第222話 聞き取り調査:酒造職人

 オレ達の目の前で、ろ過装置が少量ずつ水を吐き出している。注いだ水の量に比べれば非常にゆっくりだ。ろ過された水は綺麗になっているように見えるが、この分だと酒造りに使う量を確保するのはかなりの時間が必要だろう。


 微かな音を立てて滴る水を眺めながら、ロニーさんへの聞き取りを開始する。近くには作業中の他の職人さんがいるが、酒造職人なら事件の内容は知っているので聞かれても問題はない、とのことだ。気兼ねなく質問して行こうか。


「ではロニーさん、1つ目の質問なんですけど、宝玉が盗まれたと思われる2日間に、1人で屋敷に入る時間はありましたか?」


「あ~……あるな。1人でいる時間ならいくらでもあった。ああ一応言っておくが、俺は犯人じゃないぞ。というか、その質問だと誰でも盗む時間があるだろ。丸2日誰かと一緒にいる奴なんて中々いないぞ? この質問意味あるか?」


 実はあまり意味はないと思ってます。


「念のための確認ですよ。完全に行動の裏付けが取れたら、その人は疑う必要がなくなるじゃないですか」


「そりゃ確かにそうだ。……まあ、俺はそもそも、この街の人間が犯人なんてあり得ないと思うけどな」


「そう思う理由をお聞きしてもいいですか?」


 ロニーさんがオレを見る。その顔には、当たり前のことだと書いてあった。


「この街は酒を造って成り立ってるんだ。そして、酒を造るための水をくれる山は俺達にとって何よりも大事なものだ。それを汚すような奴はいねえよ」


 ……やっぱりそうだよな。


「宝玉の役割を知らずに盗んだかもしれませんよ?」


「それだったらもっと盗みやすい物を持っていくだろ。宝玉なんて言ってはいるが、あれの見た目は少し綺麗なただの石だぞ?」


 まあオレも宝物庫に入ったけど、高価そうな物は他にあったしなあ。ただ売り捌くだけなら宝玉は盗まないよな。


「外部の人間が犯人だとして、この街やレズリーさんへの恨みとかって心当たりはありますか?」


「恨みぃ?」


 心外だと言うように声を上げ、ロニーさんは眉を寄せた。


「そんな相手はいねえよ。この街は代々真面目に商売をやってんだ。兄貴だってバカが付くほど真面目に働いてるぜ」


 ロニーさんの口調がちょっと乱暴になった。嘘を吐いている感じはしないな。


「そうですか。ありがとうございます。恨まれる相手はいないとして、お酒の競合相手とかっていますか?」


 ロニーさんは少し考え込む。


「……いや、少なくとも俺は知らねえな。商人達が出先で他所と揉めたって話も聞かねえぜ」


「なるほど……」


 カーツさんから聞いた内容と同じだな。


「すみません。あとは、金庫の鍵のことを知っていた方の人柄を確認しているんですけど、ロニーさんから見た3人の印象を聞かせてもらってもいいですか?」


「ああー……構わねえが。……兄貴からか。兄貴はさっきも言った通り真面目だな。真面目の前にクソが付くくらいだ。それで頭が固い。親父も頑固だったけど、それ以上だな」


「お父様と言うと、先代の町長さんですか?」


「ああ、今は隠居して山で葡萄を作ってる。ほとんど街まで降りてくることはないな。宝玉が盗まれたときにも山にいたはずだ」


「はあ、そうなんですか。山で葡萄……?」


 ワインの材料だろうか。でも、わざわざ山で?


「山の斜面だと水捌けがいいからな。平地よりも育てやすいんだ」


「へえ。そうなんですか」


 はじめて知った。とりあえず、前町長夫婦は捜査から除外しても良さそうだな。レズリーさんの人物像に戻ろうか。

 ああそうだ。レズリーさんとロニーさんが、事件が発覚する前日に喧嘩していた件についても聞かないと。


「そういえば、ロニーさんとレズリーさんはあまり仲が良くないんですか?」


「……そんなことまで聞くのか。言ったのはカーツか?」


 ロニーさんがカーツさんをチラリと見る。カーツさんは申し訳なさそうに頭を下げた。悪い気がするので少しフォローしておこう。


「聞いたのはオレですよ。何が事件に関係するのか分かりませんからね」


「……まあ、別にいい。傍から見れば大した話でもないだろうからな」


 ロニーさんは軽く溜息を吐いた。


「簡単な話だ。お互いの意見が合わなかった。それだけだ」


「具体的に言うと……?」


「……俺は酒造りの技術をより発展させたいと思っている。今の酒造りは職人の感覚と腕が全てだ。だけど使える道具があるなら使うべきだ。俺達で新しく開発してもいい。酒そのものだって、まだまだ発展の余地はあるはずだ。伝統を守るってのは、停滞の言い訳じゃねえだろ」


 おおー、革新派だ。


「だが、兄貴はそうは思ってねえ。今までのやり方を守ることが正しいと信じてやがる。止まってたら追い付かれるだけだろうが……!」


 ……なるほどなあ。確かに、技術の停滞は良くはない。これから他の地域での酒造が増えて品質も上がった場合、相対的にこの街のお酒は価値が下がる。ロニーさんの言うとおり、進まなければ追い付かれるのだ。


 伝統と歴史に胡坐をかいていては、時代に置いて行かれるだけだろう。ロニーさんの言い分は正しいと思うな。

 ……事件には関係なさそうだけど。


 熱くなったと思ったのか、ロニーさんは深く息を吐いてオレを見た。


「兄貴との関係はこんなもんだな。宝玉がなくなる前の日も大喧嘩した記憶がある……」


 カーツさんが言っていたのはそれか。ただの兄弟喧嘩っぽいな。


「……ありがとうございます。今回の事件には関係なさそうですね」


「ああ、俺も兄貴もこんな騒ぎを起こしたりはしねえよ。もし兄貴が犯人だったら、俺は酒樽いっぱいの酒を飲み干してやる」


 それはさすがに、こっちの人でも死ぬのでは……? まあ、それくらいあり得ないという訳か。


 実際、レズリーさんって犯人候補から外してもいいよなあ。犯人だったら、オレに捜査を依頼したのが意味不明すぎる。


「ええと、レズリーさんのことは分かりました。次はカーツさんについて聞いてもいいですか?」


 近くに本人がいるからちょっと聞き辛いけど。


「カーツが犯人なのもあり得ないだろうな。兄貴がクソ真面目で融通が利かない分、カーツが苦労して細かいところを詰めている。それが出来るくらいに優秀でお人好しなのがカーツだ。というか、カーツが犯人ならもっと上手くやるだろ」


 カーツさんの方を見ると、軽く頭を下げていた。綺麗なお辞儀だ。まあ、犯人っぽくはないよな。


「ありがとうございます。最後にケイトさんについて教えてください」


 そう聞くと、ロニーさんの勢いが止まった。少し言い辛そうに口を開く。


「ケイトは、あー……変り者だな」


 ……でしょうね。


「基本的にのんびりした奴だ。少なくとも俺はアイツが誰かと争っているところを見たことがない。まあ、そこまでアイツに詳しい訳じゃないけどな……」


「そうなんですか?」


「ああ、性別の違いもあるが、俺は10になる前に職人に弟子入りしたからな。兄妹と言っても、あまり一緒にいた時間は多くない。とはいえ、アイツが犯人なのもあり得ないだろうな。アイツが酒好きなのは確かだ。一口飲んだだけで、どの職人が造ったかまで当てるんだぜ?」


 まあ、酒好きのケイトさんが、酒が造れない状況を作るのはおかしな話だよなあ……。


「ありがとうございました。ロニーさんの方で、他に何か気になったこととかありますか?」


 オレの質問に、ロニーさんは腕を組んで軽く目を閉じた。


「……いや、特にないな」


 ないらしい。オレも聞くことは聞いたし、これで終わりか。……いや、一つあったか。


「すみません。最後に確認なんですけど、バンさんってここに何をしに来ていたんですか?」


 借金が多いらしいバンさんは、仕事をサボってまで何をしていたんだろうか。


「ああ、俺もバンの野郎にいくらか貸してるんだが、その返済を待ってくれってさ。そう珍しいことじゃねえよ」


「そうですか……」


 なんかこっちも事件には関係なさそうだなあ。この街の人が外部からの依頼で宝玉を盗んだとしたら、その分の報酬くらいはあるだろうし。う~ん、分からん。


 まあとりあえず、ロニーさんへの聞き取りはこれで終わりだ。


「ロニーさん、どうもありがとうございました。お仕事頑張ってください」


「おう、そっちも頑張ってくれ。あまり期待せずに待ってるからよ」


 ロニーさんが手を軽く振る。その表情は、オレ達が犯人を見つけられたら儲けもの、くらいな感じだ。

 まあ、逆に考えれば、少しは期待をしてくれているということだろう。うん、頑張ろうか。


 さて、そのためにも、屋敷に戻って残る2人の話を聞くとしよう。

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