第85話 閑話 第8話

 今日も村の祭りの準備だ。村長を中心とした年配の人達と、子供たちと一緒に色々な小物を作っている。

 祭りで使う祭具らしい。


 どれが、どういう役割のものなのか、オレには良く分からない。

 今はみんな忙しそうだから、祭りのときにでも聞いてみようかな。


 オレはひたすら、細工された木の彫り物に飾り紐を通す係だ。不定形の何かを模した木彫りの像だ。これは精霊の偶像らしい。


 見えない精霊の偶像とはいったい……?


 まあ、良く分からないが、村の人の信仰の対象らしいので、下手なことは言わないでおこう。


 無心で作業をしていたが、視界の端に近づいてくる人が見えた。


 顔を上げると、村長のジャックさんがいた。白い髭の生えた顔に、いつも通りの柔和な笑みを浮かべている。


「邪魔してすまんのう、コーサク。ちょいとお使いを頼まれてくれんかのう」


 お使い?オレに?森で薬草採取かな。


「いいですよ。どんなお使いですか?」


「精霊の台座を作るのに使う、焼き印なんじゃがのう。村の洞窟から1つ持ってき忘れたようなのじゃ。持ってきてくれんかのう」


 うん?


「村の洞窟、ですか?」


 どこだ?


「おや?行ったことがなかったかのう。少し歩いた場所にある、氷室と物置に使っとる洞窟なんじゃが」


 行ったことないですね。そういえば、氷室があるって前にルヴィが言ってたな。でも場所は知らない。困った。


 どうしようかと、村長と2人で首を傾げていると、横から元気な声がした。


「どうくつ!わかるよ!」


 隣の家の子、ユンだ。こっちに走り寄ってくる。

 ユンに祭具の作り方を教えていたおじいさんは苦笑いだ。たぶん飽きたから逃げてきたな。


「ほっほ。では、ユンにコーサクの道案内を頼もうかの。コーサクや、焼き印はこれと同じようなものじゃ」


 村長が手に持っていたものを見せてくれた。金属の板に、細長い持ち手が付いている。板の部分には、文字らしきものが彫られていた。

 これなら、見ればすぐに分かるな。


「分かりました。では、行って来ます。ユン、よろしく」


「うん!」


「ほっほ。2人とも、任せたぞ」


 村長に見送られながら、オレを置いて歩き出すユンを追い掛ける。

 洞窟か、どんな場所かな。




 ユンに案内されて村の外まで出てきた。いつも入る森とは逆方向だ。そういえば、こっちには来たことがない。


「ユン。洞窟って広いの?」


「うん。おっきいよ。あそびにいったりする」


「何して遊んでんの?」


「かくれんぼ?レンねえちゃんがうまいんだ。すぐ見つかっちゃう」


「へえー」


 子供が遊べるくらいには広いのか。物置と氷室に使ってるくらいだから、広いのは当然か。そういえば、氷ってどうしてるんだ?


「なあ、ユン。洞窟の氷室って、氷どうしてるの?」


「ん?う~ん。わかんない」


「そうか」


 魔術で出してんのかな?見たことないけど。あとでルヴィにでも聞いてみよう。


「ねえ。コーサクはまつりのとき、またあのやわらかいの作る?」


 レンちゃんは、姉ちゃんと呼ぶのに、オレは呼び捨てなのが気になる。格下に見られてるのだろうか。

 ……否定はできないな。主に筋力面とか、勝ち目がない。


 まあ、いい。え~と、柔らかいの?あれかな?


「前に作ったパンのこと?」


「うん!それ!おいしかった!また食べたい!」


 ようやく完成した酵母菌を使ったパンのことだな。数回の失敗を経て、ようやく出来た。


 壺の煮沸と密閉性、温度管理が重要だったようだ。初回は普通に腐った。


 出来上がったパンは、オレの理想には遠かったが、まあ、素朴で味わいのある感じになった。かなりの前進だったと思う。

 素材の分量とか、こね方とか、焼き加減とか、改善点はいっぱいだけど。


 上手くできた試作3号のパンは、お隣の家にもお裾分けしたのだ。大好評だったらしい。


「祭りのときには、たぶん作るかな。どのくらい作れるかは、ちょっと分からないけど」


「ほんとに!やったー!」


 酵母菌は増やしている最中だ。全滅させたら不味いので、2つに分けて世話をしている。


 余った野菜の切れ端なんかが酵母菌の餌なので、味が安定しない。祭までにどのくらい増やせるかも、現時点では不明だ。


 あと、たくさん焼くなら窯が欲しいな。頼んでみたら、魔術で簡単に出来たりしないかな。


「あ!どうくつ見えた!」


 話している間に洞窟に着いたようだ。斜面にぽっかりと暗い穴が開いているのが見える。


 ……いや、暗くね。中見えないんだけど。


「コーサク、入んないの?」


「えーと、松明か何か置いてたりする?灯りが無いと歩けないよな」


「たいまつ?う~ん。いつも入るときは、こうしてるよ?ん!『光って!』」


 ユンの斜め上に、小さな光が浮かび上がる。白い光だ。


「うん。これでだいじょうぶだよ。行こう?」


「……なるほど」


 光を浮かばせたまま、ユンが洞窟に入っていく。白い光が洞窟の中を照らした。


「なるほどなあ」


 ちょっと村長さん。洞窟の場所分かっても、オレだけだと無理でしたよ。



 ユンのあとを歩いて少しすると、洞窟が二又に分かれていた。左の先には重厚そうな扉が微かに見える。


「そっちがひむろなんだって。入っちゃだめって言われてる」


「へえ。そうなのか」


「うん。だからこっち」


 ユンに案内され、右の道へ進む。空気が冷たい。


 さらに進むと、広い空間に出た。

 ユンの光が木箱やガラクタを照らしている。物置と言うだけあって、転がっている物が多い。

 予想より時間が掛かりそうだ。


「ちなみにユン。焼き印がどこにありそうか分かるか?」


「ううん。わかんない」


「そうか……」


 ちょっと気合入れよう。




 その後、手当たり次第に木箱を開けて、ようやく焼き印を見つけられた。


 ちなみに、木箱の中じゃなくて、木箱と木箱の間に落ちていた。背の低いユンがいなかったら見つかられなかったな。


 お礼にユンには、あとでこっそり木苺でもあげようと思う。

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