第20話 ステーキにはお米

 2階から人降りて来る音がする。ロゼッタが起きたんだろう。


「おはよう、良く眠れた?」


「ああ、おかげで疲れもとれたようだ。ありがとう」


「ご飯にしようか。座って待ってて」


「いや、手伝うが」


「いいから、座ってなって。まだ疲れは抜けきってないだろ?」


 本当に、頼むから座っててくれ。


「……ああ、分かった」


 ロゼッタを座らせて夕食の準備をする。スープを温めなおし、サラダ用のレタスをちぎって、千切りにしたニンジンと茹でたそら豆と一緒に皿に盛ってドレッシングを掛ける。散らされたニンジンのおかげで色合いもきれいだ。


 パンと食器にワインボトルとグラス、あとはスープを鍋ごとテーブルに移動させて、最後にステーキに取り掛かる。

 ロゼッタは職業柄、体を良く使うため女性にしては良く食べる。


 なので、今日のお肉はこちら!400グラムくらいの塊が3つ!見事な赤身!

 2つがロゼッタ、オレの分は1つな。


 フライパンを熱して牛脂を落とし、馴染んだところに肉を投入。まずは片面をじっくり焼く。良い音がする。肉と油の食欲をそそる匂いがして来た。

 焼き色が付いたらひっくり返し、蓋をして少し蒸し焼きにする。肉が厚いからね。中がレアなのは良いが、冷えているのは許されない。


 感覚を研ぎ澄まして肉の様子を探る。


 ……そろそろ良いか。


 蓋を開けると肉の香りが爆発する。ロゼッタも反応した。側面の状態から見て焼き加減もちょうど良いだろう。最後に塩と胡椒を降り掛け皿に盛る。

 後から掛けられるように、自家製の醤油ベースのソースも用意した。


 テーブルに移動し、お互いのグラスにワインも注いで。


「じゃあ、食べようか。いただきます」


「いただきます」


 オレの家にいるときは、ロゼッタは食事の文言をオレに合わせてくれる。


「うむ。コーサクの料理はいつも美味いな」


 そう言って、ロゼッタはもりもりと食べていく。一口が大きいのに食べる動作が優雅なのが不思議だ。


 オレもステーキを食べてみる。うん、美味い。高かかっただけはある。肉の弾力と食べ応えはありつつも柔らかい。熟成された肉の旨味が口に広がる。

 ……ただ、一点不満を言うなら、ここにお米が無いことだろう。今すぐご飯をかき込みたい。肉にはお米だろ。

 醤油ソースも肉に合う。お米が食いたいぃ。


 気づいたらロゼッタは2つ目の肉を食べていた。あれ、もしかして肉足りなかった?


 お互いに静かに食事を進める。ロゼッタは帝国の良家の出なので、マナー的に食べている最中は話さないし、オレも食事中は食べることに集中したいタイプだ。


 テーブルの上の料理がキレイに無くなった。


「デザート出すね。アップルパイだよ」


「うむ。楽しみだ」


 円形のアップルパイを一先ず4等分して、一切れずつ皿に乗せた。


「ああ、美味いな」


 言葉少なくそう言って、ロゼッタがアップルパイを食べ進める。その表情はさっきよりもうれしそうだ。女性がうれしそうに食べる姿は、とても良いと思う。


 オレも食べる。黄身を塗った表面はこんがりと良い色で焼け、外側のパイ生地はサクサク。リンゴもどきは歯ごたえを残しつつも火が通り、甘く柔らかい。口の中でパイ生地と甘いリンゴが混じり合い、美味い。


 2人であっという間に食べ終わってしまった。

 オレは4分の1。ロゼッタは4分の3だ。その体のどこに入ったのか?別腹の存在は謎だ。


「「ごちそうさまでした」」


 夕食が終わり、酒を飲みながらロゼッタの事情を聞くことにした。

 つまみは燻製チーズとナッツ。


「……今回は商人の護衛が仕事だったんだ。宝石商だった。道中はほとんど順調で、出会った魔物も問題なく倒した。……だが、最後にゴーレム系の魔物が出て、そこで問題が起こってしまった」


「うん」


 ゴーレム系、魔核を核として動く無機物型の魔物。鉱石を中心にしたヤツは宝石なんかも取り込もうとするから、運んでいた宝石に寄って来たんだろう。


「魔物は直ぐに手足を切断して無力化した。だが、あいつらは魔核を抜かないと動き続けるからな。だから魔核を取り出すことにした」


「うん」


 特に問題はない。普通の行動だな。ゴーレム系は魔核が中心で急所だ。引っこ抜かないと完全に倒せない。


「そこで、だ。ゴーレム相手に剣を使うと痛むし、魔核を傷付けると価値が下がってしまうだろう?だから、魔核を守っていた装甲を手で掴んで、身体強化して引き剥がそうとしたんだ」


「うん?」


 まあ、確かに鉱石ゴーレムは硬いからな。ちょっとゴリ押しだけど、別に間違いではないな。


「……それで、その装甲は取れたんだが、結構固くて、な。力を込めていた私は、取れた拍子に後ろに転んでしまったんだ。手に持っていた装甲もつい離してしまった」


「うんん?」


 あれ?


「そして、勢いよく後ろに飛んだ装甲が、運悪く商人の馬車に当たってしまって……。いや!怪我人はでなかったんだぞ!……ただ、いくつかの宝石は割れてしまってな。私へ支払う護衛代を差し引いても全然足りず、持っていた金と……鎧で弁償することになった。ははは、剣はなんとか許してもらえたんだ」


「……うん。そっか」


 それで鎧が無かったんだ。あの鎧、紋章は消してたけど帝国騎士時代から着ている大事なものだったような。

 そっかー。

 ……ロゼッタは、何て言うか、その、えっと、ちょっと……ドジっ子……なんだよね。

 もちろん!騎士だっただけあって、戦闘だと凛々しくてすごく頼りになるんだ。ただ、気が抜けると、ちょっとやらかしちゃうって言うか。

 ドジっ子って、子供のうちは良いかもしれないけど、大人になると、割と致命的な弱点だよね。

 “元”帝国騎士なのも、足を滑らせて上司の頭を割りかけたからって聞いてるし。


 まあ、帝国は大陸の覇者だとかいう妄想を垂れ流して戦争を仕掛けてくるような国だから、ロゼッタがこっちに来たのは良かったかもしれないけど。帝国はまず後ろにある氷龍山脈でも攻略してろと思う。


「それで、手持ちの金が無くなってしまったから馬車も使えなくて、歩いてここまで帰って来たんだ」


「……何日くらい?」


「意外と遠くて丸3日かかったな」


「……宿は?」


「もちろん、金が無いから野宿した」


 どうりで服が汚れていた訳だよ!いくら強くても危ないだろ。


「…………ご飯は?」


「仕方ないから、その辺の魔物を狩って焼いて食べたな。今日の食事はとても美味しかったぞ」


 ワイルドすぎる。そりゃ、まともな飯を久しぶりに食べれば美味いだろうさ。


「そっか。まあ、無事に帰って来てよかったよ。おかえり」


「ああ、ただいま」


「次からはあまり無茶は駄目だよ」


「騎士はときに無茶を実現するものだ」


 いや、もう騎士じゃないじゃん。

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