第193話 モンブランロールケーキ

 さっそく夕食の買い出しへと行ってきた。身体強化を使えるおかげで、重い荷物もなんのその。う~ん、魔力が潤沢にあるっていうのは素晴らしい。とても楽だ。


 足取りも軽くキッチンの中を動き回る。夕食はオレ1人で作る予定だ。買い物に行く前にリーゼが起きてしまったので、ロゼが今もあやしている。さっき見た感じでは、リーゼの機嫌は良さそうだった。今のところは人見知りもしないのだ。


 居間ではリーゼを囲みながら、フィリアさん、マリアさん、ロゼの3人で談笑をしている。


 ……少しぎこちない気もしたが、何とかなるだろう。タローにもフォローをお願いしてきたので、ムードメーカーとしての活躍に期待したい。


 さて、オレはオレで料理を始めよう。


「うしっ。身体強化『強』発動」


 魔力が巡り、感覚が拡張される。指の先まで力と意思が行き渡る。万能感が心地良い。


 続けて、身に着けた魔道具へと魔力を注ぎ込んだ。


「『魔力腕:12』」


 ふわりと、魔力で構成された腕たちが出現する。分割した思考をそれぞれの腕を割り当てれば、準備は完了だ。


 よーし、レッツクッキング!



 台所の中を、半透明な腕が所狭しと動き回る。役割を分担し、効率的に作業を進ませる。


 今日のメニューは、大河産の白身魚のムニエル、温野菜と蒸し鶏のサラダ、具材たっぷりのオムレツ、それとカボチャのスープだ。パンはさすがに買ってきた。


 デザートはモンブランロールケーキである。幸運なことに栗が買えたのだ。うん。秋らしくて良いな。


 という訳で、まずはデザート作りを優先している。なんだかんだで一番時間が掛かるからな。


 ボウル状に形成した2つの防壁の中で、卵白と卵黄をそれぞれ泡立てていく。それを横目に、自分の手で茹でた栗を剥く。


 自分の魔力を使えるのはいい。昨日までは魔石の消費を気にして使えなかった魔道具も、思う存分使うことができる。


「『冷凍装置』起動」


 混ぜ終わった卵白を冷やしつつ、魔力腕でミキサーを用意。剥いた栗を投入してスイッチオン。高速で回転する刃によって、栗がペースト状に姿を変えていく。


 だいたい塊がなくなったら、防壁のボウルに移して他の材料と混ぜていく、のだけど、ちょっと味見。


「うおー、栗。めっちゃ栗」


 栗100%だから当たり前だけど。何も足してない素朴な感じも、これはこれで良いと思う。


 その栗ペーストにバター、生クリームを加えて練っていく。最後に裏ごしすれば、滑らかなモンブランクリームの完成。


 さてと、次だ。モンブランクリームを作る間に、別な腕でロールケーキの生地も混ぜ終わった。その生地を天板に流し込み、熱したオーブンへ投入。


 その間に挟み込む生クリームを作っておく。作業をしている内に、生地には綺麗に色が付いた。


 オーブンから取り出して生地を冷ます。熱が取れたら、巻きやすいように生クリームを塗っていく。最後に甘く煮た栗を並べ、丁寧に巻けばロールケーキの出来上がりだ。


 そのロールケーキの上へと、モンブランクリームを絞っていく。意外と力加減が難しいが、身体強化を発動中の今は精密な作業も余裕だ。

 太い糸のように出て来るクリームを丁寧に絞っていった。


「……よし、完成!」


 目の前には、モンブランクリームがたっぷりと載ったロールケーキがある。


 うん。我ながら、中々良い出来ではなかろうか。後は冷やしておいて、食後に切ればいいな。


 さて、デザートを作っている間に、夕食にちょうど良い時間が近づいてきた。他の料理も仕上げるとしよう。





 そんな訳で夕食中。ひと口食べるたびにフィリアさんが固まるのを眺めつつ、食事を進める。


「フィリアさん、美味しいですか?」


「……! ……!」


 オレの質問に、フィリアさんは無言でコクコクと頷くのみだ。あまりの衝撃に、言葉も忘れてしまったらしい。


 おっかなびっくり匙を動かす様子は、何だか見た目よりも幼く見える。


 ……こう、なんだろうなあ。もっと美味しいものを食べさせたくなる気分だ。やりすぎると、法国に帰ってからが大変だと思うけど。


 せっかく食べるのなら、美味しい物を目指すべきだとオレは思うのだが、やっぱりその点では法国と相容れないな。

 美味しい物を食べないと、元気が出ないだろうに。


 フィリアさんによる魔核の治療は、オレへの正当な報酬とはいえ、オレはフィリアさんに恩を感じている。魔核が治ったのはかなり嬉しい。


 これから定期的に、日持ちする甘味でも送ろうか。ついでにニコラウスさんには、良い茶葉でも送っておこう。監視されている疑惑があるとは言え、助かったことには違いない。


 そして、護衛の神官たちにも何かしたいところではあるが……。


「マリアさん、外にいる人達には、本当に差し入れしなくてもいいの?」


 オレの質問にマリアさんが食事の手を止める。久しぶりの手の込んだ料理が嬉しいのか、その表情はとても素敵な笑顔である。


「はい、そちらは気にしないでください。彼らは姿を見られないことも役割の内なのです」


 家の囲む裏の神官たちは、国外で痕跡を残してはいけないらしい。オレに姿を見られるのもアウトなのだとか。ついでに食べ物は持参しているとのことだ。


 秋の肌寒い夜に、美味しくない携帯食料を齧る神官たちを想像すると、なんだか寂し過ぎて悲しくなってくる。


 ちなみに、今回の護衛任務はみんな立候補したらしい。マリアさん曰く、全員望んで任務にあたっています、とのことだ。神官さん達はストイック過ぎだと思う。


「……そう、それなら仕方ないか」


 オレがどうこう言っても仕方ない。気分を切り替えよう。


「マリアさん、オムレツお代わりどうぞ」


「はい、ありがとうございますっ」


 いい笑顔ですね。





 テーブルの上から粗方料理が消えたので、デザートの準備だ。


 モンブランロールケーキを持ってテーブルまで移動する。うーん、中々の重量感だ。食べ応えがありそう。


 テーブルに載せ、崩れないように慎重に切り分けていく。オレは少なめで、女性陣は多くしておこう。


「はい、フィリアさんどうぞ」


 最初に渡されたフィリアさんは、どう反応して良いのか悩むような表情をしていた。ぼんやりとした目の上で、眉がちょっぴり寄っている。


 その様子を横目で観察しつつ、全員に配り終えた。最後にお茶を用意してっと。


「ちょうど栗が手に入ったから作ってみました。遠慮せずにどうぞ」


 フィリアさんとマリアさんに笑い掛けて、オレも食べ始める。


 フォークで上に載ったクリームごとロールケーキを切り取り、口に運ぶ。口の中に広がる栗の香り。柔らかな食感。上に載ったモンブランクリームも、中に挟んだ生クリームも滑らかだ。


 う~ん、美味い。やっぱり栗はいいなあ。


 オレの向かいに座ったマリアさんも、ロールケーキを口に運ぶ。それを噛み締め、ギュッと目蓋を閉じた。


 小さく息を吐いてマリアさんが目を開ける。


「コーサクさん、とても美味しいです」


「それは何より」


 マリアさんはとても自然な良い笑みだ。嬉しさが溢れている。やっぱり甘い物好きだよね。


 確かに、一年も甘い物食べられなかったのは辛いよなあ、と思っていると、マリアさんの隣から突然声が上がった。


「ふわっ!」


 当然だがフィリアさんだ。マリアさんが食べたのを見て、自分でも食べてみたらしい。


 フォークを持った状態で固まっている。そして、再起動したかと思えば、一口ごとに目を見開きつつ食べ始めた。


 興奮しているのか、その顔は少し赤い。こちらも、口に合ったのなら何よりです。


「コウ、今日も美味しいぞ。栗の風味が良いな」


 客人2人が食べたのを確認して、ロゼが感想を言ってくれた。


「うん、ありがとう」


 さて、フィリアさんもマリアさんも、法国に帰れば甘味を食べることはできない身だ。それはあまりに辛いと思うので、さっき考えた通りに、たまに甘味を送ることにしよう。


 2人とも教義の関係上、自分から豪華な食事をすることはできないが、他人からもらった食べ物を粗末にすることも許されないのである。


 オレが送れば問題ないな。光の神も、そのくらいは許してくれるだろう。

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