第290話 大立ち回り

 さて、格好良いい決意をしたところで、やることは非常に地味な作業だ。


 テーブルの上にシェルブルス領の地図とメモ用の紙を広げ、ザークショットと額を突き合わせる。


「オレから提案できるのは2点。水産加工品の自由貿易都市への輸出と、オレの稲作事業への出稼ぎです」


 ザークショットが眼光鋭く目を細める。


「出稼ぎの詳細から教えろ」


 まったくもって貴族らしい傲岸な態度。……こっちも遠慮する必要はなさそうだ。

 手近な紙を引き寄せて数字をガリガリと書き込んでいく。


「自由貿易都市では、お米という麦や芋とは別の、新しい穀物の作付面積を増やす計画を進めています。土地の開拓までを含めて10年単位の計画です。主導者はオレと、自由貿易都市でも最上位に位置するリューリック商会」


 急いで書き過ぎたせいか、黒いインクが乱暴に跳ねる。

 計画書、家から持ってくればよかった。


「今は土地の選定をしている段階ですが、この先の開墾作業では多くの人手が必要になります。他所から従事者を集う予定なのは、この開墾作業です。というか、人手をどこから持って来るかが、計画の難所でもありました。――だいたいの規模、一人当たりの稼ぎはこんなものです。ああ、お米は持って来ているので、試食の希望があれば言ってください」


 走り書きの紙をザークショットに渡す。

 受け取ったザークショットは、眉間に皺を寄せながら文字を追っていく。人相が悪過ぎて堅気には見えない。


「……出稼ぎに出る人間の住居と飯。あとは、この金からどれくらい税を取られる」


「住む場所はこっちで用意する予定です。長屋、と言って伝わるか分かりませんが、広いとは言わないまでも不自由のない家を用意します。作業に集中してもらいたいので、食事は全てこちらで手配しますよ」


 土地を拓き耕す、というのは、魔力を持つ人間であっても重労働だ。それに水田なら水路の整備も必要になる。

 大変さは、オレも今の田んぼを作るときに身に染みた。人手はいくらあっても足りない。


 そんな大事な重労働に携わってもらうのだ。仕事の効率的に考えても、健康な生活を送れるような扱いはする。


「あと、その金額は諸々の経費を引いた手取りです。開墾作業中の税は免除されます」


 キロリ、と感情を隠した目が紙からオレに移る。


「大盤振る舞いだな。何故そこまで都市が肩入れしている?」


「さて、食糧の使い道なんて色々あるでしょう。領主様ならいくらでも思い付くのでは?」


「……フン」


 ザークショットは再び紙に視線を戻し、思索に沈むように押し黙る。


 オレは別なメモ紙を手に取り、質問されそうな情報を記していく。

 テーブルの上に増えていく稲作事業に関する情報は、どう見ても一個人が関わるような規模じゃない。

 実は、既に事業はオレだけのものではなく、一種の公共事業ような状態になっている。


 先ほどはぐらかした質問の答え、増やした食糧の使い道は“魔境の攻略”だ。


 この世界、少なくとも今いる大陸において、大地の支配者はヒトではない。

 大陸の大部分は魔物の領域であり、ヒトは比較的安全な地域に点在して領域を保っているだけだ。


 自由貿易都市にしたって、数年に一度は魔物の集団が近くまで現れる。特に、オレたちが討伐した“暴食女王蟻”の出現は記憶に新しい。


 だから、だ。不確定なリスクを嫌う商人たちは、魔境の詳細な状況が知りたい、叶うなら脅威度の高い魔物は掃討してしまいたい、と考える。


 ならばどうするか。そのためには何が必要か。……必要なのは統率の取れた戦力だ。

 つまり自由貿易都市では兵力の拡充を計画している。そして、兵を増やすには相応の食糧が要る。


 稲作事業は、自由貿易都市が魔境に挑むための計画の一部なのだ。

 魔境の攻略には、大金を投資するだけの価値がある。


 輸送を担う者にとって喉から手が出るほど欲しい安全の確保。魔境内に存在する手付かずの資源。植物や魔物そのもの……成功すれば生み出す価値はどれほどになるか。


 動き始めた計画は、もはやオレでも止められない。

 既に準備段階でも好景気が予想されているほどだ。


 公共事業に近い土地の開墾。従事者が稼いだ金の一部は、当然都市内に落とされる。

 関連する職人たちは大量の仕事と引き換えに大金を稼ぎ、材料の採取と輸送が活発になり、食料の需要もかなり増えるだろう。


 人が集まり、物と金が高回転する好景気の到来だ。


 規模がデカ過ぎてオレには全体を見通せる気もしないが、都市代表の4人はこの大波を制御するつもりでいるらしい。

 話し合いの席では、実に楽しそうな表情だった。


 恐怖より楽しいという感情が発露されるあたり、あの人達は本当に商人という人種なのだと思う。一種の化け物たちだ。


 ……まあ、帰ったらその化け物の一人であるリリーナさんとの交渉が待っている訳なのだが。


 稲作事業の発案者の一人として、オレにはそれなりの裁量権が与えられている。……あくまで“それなり”だ。なんにでも口を出せるほどじゃない。


 ぶっちゃけ、ザークショットに提示している内容は空手形に過ぎない。

 いやまあ、ザークショットに話した通り人手の確保は課題だったし、大丈夫だとは思うんだけど……。


 この領地の現状を考えれば、出稼ぎで稼いだ金そのものを仕送りしても使い道が少ないから、たぶん生活必需品に代えて送ることになるはず。


 そうなれば都市に金が落ちるし、陸送大手のグラスト商会にも利がある。そこら辺を前面に押せばいけると思う。

 ……駄目だったらオレは他国で無責任な大言壮語を吐いたクソ野郎なので、リリーナさんとの交渉は成功させるしか道がない。


 ……なんでオレは、敵地で自分を追い詰めてるんだろうか。いつの間にか、社会地位的に背水の陣なんだけど。


 ロゼへの説明も大変だなあ……と思ったところで、ザークショットが顔を上げた。


「内容はだいたい理解した。だが、この話が真実である根拠は」


 ……おっと。これは想定してなかった。確かに、オレはザークショットに武力しか見せていない。


 ふむ、どうするか……。


「それは私が保証しようか。我が義弟は、他人の未来を左右する状況で虚言を口にする者ではないよ」


 柔らかな声に思わず振り返る。

 デリスさんは穏やかにザークショットを見つめていた。


 2人の領主の間で沈黙が流れる。

 先に口を開いたのはザークショットだった。


「……いいだろう。――おい、もう一つの案について話せ」


「ええ、はい」


 デリスさんに頭を下げ、ザークショットに向き直る。この交渉が終わったら、ちゃんとお礼を言わないと。


「もう一つの案は簡単ですよ。ここで作っているような水産加工品を自由貿易都市に輸出しませんか、というお誘いです」


 地図を見る限り、シェルブルス領は海岸沿いに広い土地を押さえている。ここと同じような海辺の寒村もいくつかあるようだ。

 水産加工品での金策は、そう難しくないだろう。


 ……だが、ザークショットはオレの提案に目元を険しくした。


「俺の若い頃だ。領主に成り立ての頃、金を稼ぐために近くの領地や帝都に売りに行ったことがある。結果は散々だったがな」


 散々……?


「……確かに海の物は馴染みがない人が多いかもしれませんが、それでも食べてもらえたなら、ある程度は売れたのでは?」


食ってもらえれば・・・・・・・・、売れたかもな。くっく、海賊領で獲れた怪しいモンなぞ、見るのも御免だとよ」


 ザークショットは吐き捨てるように言った。


 あー……と心の中で呟く。そう言えばそうだった。この領地が褒められたことをしていないのは確かだが、帝国の人間も面倒なところがあるんだった。


 伝統を誇ると言えば聞こえがいいが、変な拘りと余計なプライドを持つ者もいる。

 しばらく離れてたから忘れてた。ある意味懐かしい。しかしそうか……。


 思い出して眉を寄せるオレに対し、抉るような鋭い視線が刺さる。


「それで? そっちの都市の商人は、悪名高いこの領との取引を望むと?」


 皮肉気に曲がった唇から不機嫌な声が零れ出る。

 どう答えるかを思考するために、オレは時間稼ぎの会話を挟む。


「……誠意の見せ方によるのでは? 帝都でも根気強く販売を続けていれば、買ってくれる人が現れたかもしれませんよ」


「っは、そのために金と男手を無駄にし続ける余裕があれば実現したかもな。――糞爺どもから継いだ悪名を捨てるのは簡単だったろうよ。領民ともども飢え死にすれば解決だ。……だが、それを選ぶ奴を領主とは言わねえ。ならば悪名すら利用するまでだ。そうだろう?」


 自分と仲間が飢えるくらいなら、他者を食らう。それが当然であると、捕食者の目が光る。


 ……同情なんて一切しないが、それでも、人が産まれる場所を選べないのも事実。


 ふう、と小さく息を吐く。自分のスタンスを再確認。どうせ人と関わるのならば、悲しみを覚える者を減らしたいと思う


 笑っている方が、毎日のご飯は美味しいのだから。


 オレはザークショットの視線を受け止める。


「商人は信用が第一です。ただ、そこに儲けがあれば、危険があっても手を伸ばすのもまた商人というもの。この領地の悪評があろうと、取引に手を挙げる者はいますよ。それに、ここの水産加工品は売れます。というか、オレが売れるようにします」


 自由貿易都市はその成り立ちから、新しいモノ好きな人間が多い。米食の浸透も順調に進んでいるし、リューリック商会と協力すればお米に合う海産物はすぐに売れるようになると思う。


「――ですが、その上でこの提案の条件を出させてもらいます。略奪その他それに準ずる行為、全部やめてください」


「ほう?」


「別に厳しい条件を提示したつもりはないですよ。外貨を稼ぐことに協力するので、無法な真似はやめて周囲の領地とも協調してください」


 ザークショットは瞳だけをギラギラと輝かせて、静かに笑っていた。

 交渉の山場に、室内の緊張が高まっていく。


 ゆっくりと、ザークショットの唇が動いた。


「いいだろう。その条件を飲み、両方の提案に乗ってやる」


 ほっと息を吐く。が、ザークショットの言葉は終わらなかった。


「――そう言ったら、オマエは俺の言葉を全て信用するか? この領が力を蓄えた将来、俺の裏切りをどう止める」


 言葉に詰まる。これが商人や職人相手の契約なら、反故にした相手は信用問題で自滅するのだが……目の前の男は悪評を脅しに利用してきた人間だ。

 元々味方もなく、誰かを裏切ったところで元に戻るだけ。ダメージは薄い。


 とは言っても、ザークショットだって長く取引を続けた方が得なことは理解しているはず。


 ……これは試しか? 何を求められている? 

 いや……契約を守らせるには、力の裏付けが要る、か。それを示せと?


 頭を回す。ついでに口も。


「……裏切りには当然、相応の罰を」


「領地一つを相手に、個人で何が出来る」


 楽しそうだなあ、この野郎。


「再び略奪に手を染めるとなれば、取引する商人も減るでしょうが……そうですね。面子を潰されたオレは、この町を潰すとします」


「っは、その甘さで民に手が出せるだと?」


「この町一つ潰すのに暴力なんて使いませんよ。都会への羨望を煽って、親身に移住と職の世話をします。この厳しい土地から若者が消え、滅ぶのに何年かかるでしょう?」


 ズンッ、と室内に魔力が満ちる。殺気の籠ったザークショットの魔力が、大時化の海のように荒れ狂う。


 自分で煽ってキレないで欲しい。


 ザークショットは爛々と目を見開き、低く喉を震わせて笑う。まさに狂相。


「それを俺が見逃すとでも?」


「逆に聞きますが――オレを止められると思っているんですか?」


 正面から叩きつけられる殺気と威圧は凄まじい。――それでも、龍の迫力に比べれば微風と変わらない。


 さあ大詰めだ。力を示せ。威嚇合戦、上等。


 胸の奥、魔核からありったけの魔力を汲み出す。

 全力だ。ザークショットの魔力を押し返し、室内を自分の魔力で支配する。


 全開の威圧に、とびっきりの笑顔をつけてやった。


「で、オレの提案に乗るのか蹴るのか、どっちですか?」


「……くっくっく、はっはっはっは!!」


 ザークショットは呵々大笑し、オレに右手を差し出してきた。ペンだこの浮かぶその手を握り締める。


 よっし、交渉成立! めでたしめでたし。





 で、終われたら楽だと思う。


「それじゃあ実務の話をしましょうか」


「そうだな。酒は飲むか?」


「酔いたくないのでいいです。お茶飲みます」


 喋りながらも手を動かす。たった今決まったのはあくまで方針であり、仕事の本番はここからだ。

 まずは互いの情報のすり合わせ。


「いやはや、2人とも見事な切り替えだね」


 唯一の観客であるデリスさんが、一人優雅に酒杯を傾けている。こっちはこっちで楽しそうだ。


 時間が足りないので、申し訳ないが義兄は放置。ザークショットを見る。


「それで、自由貿易都市に輸出する場合、種類と量はどれくらいになりますか?」


「海辺の連中は干し魚なんぞ食い飽きてる。他所から肉やら麦が買えるなら、全部持って行っても構わねえよ」


 オレの正面でザークショットは紙に乱暴に計算を書き殴っていく。ペンだこといい、領主の仕事はかなり真面目に行っているようだ。


「それよりホントに売れるんだろうなあ。ここまで来て捌けませんでしたじゃあ、鮫に食わせるぞ」


「売れますよ。少なくともオレは買います。売れ行きが怪しいようなら、オレの権限で稲作事業の炊き出しにでも捻じ込みますよ」


 あとは冒険者相手に販売を拡大してる『特製携帯食料セット』に入れて――ああっ、まずはリリーナさん相手の試食会を準備しないと!


 帰りの道中でレシピ考えて、出汁の取り方も練習して……。


「おい、輸送費が馬鹿高けえぞ。儲け出んのか?」


「はい?」


 ザークショットが突き出してきた紙を見る。乱雑に踊る数字は輸送費の概算。確かに高い。


 急いで地図に目を向ける。海辺の土地から自由貿易都市までのルートを指で追った。


「山と森ばっか……」


 この世界ではよくある話だが、地図上の直線距離よりも実際の旅路はとても長く複雑だ。

 険しい山を避け、深い森を迂回することになる。突っ切るのは無理だ。荷物を持ったままでは、あっという間に魔物に囲まれる。


 結果、遠回りが最も確実で最終的に安い。

 とはいえ輸送に掛かる日数が増えるほど経費はかさむ。そして、その経費は商品の売値から回収しなければならない。


 ……値段が高過ぎると一般の人に売れないかも。やべえ。


「ええっと、別の道、こっちを通ったらどうなります?」


「そこは隣の領主の土地だな。通るとなりゃあ、ここぞとばかりに通行料を吹っ掛けられるだろうよ」


 もうちょっと近所付き合いをちゃんとしておけよ……!


 喉まで出かかった言葉を飲み込み、地図を睨む。同じ理由で大河を利用するルートも無理だ。今言った領地を通らないと船に乗れない。


 全体的に立地が悪い……。いやまあ、土地が良ければ今よりはマシな状況になっているか。仕方ない。


 他のルートをを探す。地図上の細い道をいくつも指先でなぞり……一つのルートで見知った地名が目に映った。


 ばっと顔を上げる。


 視線の先には義兄。シェルブルス領と隣接する領地の一つ、ディシールド領を治める領主。

 ディシールド領を縦断可能なら、ザークショットの計算より輸送費を安くできる。


「デリスさん、相談があります」


「なんだい?」


「シェルブルス領から自由貿易都市への水産加工品の輸出に、ディシールド領内を通らせてもらえまんせか? デリスさんにも利がある話です。荷物を積んだ馬車では領内を一日で通過できません。そうなればディシールド領内で宿泊し、補給に金を使うことになります。労せず領地の収入を増やすことができます。いかがでしょうか」


「ふむ、悪い話ではないね」


 デリスさんの口調は穏やかだ。だけどオレは背筋を伸ばした。微笑みの奥にある瞳は、義弟を見るものではない。


「だけれど、我が領にとって“良い話”でもない」


 鋭く切られた心地がした。


「ディシールド家の使命は国を、ひいては民を守ることにある。他家であれば領地を富ませるのは正しいだろう。だが、我々は常に“盾”であらねばならない。……盾を担う者が足を鈍らせてはいけないのだよ。余計な富を得ることは、肥えることと同意だ」


 領主としての視線がオレを射抜く。

 狭い土地の中で完結した領地。薄い他貴族との関わり。富への執着のなさ。……全ては魔境に対する盾の機能を損なわないため。


 ……初代から続く使命に誇りを持っているのは知っていた。だけど、ここまで徹底しているとは理解していなかった。

 ロゼ、君の実家ちょっとすごいよ。


 想像上のロゼは『む、そうか?』と首を傾ける。心の中でちょっと笑った。


 ……さて、どうするか。

 利益は交渉材料にならない。となれば……同じ国の民であるシェルブルス領の領民を救うため、という方向で押すべきか。


 いやでも、デリスさんは『盾の機能』を損なわないことを、かなり上位の方針に置いているようだ。厳しいか?


 最初の利益は我慢して、ザークショットに他の領地との交渉を急がせる?

 輸出が軌道に乗るのが一年後くらいでも、なんとかなるか……?


 思考を回す。だが、オレの考えは、外からの刺激で強制的に中断させられた。


 ――バアンッ! と壊れそうな音を立てて扉が開く。


 そこに立っていたのは、肩を怒らせたジュリアだった。

 つかつかと、ジュリアが部屋に入ってくる。


 そして、オレたちがいるテーブルの前で腕を組み、仁王立ちになった。


 突然の乱入に、オレたち3人は誰も口を開けなかった。それくらいにジュリアの行動は予想外で、その表情には迫力があった。全身が正体不明の決意に満ちている。

 緊張からか頬には赤みが差し、荒い呼吸によって長い赤髪が靡く。


「話は全部聞いた」


 ずっと扉の前にいたんだろうか。交渉に集中し過ぎて気付かなかった。


 敵意もなかったしなあ、と内心で思ったオレを、ジュリアは音が出そうな目付きで睨む。


「ディシールド領を通れれば、輸出は成功する、でいい?」


「え、うん。それなら、一般市民が気軽に買えるくらいの値段で売れると思う、けど……?」


 困惑しながら返す。ジュリアの狙いが全く読めない。


「そう、わかった」


 ジュリアがデリスさんに向き直る。そして大股で近づき、ガッとデリスさんの胸ぐらを掴み上げた。


 まさかの脅しか!? と思ったが、ジュリアからは一切害意を感じない。

 なんだ……?


 ジュリアはデリスさんの胸元を握り締め、俯いて小さく震えている。オレからは表情が窺えない。ただ、耳がこれ以上ないくらいに真っ赤だった。


 そのまま何秒経っただろうか。ジュリアが急に顔を上げた。吐息が届きそうな距離でデリスさんと見つめ合う。


「――あたしと結婚しろ!」


 ………………なんて?


 ジュリアがまくし立てる。


「貴族同士の結婚だ! いくら偏屈なあんたでも、嫁の実家の頼みなら少しは聞くだろ! それが貴族だろ! ――あたしがあんたの嫁になってやる!! だからあんたはあたしの家を! みんなを助けろ!!」


 叫び終わったジュリアは、ボロボロと泣き始めた。オレから見えるデリスさんは、『寝耳に水』を具現化したような表情になっている。


 横目で見るザークショットは、今日一番の間抜け面だった。


 一瞬だけ、デリスさんと視線が合う。困惑の極みにある義兄に、なんとか言葉を返そうと思った。


「…………ええっと、おめでとうございます……?」



 ――あれ、これ、もしかして、ジュリアがオレの義姉になんの……?

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