第143話 白蛇の目的

 願いを叶える悪魔の名を出したバイサーが話を続ける。嫌な予感は止まらない。


「俺らは悪魔の宝玉を渡されて来たんだけどよー。まどろっこしい話だよなー。最初から、他の王族を消してくれって頼めばいいのによ。まあ、お貴族様は悪魔に頼ったら死ぬらしいけどな。そんな誓約があるらしいぜ?」


 誓約。魔術的な縛りだろうか。悪魔を召喚すれば、代償で国が滅ぶ可能性がある以上、当然の措置だろう。


 それよりもだ。


「……バイサー。悪魔の宝玉はどこだ」


 どう考えてもヤバい。使わせる訳にはいかない。


「ははは。残念。もうここには無いぜ」


 ここには無い。なら、持っているのは、先に進んだ2人か……!


 バイサーの相手をしている暇はなくなった。先に行った2人を追う!


 だが、オレの動きにバイサーが先制した。


「おっと、簡単には追わせないぜ?」


 突如、頭上に影が差す。反射的に顔を上げると、こちらに飛び込んでくる翼竜の姿が目に入った。


「避けろっ!!」


 レックスとルヴィに警告しつつも、地面を蹴って後ろに飛ぶ。


 そして、つい数瞬前までオレ達3人がいた場所に、翼竜が着地した。その衝撃に地面が揺れる。生まれた風がオレ達の体を叩く。


 着地から体勢を変え、オレ達を睨む翼竜は通常の個体より大きい。そして、その体は場違いな程に白色だった。


 その白い翼竜の後ろから、バイサーの声が届く。


「時間稼ぎに付き合ってくれてありがとよー。でも、もう少し付き合ってもらうぜ」


 周囲が暗くなる。見上げると、太陽の光を遮るほどに翼竜が飛び回っていた。魔境中から集まって来たかのような、ふざけた数が飛んでいる。


「俺には得意な魔術が1つある。つうか、1つしか使えねえんだけどよー。適性が尖り過ぎるのも不便だよなあ」


 空を翼竜たちが旋回する。その視線は、完全にオレ達に向いている。


「俺の適性は『統魔』。魔物を統べる力だ。ははは。ここだと強いだろ?ヴァイス、頼むぜ」


 バイサーの言葉に白い翼竜が動く。ヴァイスとは、この翼竜の名前のようだ。その首が空を向き、鋭利な歯が並ぶ口が開いた。


「ガアアアッ!!」


 白い翼竜が吠える。その声に反応して、空から翼竜たちが降って来た。


 その翼の音を響かせて、オレたちに向かって突撃してくる。強大な魔物が物量戦を仕掛けてくると言う、最低な状況だ。


「ルヴィ、逃げろ!!」


 隣のルヴィに叫ぶ。レックスはいい。放って置いても大丈夫だ。オレも何とかする。でも、ルヴィに翼竜の相手は無理だ。


「……分かった!!2人とも、無事に帰ってこいよ!!」


 躊躇いは一瞬。状況を把握したルヴィが身を翻す。その姿が森へ消える。逃げることに徹すれば、ルヴィなら大丈夫だろう。その力量を信じる。


 そして、ルヴィを見送ったと同時に、オレに向かって1頭の翼竜が突進してきた。


 地面を蹴って飛び上がる。重い衝突音が森に響いた。


「くそっ!!『防壁』!!」


 揺れる地面には降りず、自分の防壁の上に着地する。


 優先するべきは先に行った2人。ここに悪魔を呼ぶ宝玉がない以上、バイサーと翼竜に構っている暇はない。

 だが、翼竜が邪魔だ。操っているらしいバイサーは、白い翼竜に隠れて狙えない。レックスは他の翼竜と戦っている。


 隙を探すオレに、バイサーの声が届く。


「俺らは依頼された通り、悪龍を蘇らせる。ああ、安心しろよ。大昔の剣士様が使ってた、精霊の加護を受けた『龍殺しの剣』ってヤツがあるらしいからな。被害はそんなに出さねえって言ってたぜ」


 被害は、そんなに、出さない?


「ふざけんなよ……」


 頭が沸騰する。怒りに視界が赤く染まる。罪のない誰かが死ぬのを、その行為をその程度の考えで成すと……?それをオレに見過ごせと……?安心しろだと……!


 ふざけるなよ!!


「レックス!!ここは任せた!!」


 声を張り上げる。離れた場所で戦うレックスが、笑いながら反応した。


「はははははは!!おう!!任された!!」


 これでいい。


「開け『武器庫』」


 魔力を回す。怒りのままに汲み出す。激情を抱えたまま、脳が冴えて行く。


「押し通る」


 目の前でオレを威嚇する翼竜が邪魔だ。最短距離で進む。避けるのは時間の無駄だ。


「だから死ね」


 防壁の足場を蹴る。次々と防壁を展開しながら空を駆ける。


 翼竜。その体は硬い。硬質な鱗がほとんどの攻撃を弾いてしまう。オレの銃弾も貫通できない。そして、その巨体は簡単にオレの防壁を割る。


 防御は無意味だ。故にただ速さを求める。溢れる力を推進力に変える。加速する。

 その巨体に肉薄する。


 跳躍。翼竜の眼前に飛び出す。その凶悪な口の前に体を晒す。緩やかな視界の中で、ギラつく牙が姿を見せた。


 銃型の魔道具を構える。狙うはその口内。


 外からの攻撃では致命傷を与えられない。だから内部を狙う。


「食らえっ!!」


 引き金を引く。銃弾を射出する。1発では足りない。確実に狩るために、3発の銃弾をその赤い口に叩き込む。


 空気を貫く銃弾が、その喉奥に消えたのが見えた。


「『爆破』!!」


 スローになった視界の中で、翼竜の首が膨張していくのが見える。その強靭な肉と鱗を押し退けて、爆発の衝撃が解放されていく。


 ドバッ、と、湿った爆発音が響いた。翼竜の首が弾け飛ぶ。断末魔の声を上げる暇もなく、翼竜がその命を終える。


 討伐完了。道は開いた。


「っふ……!」


 飛び出る血液の中を突っ切る。倒れ行く翼竜を飛び越えて、さらに加速する。怒りの声を上げる他の翼竜たちを置き去りにして走る。


 目指すは先行する2人。止めて見せる。オレの手が届く範囲で、理不尽な死を許しはしない。

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