第92話 帰宅

 森から魔物が溢れてから数日が経過した。ヒューは正式に領主となり、リリーナさんとの商談もすぐに終わらせた。

 オレ達は今日、貿易都市へ帰る予定だ。


 出発まで後少し。最後の挨拶に向かう。


 快適な温度の屋敷を歩き、領主の部屋に向かった。部屋の前で扉を叩く。


「どうぞ」


 中から穏やかな声がした。厚い扉を開けて中に入る。

 書類に埋もれたヒューがいた。忙しそうに手を動かしている。


「やあ、こんにちは。もう出発かい?」


「こんにちは。ああ、もうすぐ帰るよ。最後に顔を出そうと思って。その恰好、似合ってるよ」


 ヒューは貴族らしい装飾の服を着ていた。畑仕事で引き締まった体と、その落ち着き具合に豪奢な服が良く似合う。


「ははは。ありがとう。少し窮屈なのだけどね」


 少し2人で笑いあう。


「さて、お世話になった君が帰る前に、色々と説明しようか」


「ああ」


「まずは僕の出自からだ。僕は事故で・・・亡くなった前領主の兄ではあるけれど、正妻の子ではないんだ。所謂、妾の子というものだね。父親には、もう少し上手くやって欲しかったと、何度か思ったものだよ」


「弟が産まれて、僕は孤児院に入れられた。だけどまあ、予備として教育は受けさせてもらった。それには感謝している。自分の置かれた状況は理解していたけれど、中々楽しい日々だったよ」


「問題は起きたのは、僕たちがある程度成長してからだった。自分で言うのも何だけど、僕は優秀だったんだ。年齢を考えても、弟よりずっとね。それでも、僕は領主の座を狙うつもりなんか無かったのだけれど、弟はそうは思わなかったらしい」


「小さな嫌がらせから始まり、父が亡くなって、弟が領主になると孤児院は潰された。それからは、生きて行くのに最低限の暮らしをしていた。君がこの街に来たのはそんな時だよ。そして今に至る訳だ」


「僕の出自はこんなものだろう。次は魔物についてだ。どうやら……前領主は、魔物の討伐費用を何年も前から削っていたらしい。そのせいで、この街の近辺の森にも魔物が増えていたようだ。そこに、氷龍の寒波が襲った」


「森の実りが減り、草食の魔物が畑を狙って街のすぐ近くまで来た。そして、その草食の魔物を、肉食の魔物が追い掛けて来た。それの結果が、今回の魔物の襲来だ。普段から魔物をしっかりと狩っていれば、魔物たちも森の奥へ向かったはずだろうね」


「まあ、そういう訳で、森を巡回する兵を増やしたり、街から離れた冒険者を呼び戻したりと、中々やらなければならないことが多い。それでも、街のために働けることは喜ばしく感じているよ」


「そうか。聞かせてくれありがとう。頑張ってくれよ。領主様・・・


「はははは。もちろんだとも。ああ、そうだ。君にお礼をしたいのだけれど、何か欲しい物はあるかい?大した物は渡せないけれど。ある程度なら希望に沿おう」


「ああ、それなら―――」


 オレが欲しい物は決まっている。それはお米以外には無い。金も物もいらない。お米を探すのに協力してくれればそれでいい。






 ガタガタガタガタ、と3台の馬車が走る。貿易都市が見えて来た。


 都市の中に入り、リリーナさん達と別れる。これで護衛依頼は終了だ。報酬は明日渡されることになった。

 王国に行ったリューリック商会のメンバーの内、3人はヒューの街に残った。商会員2人と護衛1人だ。

 今後の取引を仲介するらしい。


 馬車を牽いていた馬を返却し、自宅へと歩く。改造馬車はロゼッタが牽いている。余裕そうな表情だ。


 穏やかな日差しの中を、ロゼッタとタローと共に歩く。もう夏も終わりだろう。

 人通りが少なくなり、自宅が見えた。久しぶりの我が家だ。


「やっと帰ってきたねえ」


「うむ。少し懐かしいな」


「わふ」


「窓開けて換気して、お風呂沸かそうか。サウナばっかりだったから、湯船につかりたい」


「それはいいな。私も入りたい。む?なんだか良い香りがするな。庭からだ」


「わふ!」


「んん?」


 分からん。なんだろうか。馬車を片付けて庭に出てみた。


「おおう。いっぱい生ってる」


 正体は梅の木(仮)だった。緑色の実が大量に生っている。

 ……梅って、この時期だっけ?まあ、魔物産の木だしな。考えても仕方ないか。


「後で収穫しようか。何か料理を考えるよ」


「ふふふ。楽しみにしている」


「わふ!」


 そう笑い合いながら、家の扉を開けた。ただいま。





 翌日、護衛の報酬を受け取りにリューリック商会に来ている。


「商会長の準備が出来ました。こちらへどうぞ」


 案内に従い、リリーナさんの執務室に入る。美貌にいつもの微笑みを浮かべて、リリーナさんが座っていた。


「いらっしゃい。コーサクさん」


「どうも」


 部屋の中は二人っきりだ。年代を感じさせる重厚なテーブルを挟んで向かい合う。


「今回はありがとう。こちらが報酬よ。天秤の悪魔を呼ぶ宝玉。確かめてね」


 リリーナさんが差し出して来たのは、小さな金属製の箱だ。細かな装飾が施され、箱単体でも価値がありそうだ。


 箱を受け取り、留め金を外して開ける。敷かれた赤いビロードに、奇妙な形の宝石が埋もれていた。


 手を触れて持ち上げる。曲面でできた立体のパズルのような見た目。角度によって色が変わり、色彩を断言することが出来ない。

 魔石のような気配がする。が、アクセスは弾かれる。靄がかかったように魔力も判別出来ない。正体不明の物質。


 悪魔を召喚する秘宝の欠片だ。


「確かに。受け取りました」


「ええ、これで取引は終了ね。コーサクさんは、ほかに何かあるかしら?」


 リリーナさんが可憐に首を傾けて聞いてくる。


 ……聞いてみようか。今回あった一連の出来事で、最も利益を得た目の前の少女に。新しい領主の最も親しい商会となった商会長に。王国まで影響力の手を伸ばした商人に。


「前領主。あの豚は……オレが撃ち殺しましたけど、リリーナさんはどこまで想定内でしたか?」


 そう、一寸の狂いも無い微笑みを浮かべる少女怪物に聞いてみる。


 ほんの少しだけ、沈黙が降りた。


「ふふふ。なんのことだか分からないわ。事故で亡くなった領主様を撃っただなんて、コーサクさんは冗談が上手いのね」


 完璧な微笑からは、やはり何も見通せない。微かに漏れた魔力を感じたが、その感情は不明だ。


「そうですか。オレからは他には特に無いです。では、失礼します」


 席を立つ。扉に向かって歩く。


「ええ、またね」








「ふふ。うふふふふ」


「今回は楽しかったわ。ええ、とても楽しかった」


「誰もが私の想像通りに動く世界で、貴方だけが違う未来を見せてくれるわ」


「ふふふ。また遊びましょうね。コーサクさん」





「大好きよ」

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