第223話 聞き取り調査:選定師
ロニーさんの職場から屋敷へと戻って来たオレ達家族は、今は応接室で温かいお茶を飲んで小休止している。
次の相手はケイトさんだ。カーツさんが呼びに行ってくれたので、もうすぐここに来るだろう。
「聞き取りする相手は残り2人だけど、今のところ手掛かりはないねえ……」
「うむ。怪しい者の情報がないな」
強いて言えば、外部犯の可能性が高くなったくらいだろうか。この街に怪しい人間がいないのなら、消去法で犯人は外部の人間になるだろう。
……まあ、その外部の人間にも、誰も心当たりがないから困っている訳だけど。
「とりあえず次のケイトさんと、町長のレズリーさんの話を聞いてから情報を整理しようか。引き続き会話の記録はよろしく」
「うむ、任された」
そこまで話したところで部屋の扉がノックされた。ケイトさんが来たようだ。
「どうぞー」
静かに扉が開く。入って来たのはやはりケイトさんだ。相変わらず顔が赤い。
「失礼するわ」
「ケイトさん、よろしくお願いします。どうぞ座ってください」
ケイトさんがオレ達の対面へと座る。そういえば、珍しく酒瓶を持っていない。なんか違和感というか、物足りない感があるな。
……いや、良く考えなくてもこれが普通だ。普通は常に酒瓶を持ち歩かねえよ。ケイトさんに対して、酒好きのイメージが強くなり過ぎたな。
「うふふ、何を聞かれるのかしら?」
目の前で、ケイトさんはふわふわと笑っている。お酒を持っていなくとも、酔っ払ってはいるようだ。ちゃんと話は聞けるんだろうか。ちょっと不安だ。
「えー、では、ケイトさんへの聞き取りを始めさせてもらいます。よろしくお願いします」
「ええ、よろしくね」
さて、まずは意味の薄そうなアリバイ確認からだ。
「まずは、事件があったときのケイトさんの行動から教えてください。宝玉が盗まれたと思われる2日間で、屋敷の中で一人になった時間はありましたか?」
「そうねえ……」
ケイトさんは考え込む姿勢を見せてから、何故か笑い出した。ええ、何で?
「うふふ、思い出してみたら、私ほとんど1人だったわ。誰かといた時間を数えた方が早いわね」
……急にそんな寂しいこと言われても反応に困るんですけど……。
ま、まあ、ケイトさんにもアリバイはなしと。この質問、次のレズリーさんにはしなくていいかな。やっぱりほとんど意味ないや。
気を取り直して次の質問に行こう。
「ええと、この街やレズリーさんに対して恨みがあるとか、邪魔だと思うような相手について心当たりはありますか?」
「恨みに、邪魔……? う~ん……この街にもレズリー兄さんにも、そんな相手はいないと思うわ。私は知らないわねえ」
「そうですか……」
やっぱり外部の人間に心当たりはなし、と。どういうことなんだろうか。
「……分かりました。ありがとうございます。次ですか、金庫の鍵のことを知っていた他の3人について、ケイトさんから見た人柄を教えてください」
「あらあら、面白いことを聞くのね?」
面白いですかね?
内心で首を傾げていると、ケイトさんは納得したように頷いて話し出した。
「いいわよ。レズリー兄さんからかしら。レズリー兄さんは、不器用で優しくて怖がりなの。でも、誰よりもこの街を愛しているのよ」
「は、はあ」
レズリーさんが不器用で優しくて怖がりか……。どれも初めて出て来たぞ。
「ロニーは自信家ね。でも、好きなことには集中して上手くやるけど、それ以外は駄目なのよ。あとは、この街の技術を何よりも大切にしているわ。そして、自分もその1つを作りたいと思っているの」
ん~、なるほど。
「カーツは大きな木みたいな人よ。どんなときでもみんなを支えるの。カーツはこの街にいるみんなが好きなのよ。レズリー兄さんを含めて、多くの人がカーツを頼りにしているわ」
支えるなら木より柱では……? まあいいけど。
「ありがとうございます。皆さんそれぞれに街を愛しているんですね」
「ええ、そうね」
ケイトさんは自慢するように大きく頷いた。興味深い人物評だったけど、手掛かりにはならなかったな。誰にも犯行の動機が見当たらない。
「それでは最後の質問なんですけど、事件の前後でケイトさんが何か気になったことはありますか? 不審な人を見たとかでもいいです」
ケイトさんは思い出すように首を傾げる。
「……特にないわねえ」
「そうですか……。どうもありがとうございました。これで聞きたいお話は終わりです」
ケイトさんにそう伝えて立ち上がる。部屋の外までケイトさんを見送って、オレはカーツさんを呼びに行くとしよう。
そう考えたところで、ケイトさんが何かを思い出したように口を開いた。
「ああ、そうそう……」
事件に関係することだろうか。役に立つ情報ならありがたい――
「リーゼちゃんを少し抱かせてもらってもいいかしら。小さい子に会うのは久しぶりなのよ」
……そうですか。
リーゼは部屋の隅でタローと遊んでいる。正確に言うとタローの耳を触って遊んでいるところだ。急にタローの耳が気になったらしい。
チラリとロゼを見る。問題ない、と言うように頷かれた。酔っ払いのケイトさんにリーゼを抱かせるのは少し不安があるが、オレとロゼが近くにいるならフォローは出来るだろう。
「いいですよ。リーゼ、ちょっとこっちにおいで」
名前を呼ばれたリーゼがこちらを向く。しゃがんで両手を広げれば、嬉しそうに走って来た。
そのままリーゼの両脇を持って抱き上げ、くるりと体を回す。
「それー」
「きゃーっ」
高い位置で回されたリーゼは明るい笑い声を上げる。うん、楽しそうで何より。
数回転ほどしてから体を止めて、リーゼに話しかける。
「リーゼ、ケイトさんが抱っこしてくれるってさ」
「?」
リーゼはキョトンした表情だ。ケイトさんが誰だか分からなかったらしい。その愛らしい表情に笑いつつ、リーゼの体をケイトさんに向ける。
「ケイトさんどうぞ。リーゼは人見知りしないんで、たぶん大丈夫ですよ」
リーゼはあまり物怖じしない性格だ。成長すれば変わってくるのだろうか。
「ええ、ありがとう。リーゼちゃん、よろしくね」
近づいて来たケイトさんがリーゼに手を伸ばす。当のリーゼは、特に警戒する様子もなくケイトさんを見ている。
……リーゼがもう少し大きくなったら、知らない人には着いて行かないように、ちゃんと教えた方がいいな。警戒が無さ過ぎて、これはちょっと不安だ。
そう考えている間に、リーゼはオレの手から離れた。ケイトさんの顔を不思議そうに見上げながら、大人しく抱かれている。
一方のケイトさんはご機嫌な表情だ。リーゼは可愛いので気持ちは分かる。
「うふふふ。リーゼちゃんは可愛いわね」
「そうだな」
隣でロゼも同意してくれた。満場一致の認識だな。リーゼは可愛い。
こちらを見るタローの視線に呆れが混じっているように感じるのは、たぶん気のせいだろう。
さて、このままリーゼを愛でていたい気持ちはあるが、今は事件の捜査の方が大事だ。オレはカーツさんを呼びに行こうか。次の聞き取りは町長のレズリーさんだし、仕事の空きが出来るまで多少の時間は掛かるだろう。
「ロゼ、オレはカーツさんを呼びに行ってくるよ」
「ああ、頼んだ」
リーゼを抱くケイトさんを見る。
「ケイトさんも、レズリーさんが来るまでにやめてくださいね」
「ええ、もちろんよー」
ケイトさんの返事は軽いが、まあロゼがいるから大丈夫だろう。
部屋を出てカーツさんの元へ向かっていると、屋敷の前が何やら騒がしいことに気が付いた。魔力の感覚に集中すると、屋敷の前に人だかりが出来ているのが分かる。
いったい何事かと考えていたところで、前方からカーツさんが慌てた様子で歩いてくるのが見えた。
カーツさんと目が合うと、オレのところへ一直線に向かってくる。慌てた様子なのに姿勢が良いのはさすがだな。
オレの前まで来たカーツさんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「コーサク様、申し訳ございません。レズリー様ですが、急用でしばらく手が空かないかと思われます」
「いえ、構いませんが……。それはこの騒ぎのせいですか?」
カーツさんは苦しい顔だ。
「ええ……その通りです。禁酒の状態に痺れを切らした街の住人が、この屋敷の前まで集まっているのです。レズリー様は、そちらの対応に出ております」
あー……なるほど。禁酒反対を訴えていたあのデモの人達が、とうとう屋敷まで来ちゃったのか。
……もう時間に余裕がないな。
「分かりました。それならカーツさんも向かった方がいいですよね。オレ達のことは気にしないでください」
「申し訳ございません……っ」
カーツさんが深く礼をし、この場から離れようとする。そうだ。一つ確認しておかないと。
「ああ、すみません。カーツさんがいない間、オレ達だけで屋敷の中を歩いてもいいですか?」
「ええ、どうぞ。ご自由に行動なさってください。それでは失礼いたします」
そう言って、カーツさんは足早に元来た道を戻って行った。
……オレも部屋に戻ろうか。ロゼに状況を伝えないと。
応接室に戻ると、既にケイトさんはいなかった。1人で部屋に入って来たオレに、ロゼが不思議そうな顔をする。
「何かあったのか?」
「うん。問題発生。オレ達が街に入って来たときに『禁酒反対!』って騒いでいた人達が、屋敷の前まで集まってるんだって。レズリーさんとカーツさんはその対応に向かってる」
「……そうか。それなら今日はもう、レズリー殿に会うのは無理かもしれないな。レズリー殿は事件の内容を公開するのだろうか」
ロゼは難しい顔だ。
「そこはオレも気になるね。もし今日話さなくても、屋敷の前まで抗議に来られた以上、いつまでも黙っておくのは無理だと思うけど」
何も納得できない状況では、住民たちも辛いだろう。生活が掛かっているとなれば尚更だ。
「それでコウ、今日はどうする? カーツ殿がいない以上、あまり勝手に動き回るのは良くないと思うが」
「ああ、それは大丈夫だよ。自由に歩いていいって、カーツさんから許可はもらっから。オレ達はオレ達で捜査を進めようか」
「ふむ……。街での聞き取りでもするのか?」
時間があるなら総当たりで住民に話を聞いてもいいけど、今はもう時間がない。一刻も早く“山水の精霊”への祈祷を行う必要がある。だから、
「まずは盗まれた宝玉を探してみようか。宝玉が見つかれば、犯人への手掛かりも見つかると思うし」
「……どうやって探すつもりだ? 今のところ何も分かっていないぞ?」
「探し物の専門家に手伝ってもらうよ」
「専門家……? 誰か雇うのか?」
ロゼは不思議そうに眉を寄せた。専門家に心当たりがないらしい。
「雇う場合の報酬は、高級肉になるのかな」
そこまで聞いて、ロゼは納得した顔をした。オレとロゼは肉好きな探し物の専門家へと目を向ける。
「タロー。ちょっとその鼻を貸してくれ。報酬は高級肉な」
オレの言葉に、タローは『任せろ』と言うように尻尾を振った。
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