第60話 解決

 全速力で駆け抜ける。魔石の消費も、オレの消耗も今は度外視だ。


 手にした魔道具。その針の指す方向へ全力で駆ける。針が反応しているのはミリアの髪飾り。オレが作った魔道具だ。


 オレは近しい人の喪失を許容できない。だが、世界はオレなんかにはお構いなしだ。人はあっけなく死ぬ。

 世界は落とし穴だらけ。気付かずに足を進めてしまえば、あっさりと人の命は飲み込まれてしまう。


 それを許せないのならば、自らの手で、自らの力で守るしかない。


 孤児院の子供達、全員に配っているアクセサリーは、1つの魔道具。少しの防壁を使えて、居場所が分かるだけのもの。

 ただそれだけだが、オレの手が届くのならば、絶対に助けに行くというオレの意思の形だ。






 魔道具の反応が近い。遠目に、かすかに土埃が見えた。


「いたぞ!『運び屋』だ!」


 オレの隣を走っていた『赤い牙』のグレンさんが声を上げる。その視力でリックを発見したようだ。


「子供は!?」


「『運び屋』が背負ってる!怪我はなさそうだ!」


 そうか。良かった。ミリアの救助という最優先の目的は達成できたようだ。さすがリック。良くやってくれた。


 強化したオレの目にも、リックの姿が見えた。ミリアを背負いながら後退している。その視線の先には、3人の男。

 あいつらが、人攫いか。


 リックは3人の攻撃を風で跳ね返しながら、こちらへ下がって来ている。ミリアを救助し、尚且つ人攫いを引き留めてくれた。ああ、満点だ。後はオレ達がやろう。


「リィック!!」


 オレの呼び声にリックが振り向く。こちらを確認し、先ほどとは段違いの速度でこちらに飛んでくる。

 急に距離が離れた獲物とオレ達の姿に、人攫いがひるんだのが見えた。


 リックがオレ達に合流する。


「リック!ミリアは無事か!?」


「無事っす!!今は寝てるだけっす!!」


 ならいい。さっさとミリアは避難させるべきだろう。これから起こることは万が一にも見せるべきじゃない。


「分かった!リックはミリアを連れて都市へ戻れ!後は任せろ!」


「了解っす!!」


 承諾の一言でリックがオレ達とは逆方向に加速する。誰よりも速い、その後ろ姿は頼もしい。何があっても、確実にミリアを都市へ帰すだろう。

 そこに不安はない。


 リックが持つ『運び屋』の名は、この都市で1番であることの証だ。最も速く、最も確実に荷物を届ける者に贈られる綽名。

 都市内だけではない、魔物の闊歩する魔の森の中であろうと無傷で荷物を届ける技量の証明。

 リックは、その名で呼ばれる、風の精霊に愛された精霊使い。最速の運び屋だ。

 その背に負ったものが、傷付くことはない。


 さて、後はオレ達の仕事だ。視線の先には、オレ達の人数を見て逃げようと体の向きを変える人攫い。


 お前等を逃がすかよ。ミリア以外にも、誰か攫われている可能性がある。お前等の他の仲間も拠点も見つけ出す。そして、未来の安全ために、全員ここで磨り潰す。


「あいつらには聞くことがある!!まだ殺すな!!」


「「「おう!!」」」


 身体強化を発動して逃げる姿は、速いが遅い。この世界では、戦う力が十分にあるならば、人攫いより冒険者になって魔物を狩った方が稼げる。

 人攫いに身をやつしている時点で、あいつらは自分が三流であると宣伝しているようなものだ。

 当然、こちらより遅い。


 追い付いた。


「くそっ!ふざけやがって!」


 積み重ねた業が浮かぶ醜い顔を、さらに醜く歪ませて、人攫いが剣に手をかける。人攫いは捕まってしまえば、待っているのは死罪のみ。抵抗する気なのだろう。

 ジャラジャラと、体に巻き付けた捕縛用の鎖を鳴らしながら、剣を振りかぶってくる。


 だが、それは許さない。


「『防壁:檻』」


 いくつもの小さな防壁が、人攫いの全身に現れる。剣を振るう起点の肩に。踏み出そうとした膝に。動作に必要なあらゆる関節を防壁で妨害する。

 出来上がるのは、力を籠めることもできない人の像。魔力で編んだ静止の牢獄。


「な、なんだ!?」

「くそっ!逃げるぞ!!」


 囚われた1人を見た残りの2人が再度逃げようとする。だが無駄だ。冒険者の方が速い。


「逃がすか!!」

「待て!クソ野郎ども!!」

「どいてろ!!足を打ち抜く!!」


 抵抗も虚しく、逃げようとした2人も冒険者に組み伏せられる。ふとももを矢で貫かれたヤツの呻き声が耳障りだ。


「っち、~~~~」


 初めに捕らえたヤツが詠唱しようとする。その顎を蹴り上げた。くぐもった悲鳴が響く。


「口を開くな。オレが聞いたこと以外で、次に口を開けたら殺す」


 目を合わせて自分の状況を丁寧に教えてやる。


 冒険者達が、残りの2人を引きずって来てくれた。無理やり立たせ、全員防壁の檻に入れて捕縛する。

 動けない人攫いが3人並ぶ。


 さて、知りたいことを教えてもらおう。


 冒険者達が囲んで威圧する中で、人攫いへの質問を開始する。


「お前等の仲間の場所はどこだ?何人いる?」


「「「……」」」


 誰も答えない。たぶん3人の中では上の立ち位置だろう、最初に捕らえたヤツの腹に聞いてみる。


「聞こえなかったか?お前等の仲間はどこだ?」


 さっさと答えろよ。お前達に構っている時間の余裕はないんだ。


「げほっ、はは、くはははは!誰が教えるかよ!俺等には血の結束がある。教えるわけねえだろ!バカが!!」


「そうか」


 ああ、分かった。






 俺はグレン。『赤い牙』のグレンだ。


 うちの都市の子供を攫った奴らは捕らえることができた。子供も無事でなによりだ。あとはコイツらのアジトを見つけなきゃなんねえ。


 人攫いが仲間の情報を吐くかは怪しいところだ。ああいう奴らは、裏切りを絶対に許さねえ。バレたら死ぬより酷い目に合わされるだろう。それを恐れて大体の奴はだんまりだ。


 まあ、最悪情報を吐かなくても、うちの灰色狼のグリースがいればアジトを見つけられる可能性はあると思う。出るときにギルドに伝言を頼んだから、うちの奴らと一緒に後で来るだろう。

 だが、それだと時間もかかるし、確実じゃねえ。


 ここで情報がとれれば楽だが、上手くいくかどうか。


 今、俺の目の前でコーサクが人攫いに質問をして無視された。


 コーサクの、いつもにこやかに笑っている顔にも、特徴的な黒い目にも、何の色も浮かんでいない。おっかい無表情だ。


 あ、腹蹴った。


「聞こえなかったか?お前等の仲間はどこだ?」


 うわあ、ずぶんとキレてんな。オレなら相手したくねえ。氷みてえな声だ。


「げほっ、はは、くはははは!誰が教えるかよ!俺等には血の結束がある。教えるわけねえだろ!バカが!!」


 やっぱり話す気はねえか。手間取りそうだ。恐怖を前提にしたコイツらの結束は固い。グリースが来たらさっさと探しにいくか。そっちのが早えな。


「そうか」


 あっさりと、コーサクが身を引いた。人攫いどもも肩透かしの表情だ。だけど、ああ、やべえな。嫌な予感がする。


「分かった。しゃべらないなら、いらないな」


 そう言って、コーサクが一番元気の良かったヤツに手をかざす。


「がっ……げっ……ぐおっがあっ!」


 何をやったのかは知らねえが、その効果がすぐに出た。人攫いが苦しみ出す。尋常じゃねえ顔だ。苦悶ってのは、こういうのを言うんだろうな。


 そして苦しみだした人攫いが。


「が、ああ、あああああ!!」


 パアンッと弾け飛んだ。大量の肉片と血が飛び散る。つか、こっちまで届くわ!


 べちゃり、と俺たちの手前で赤い色は止まった。見えるのは壁。コーサクの魔力壁だ。

 うへえ、よかった。こんなもんは浴びたくねえ。


「う、うわあ!」

「あ、あああ!」


 魔力壁の恩恵を受けられなかったのは、残る2人の人攫い。全身にへばりつく、つい一瞬前まで仲間だったものに狂乱している。

 そいつらに向かって、コーサクが話し掛ける。


「仲間のこと話しても、話さなくてもお前等は死ぬ。オレが殺す」


 いつの間にか浮かんでいた魔力の腕には、爆発した人攫いの魔核が握られている。


「だが、情報を話すなら、せめて人として扱ってやろう。痛みも無く殺してやる。墓に名も刻んでやろう」


 その紅色の魔核にヒビが入る。魔力の腕が握られていく。


「さあ、素直に話して人として死ぬか。それとも、ここで雑草の肥料になるか。さっさと選べ」


 人攫いの魔核が粉々になって、残る2人の足元にばら撒かれる。


 ああ、えげつねえ。おっかねえなあ。体も魔核もバラバラにされちまったら、死後の祈りを受けることができねえ。世界に還って、精霊になることもできねえってのに。



 コーサクの脅しを受けて。つうかまあ、しゃべんなかったら、本気でやったと思うが。2人の人攫いどもは洗いざらい情報を吐いた。


 幸いなことに、他に攫われたヤツはいなかった。森の中にあった、急造のアジトを潰して今回の件は終わりだ。人攫いは30くれえいたが、別に余裕だったな。

 ここで攫った人間は王国と帝国で売りさばくことになっていたらしい。その情報はコーサクがまとめて都市代表に伝えることになった。

 まあ、俺らに出来ることはやった。後は頭のいい商人どもに任せりゃいいだろ。


 ああ、依頼料はいらねえって、コーサクには言っといた。同じ都市の奴を助けるのは当たり前だしな。





 ああ、頭が痛い。全身がダルい。使い過ぎた脚はもう筋肉痛が来ている。ついでに気分の最悪だ。魔石も体力も気力も空っぽ。疲れたわ。

 今回の誘拐騒動は解決した。やることは終わって今は家でダウンしている。


 ミリアは無事だった。攫われてすぐに薬で眠らされたらしく、ほとんどなにも覚えていないらしい。まあ、なによりだ。ついでにさっさと忘れてしまえばいい。

 泣きながらミリアを抱きしめるアリシアさんと、号泣するマルコ。そしてキョトンとしたミリア本人が記憶に残った。傷にならなくて良かった。ああ、肉の日はまた今度らしい。


 人攫いもアジトも潰した。攫った人を売る予定だった王国と帝国の商会の名前はギルバートさんに伝えた。その商会の相手は任せよう。オレはそっちじゃ戦えない。協力ならいくらでもするけど。


 この都市は平和だ。トップに立つのは、最も優秀な4人の商人。その手腕を発揮し、都市周辺は治安がいい。他の商人たちも、商売の邪魔をする者に容赦はしない。

 仕事もある。貿易都市ゆえに、荷運びの労働者は誰でも歓迎される。それで給料も出るのだ。仕事をしてちゃんと食えるのだから犯罪も少ない。

 オレもこの都市は居心地がいい。


 だが、都市の外、この世界自体は別に平和ではないのだ。魔物がいる。存在するだけで気象を変える龍種がいる。戦争がある。そして、ろくに統治の出来ない貴族がいる。


 その結果、山賊、盗賊、人攫いなんて連中も珍しくはない。海賊はいないな。海はまさしく人外魔境だから。


 さて、そんな犯罪者たちは、見つけたら斬るのがこの世界の常識だ。ついでに応援を呼んで根絶やしにする。1人見つけたら、後ろに10人は仲間がいると思え。


 ああ、その、なに賊でもいいのだが、そいつらはオレにとって害獣と同じラインだ。畑でネズミを見たら叩く。それと同じ。


 あのままミリアが攫われていたら、どんな目にあっていたか。ロクな未来じゃないだろう。奴隷という言葉はこの世界にないが、似たような結末だったはずだ。人が人でいる限り、人の悪意の存在も確実だ。


 自分の身と、他の誰かの身を守るために剣を握り、賊を斬っても罪に問われることはない。


 この世界に基本的人権なんてないしな。今考えると、元の世界の考え方も謎だ。あっちでは誰もが生きる権利を持っている。誰もが、その尊い命を持って人生を歩む権利がある。ああ、誰でも。たとえ殺人犯だって・・・・・・


 不思議なことだ。他人の最も大切な命の権利を奪いながら、奪った者に権利があるとは。奪われた命は、命をもってしても償えないのに。


 ……オレは今日、人攫いを殺した。人に使うべきではない方法で。それはここでは罪じゃない。血に濡れても、この身は潔白だ。オレの認識でも、守るべきものを守るために、害獣を駆除したにすぎない。

 それでも。


「ああ、気分が悪いなあ、タロー。最悪の気分だ」


「くぅ~ん」


 柔らかいソファの上で、頭痛と吐きそうな気分に耐えてタローを抱きしめる。もふもふ。柔らかくて暖かい。


「なんで人攫いなんかしようと思うんだろうなあ。オレには分かんねえよ」


 人を傷付けてまで、人の人生を奪ってまで欲しいものがあるのだろうか。


「真面目に働いて、ご飯がちゃんと食えるなら、それでいいと思わないか?」


「わふぅ」


 人を傷付けて手に入れた金で食べるご飯は、どんなに上等でも、きっとすごい不味いと思う。


「ああ、ちょっと休憩。タロー、もうちょっとこのままな」


「わふ」


 タローを抱きしめながら、少し意識を手放す。この気分で考え事をしても、余計に暗くなるだけだ。少し休んで、何か美味しいものでも食べよう。

 お腹がいっぱいになれば、少し元気も出るはずだ。






「わふ!」


「んあ?……なんだタロー?もう飯の時間か?」


 タローの声で目を覚ます。少し寝ていた。夕食の時間だろうか。


 コンコンコン


「ん?」


 微かに玄関から音が聞こえる。ドアノッカーの音。来客か。出よう。誰だろうか。


「ふああ。タロー、起こしてくれてありがとう」


「わふ!」


 うん。少し寝たおかげで頭痛は消えた。痛みがなくなり、気分も少し良くなった。


「さて、誰だろうな?リックか?なんか追加の情報でも入ったかな?」


 それにしては速すぎると思うけど。


「はーい。どちら様―」


「あ、ああ。私だ。この間ぶりだな、コーサク」


「ロゼッタ?」


 そこにいたのはロゼッタ。王国の知り合いを助けに行った、元帝国騎士。なんだけど……。


 前回と同じで鎧がない。それは百歩譲っていいとして、剣も無い・・・・。背嚢1つの姿だ。顔には、気まずさのような色が見える。

 今度は何があったんだろうか……。前回より身綺麗なのが、まだ救いだな。


「いらっしゃい。とりあえず入りなよ」


「あ、ああ。お邪魔する」


 お風呂沸かして、夕食を作るか。3人分だ。それでロゼッタの話を聞こう。


 長い今日は、まだ終わらないようだ。

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