第72話 協力者

 腹いっぱいだ。朝から屋台を巡り情報収集に励んだ結果、かなり満腹になった。腹が重い。きつい。


 聞いた話をまとめると、ここの領主は使えない、税が高い、ここ数年で魔物が増えた、と言ったところだ。この世界ではよく聞く話ではある。

 貴族ってやつは自浄作用が無いから、解決は難しい問題だ。


 ため息を吐きながら、屋台で聞いた商店が並ぶ通りへ向かう。隣を歩くロゼッタは、満腹のオレと違って平気そうだ。


 人通りが多い道を、ぶつからないように進む。ごちゃごちゃと人が行き来する様子はまさに雑多だ。

 商店の通りに着いたら、魔道具屋に行きたいな。珍しい魔道具あれば買いたい。魔道具関係なら店主と話も合うしな。情報も聞きやすいだろう。

 向かう先のことを考えて歩く。だけど、オレの思い通りにはいかないらしい。


 さて、貴族の治政が良くない土地で、オレが人ごみに出ると良く遭遇するものがある。


 ―――オレの懐に伸びる手を掴む。


「いてえ!なにすんだ!」


 そう、スリだ。オレの外見のせいなのか分からないが、よく狙われる。この世界に来たばかりのオレならいざ知らず、今はもう慣れた。身体強化をしなくても反応できる。


 うん?掴んだ手がずいぶんと細いな。


 顔を向けると人がいなかった。違う、下か。見下ろすと子供がいた。10歳くらい。継ぎはぎだらけの服に手入れのされていない髪。目は反抗的にオレを見上げて睨んでいる。

 性別は……どっちだ?小さいのと汚れているのでよく分からん。


「おい!放せよ!」


 鶏ガラのような手を掴んだまま、しゃがんで目線を合わせる。うん……細いな。


「聞いてんのか!」


 どう見ても栄養が足りていない。体が万全であれば、子供であってもオレの手を振りほどくことは簡単だ。それができない時点でこの子は弱っていると見ていいだろう。


「おい!」


「飯、おごってやるよ」


「はあ!?」


「ちょっと調べたいことがあるんだ。食い物やるから協力しな」


 この街と同じような状況は、この世界にいくらでもある。目の前のこの子と同じ状態の子も、この世界にはいくらでもいる。

 全てに手を伸ばすつもりなんかない。だけど、少なくてもオレの目の前で空腹に苦しむ人をオレは見逃すことができない。


 だから一先ず、この子に腹いっぱい食べさせるとしよう。


 それに、情報収集には現地の人間の手があった方が効率がいいしな。


 ……なぜか横でロゼッタが苦笑している。





 道を引き返し、屋台通りに戻ってきた。今は最初に入った小麦団子スープの屋台で、スリの子に飯を食わせている。名前はキリィというらしい。


「おかわり!」


 3杯目だ。よく食べる。食えるときに食う精神なのだろう。この世界の人はあっち地球と違って、飢餓時に急に食べても大丈夫だしな。魔力のおかげで内臓が丈夫だ。


「兄ちゃんたちいい人だな!こんなに食えるのは久しぶりだ!」


 3杯目を掻き込みながらキリィが言う。


「どういたしまして。もう少しゆっくり食った方が体にいいぞ」


「む!」


 オレの忠告はスルーされた。キリィが小さな手で器を持ち上げ、スープを飲み込んでいく。


「ぷはあ!なに言ってんだよ。早く食わねえと盗られるかもしれないだろ?」


「そうかい」


 確かに。食べ物を盗られるよりは、消化が悪くてもさっさと食べる方がマシか。オレの前では、そんなことは許さないが。


「で、調べたいことってなんだよ。飯のお礼になんでも教えてやるよ」


 そうだった。あ~、食わせるのが目的だったから、聞く内容考えてなかったな。まあ、直球で聞いてみるか。


「オレたちは、この領地に食べ物を売りに来た商人の護衛なんだけどさ。邪魔しそうなヤツっている?」


 キリィは一瞬キョトンとしたあとに考え始めた。


「ん~?領主が嫌いなやつは多いけど、食べ物を持ってくる商人を襲うやつはいないと思う」


「そっか」


 まあ、この子からの情報は参考程度だけど。大っぴらに過激なヤツがいないのは助かる。たまにいるんだよなあ。後のことを考えずに悪徳領主を討とうとする集団。だいたい周りを巻き込んで、最後に国に鎮圧される。

 気持ちは分かるが、関係ない人も巻き込むので好きじゃない。


「それだけ?ほかに聞きたいことないの?」


「う~ん。キリィはどこに住んでんの?」


「ん?街の端っこ。ヒュー兄ちゃんのとこにいる」


 誰だよヒュー兄ちゃん。街の端ってことはスラム街みたいな場所か?まあ、せっかく作った縁だ。そっちでも情報を調べてみるか。


「見に行ってもいいか?」


「ん~、うん。兄ちゃんたちいい人っぽいしな。いいよ。よっと、こっち」


 椅子から飛び降りてキリィが手招きする。その後を追いながら気になっていたことを聞く。


「そういえば、キリィって男?女?」


「はあ!?女に決まってるじゃん!名前で分かんないの!?」


 キレ気味に言われた。分かんないよ。


「悪いね。見ての通り、出身は遠くなんだ。名前聞いてもいまいち分からん」


「いやコーサク、そもそも見たら分かるだろうに。幼いとは言え女性に失礼だぞ?」


「わふ」


 ロゼッタもタローも分かっていたらしい。いや無理だろ。ガリガリの子供の体を見ても分かんねえよ。


 納得いかない責め方をされながら、オレは街の端に向かった。

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