第221話 職場へ移動
お茶を飲んでロニーさんを待っていると、カーツさんが申し訳なさそうな顔で戻ってきた。何かあった?
オレとロゼの視線を受けたカーツさんが頭を下げる。
「申し訳ございません。ロニー様ですが、ご自身の職場に向かわれたそうでして……」
あれ? 話は通ってたと思うけど。
「何か急な用事でも出来たんですか?」
「ええ、そのようでございます……。そして、ロニー様から伝言がございました。『手が離せないから、聞きたいことがあるなら職場まで来てくれ』とのことです」
う~ん、まあ、別に構わないけど。
「大変申し訳ございません。こちらからお願いしておきながら……」
カーツさんは胃が痛そうな表情だ。大変ですね。
頭を下げるカーツさんから、隣のロゼへと視線を変える。
「オレはロニーさんの職場に行ってもいいと思うけど、それでいい?」
「うむ。特に拒む理由はないな。それで良いだろう」
じゃあ決まりだな。ロニーさんの職場にお邪魔しよう。
「カーツさん、ロニーさんのところまで案内をお願いします」
さて、どんな場所だろうか。
カーツさんに案内されて街の外れまでやって来た。目の前にはレンガで出来た建物がある。窓の位置から2階建て。けっこう大きな建物だ。ここがロニーさんの職場らしい。
入り口は搬出入用らしい大型のものと、人用の小さなものがある。どちらも閉まっているので中の様子は分からない。
その人用の入り口へとカーツさんを先頭に近付くと、中から誰か出て来た。ロニーさんじゃない。少し太った中年の男性だ。ここの関係者かな。
その男性がオレ達、というかカーツさんの顔を見て立ち止まる。何やら驚いたような表情だ。
「こ、これはカーツさん。どうしてここへ?」
「……
カーツさんの鋭い声に、バンと呼ばれた男性は狼狽えるように視線を泳がせる。何だろう、サボってたのかな?
「い、いえ、まだですが、もうすぐ終わる予定ですよ」
「ならば早く戻って終わらせなさい」
「ええ、もちろん。では失礼」
そう言って、バンさんはそそくさとオレ達の横を通り過ぎていく。その背中が遠くなったところで、カーツさんが口を開いた。またも申し訳なさそうな表情だ。
「お見苦しいものをお見せしました。申し訳ございません」
「いえ。カーツさん、今の方はどなたですか?」
「……私の部下の1人でバンという名です」
カーツさんの部下……。つまりこの街を運営する人員だよな。その割には何かこう、駄目そうな感じだったけど。
そう考えていたのが顔に出ていたのか、カーツさんが疲れたような表情を浮かべながら教えてくれた。
「バンは住民への対応を主に担当しております。ただ、少々素行に問題のある男でして……」
素行に問題……。まあ、さっきのやり取りを見るに、仕事をサボってたみたいだからな。ちょっと挙動も不審だったし、もう少し詳しく聞いてみるか。
「具体的にどんな問題を起こしているんですか?」
オレの言葉にカーツさんは言い辛そうに口を開く。身内の恥だから、言いたくないのも当然だろう。
「……一番の問題としては浪費癖でしょうか。方々に借金をしており、業務中でも金の工面で出掛けることがあります」
予想以上に駄目人間だな……。
「お金は何に使ってるか知ってます?」
「基本的には酒代のはずです。毎日のように飲み歩き、その先々で知り合いに奢っているようなのです」
……お金は大切に使わないと駄目だろ。
それにしても借金か。貧すれば鈍するって言うし、金に余裕がない人間は判断力が落ちて犯罪に手を染めやすい。ちょっとカーツさんに確認しようか。
「カーツさんから見て、バンさんが今回の事件に関与している可能性はありますか?」
オレの質問にカーツさんはそう悩まずに答えた。
「いえ。私はバンが犯人だとは思っておりません」
「理由をお聞きしても?」
「はい。バンのことは昔から知っておりますが、そう器用な男ではありません。街の存亡に関わるような事件を起こした場合、すぐに態度に出るでしょう」
なるほど?
「また、バンは盗まれた宝玉のことを知りません。山の水に異常があったことは伝えていますが、宝玉の存在を知っているのは、私の部下の中でも一部の人間だけです」
「そうですか……」
そういえば、事件の前後で金遣いが荒くなった人間はいないって調査資料にも書いてたし、バンさんが宝玉を売り払ったりした訳でもなさそうだ。
今の話を聞く限り、まとまったお金が入ったら我慢するような性格でもないだろうし、犯人っぽくはないかな。まあ一応、頭の隅に置いておくか。
今は本来の目的であるロニーさんからの聞き取りに戻るとしよう。
「カーツさん、ありがとうございます。それじゃあロニーさんのところにお邪魔しましょうか」
「ええ、どうぞこちらへ」
先導するカーツさんの後ろを歩く。入り口の近くまで来ると、中からは人の話し声と作業音が聞こえた。
カーツさんが扉を開けくれたので、礼を言って建物の中へと入る。
最初に目に入ったのは、円筒状の大きな装置。その周囲では4人の人間が忙しなく動いていた。ロニーさんはその内の1人だ。
入ってすぐのスペースは天井まで吹き抜けになっていて、酒造りに使うタルや道具類、その他用途不明の品々が設置されている。
昔ながらの醸造施設と、新しい研究施設を混ぜたような状態だ。男として心惹かれるものがあるな。
大型の台座に載っているのは、もしかして蒸留器だろうか。珍しい物が置いてある。この世界にも蒸留酒はあるし、薬などを作る際にも蒸留を行うときはあるが、その蒸留は魔術を使用して行うのが一般的だ。
文字通りの職人技だ。人力での蒸留とか、知った時にはかなり驚いた。
初めて見るものだらけの空間を家族揃って見渡していると、作業を行っていたロニーさんがオレ達に気付いた。そのままこちらへ近づいてくる。
少しばつの悪そうな表情だ。事件の聞き取りを放り出したことについて、悪いとは思っているらしい。
目の前まで来たロニーさんが片手を上げる。
「よお、ここまで来てもらって悪いな。どうしてもこっちの作業を優先する必要があったんだ」
謝罪は受け入れよう。オレもロゼも別に怒ってないし。
「特に気にしていませんよ。優先した作業というのは、今やっている“あれ”ですか?」
視線を向けた先では、職人さんらしき人が円筒状の装置の上で小型のタルを傾けている。何かの液体を注いでいるようだ。
ロニーさんがその様子を見ながら話してくれる。
「ああ。今は山の水のろ過を試しているところだ。ろ過装置が今日ようやく届いたもんでな。こっちを優先させてもらった」
「ろ過ですか?」
確かに、山の水は濁ってるって話だったな。
「そうだ。こっちとしてはもう余裕がなくてな。依頼を受けてくれたアンタ等には悪いが、今の状況のままどうにか酒を造る方法を探している最中だ」
なるほど。ろ過した水で酒造ができるなら、一先ず余裕はできるな。とはいえ、
「ろ過したとしても、お酒の味が前と変わったりしませんか?」
あまり詳しくはないけど、酒造りで水は大切なものだと聞いている。だからこそ、綺麗な水が流れるこの街では酒造が盛んだったはずだ。
オレの質問に、ロニーさんは苦い表情で肩をすくめた。
「味が変わる可能性はあるだろうが、やってみないと分からないからな。色々試してみるつもりでいる。だいたい味が変わったとしても、酒を売って稼がないとこの街の未来はないんだ。やるしかないだろ」
まあ、売り物がゼロになるよりはマシか。今のところ犯人の手掛かりすらないし、ロニーさんの行動は正しいものではあるだろう。
とはいえ、速やかに犯人を捕まえるのが最善ではある。つまりオレ達の頑張り次第だ。
「……ろ過装置の出番がなくなるように、オレ達の方でも早く動きますよ」
オレの言葉に、ロニーさんはあまり興味のなさそうな表情だ。
「だったらいいけどな。悪いがあまり期待はしていないんだ。この街に来たばっかりのアンタ等が、たった数日で犯人を見つけるのは無理だろ」
……まあ、ロニーさんから見たらそうだろうな。オレ達は急に出て来た部外者だ。それでも依頼を受けたからには全力を尽くすつもりでいる。
「犯人を見つけられるかどうかも、やってみないと分かりませんからね。やるだけやってみますよ」
そう言うと、ロニーさん「へえ」と呟き軽く笑った。改めてロニーさんと視線が合う。
「それなら、少しだけ期待してみるとするか。それで? 何か聞きたいことがあるんだろ?」
「はい。いくつか質問させてください」
頭の中で質問する内容をまとめる。そろそろ有用な情報が欲しいところだな。
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