が現れるのは難しくない?」
精霊に愛されたと言われる程の適性は、とても希少で強力だ。だからこそ、その力に畏れを込めて『精霊使い』と呼ばれるのだ。
「そうですね。通常であれば、とても難しいでしょう。ですが『精霊使い』が産まれる確率を高めることが出来るとすればどうでしょう」
「は?」
それが出来たら、確かに聖女を揃えることも可能かもしれないけど……。え?できんの?
「コーサクさんは、精霊の特徴についてご存じですか?」
話が……変わった?
「……人の精神に感応する。人の感情を得て成長する。そのために強い感情に寄ってくる。かな?」
最後に、記憶と感情を代償に加護を与える。も、あるけどな。
「ええ、その通りです。精霊は私たち人の意思に影響を受けます。では、
話、変わってなかった。
え、マジで?嘘だろ。それが答えか……!そいつは全員が信仰のために祈るこの国でしかできないだろうよ!
……というか、さらりと国家機密をバラされたけど、もしかして、オレ消される?
「……聞かなかったことにして帰っていい?」
「申し訳ありません。ここからが本題なのです」
ええ……。もうオレはお腹いっぱいだよ。これ以上聞きたくないよ。
「半年前のことです。『予見の聖女』が亡くなりました。私たちを導いてくれた偉大な方でしたが、老いには勝てませんでした。最期まで穏やかなお顔をされていたのが幸いです」
「老い?」
「はい。亡くなった原因は老衰です。87歳でした」
87歳の……聖女?
「『結界の要石』には、年に一度、聖女全員で神力を注ぐのですが、『予見の聖女』はその儀式の前に亡くなってしまいました。結界の不調はそれからです」
つまり、原因は神力不足?
「私が巡礼の旅に出ていたのは、次代の『予見の聖女』を探すためでした。私たち聖女は、お互いがそうだとなんとなく分かるのです。結局、見つけることはできませんでしたが」
「なるほど」
「ですが、代わりにコーサクさんにお会いすることが出来ました。これも光の神のお導きですね。でも、まさかコーサクさんが
そうって何だよ。結局何なんなの?
「それで、オレはなんで捕まったの?」
「ああ、そうでした。コーサクさんは、この聖都の壁が何のためにあるか分かりますか?」
さっきから聞かれてばかりだな。聞きたいのはオレなんだけど。
「壁も結界も、魔物の襲来に備えてだよね?」
それ以外にある?
「それは、半分だけ正解です。結界と、あの壁の用途はそれだけではないのです。むしろ、魔物への対策は副次的なものです」
「……どういうこと?」
「最初に、光と闇の国の昔話についてお聞きしました。あのお話は、実際にあった出来事なのです。そして、この国はその跡地でもあります」
「それじゃあ、ここは元、光の国ってこと?」
「いいえ」
マリアさんの微笑みが曇る。うん?
「この聖都は、死霊の瘴気に沈んだ闇の国。その上に建っているのです」
…………なんだって?
「結界も壁も、本来は闇の国の住人達を外に出さないためのものです。特に結界は、地下に向けてより強力に発動させています。そのために、私達の神力が必要なのです」
「ち、ちょっと質問!闇の国の住人って、まだいるの!?」
「はい。死霊の精霊によって起き上がったかつての住人達は、今もこの聖都の地下を彷徨っています。あの方達は、死霊の精霊の加護を受けた王妃を討たない限り止まらないでしょう」
マジかよ。ここ超危ないじゃん。
「やっぱり帰っていい?そもそも、オレじゃどうしようもないよ」
「いいえ。コーサクさんの力が必要です。『予見の聖女』は生前、ある言葉を残しました。曰く、闇の国の王妃を討つことは、神力を持たない者にしか無理であろう、と」
神力を持たない者。つまりオレ?
「は?いや、無理だよ。何を根拠に?」
「死霊の精霊によって起き上がった人は、生きている人を襲いますよね?」
「うん。だからオレも襲われるよ」
「厳密には、それは違うのです。あの方達は、
ああ~。それは、つまり。あれかな?
「オレが全部の魔道具を外せば、オレの存在は察知されない、と……?」
「はい!その通りです!」
え、えええ……。うっそだろ。装備なしで行って来いってか?
「断ってもいい?結界の魔道具はなんとかするから。むしろ強化するから」
「申し訳ありません。これは、この聖都に真の平穏を齎す千載一遇の機会なのです。代々の聖女が夢見た願いなのです。どうか、お願いします」
だからオレに命の懸けろと?
「それでも嫌だと言ったら?」
「仕方ありません。コーサクさん。私達が持つ神力は光の神からの恵みだと、私が言ったことを覚えていますか?」
「覚えてるよ。光の神はこの地の全ての命を照らす、だろ?」
オレが照らされてないやつ。
「ええ、覚えていてくださって嬉しいです」
マリアさんが笑う。いい笑顔だ。黒さが滲んでいなければ、もっと素敵だったろうな。
ああ、嫌な予感しかしない。
「この国の教義では、人は全て光の神の恵みを受けています。逆説的に言うとですね」
ああ、マジで?それは不味くね?
「神力の無いコーサクさんは人では無い、と解釈することができます」
それはつまり、オレを殺そうが問題になることはないってことだ。はは、笑えねえ。
「もちろん。苦労に見合う報酬は用意するつもりです。また、闇の国を開放した際は、そこにある財宝を望むままにお渡しします。ですのでどうか、彷徨える方々を開放してあげてください」
マリアさんが頭を下げる。選択肢、無いんだよなあ。
「分かった。受けるよ」
「まあ!本当ですか!ありがとうございます!」
いい笑顔ですねえ。
「ちなみに、闇の国ってどうなってるの?」
「はい。代々の聖女と神官により、闇の国の首都は丸ごと地下に押し込められています。また、起き上がった方々が地上に出ないよう、手の届く範囲は迷路状になっています」
「なるほど?」
つまりオレは、装備無しで地下迷宮を踏破し、ボスを討伐しなければならないと。
……難易度高過ぎない?
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