第83話 空調の魔道具修理
領主の屋敷の一室で、空調の魔道具の確認をしている。中々面白い。
複数の魔石が連結された大型の魔道具だ。たぶん、屋敷の設計者が、この空調の魔道具にも指示を出したのだろう。
この屋敷には、普通に歩いていれば見えない位置に複数の換気口があるようだ。空調の魔道具はその換気口に接続され、各部屋の温度を別々に変えられるように作られていた。
まさに、この屋敷専用の魔道具と言える代物だ。
空調の魔道具と換気口の位置からも、この屋敷の設計者の緻密な計算が伺える。腕の良い人物だったようだ。
魔道具の故障は、やはり魔石の劣化が原因だった。魔石を交換して、他の部分を磨けば終わりだな。
1時間もあれば終わる作業だが、同じ部屋にいる執事のハイドさんには、2日くらい日数が必要だと言っておこう。
貴族相手に手の内を明かしても害しかない。
「ハイドさん。やっぱり魔石の劣化が原因ですね。2日くらいもらえれば直せます。魔石は取り外して、お借りしてもいいですか?」
「分かりました。魔石はお持ちいただいて構いません。どうぞ、よろしくお願いいたします」
さて、許可は出たので魔石を外すか。ついでに、いい機会だからハイドさんにいくつか質問してみよう。雑談だ。雑談。
魔道具を傷付けないように作業をしつつ、ハイドさんに気になっていたことを聞く。
「そういえば、領主様には専属の魔道具職人はいらっしゃらないのですか?」
普通なら、領主御用達の店くらいあるはずだ。
「それは……ええ。数年前までは専属の職人がおりましたが、その職人は王都へと店を移動しました」
意外と普通に答えてくれた。数年前、数年前ねえ。まあ、今はいい。じゃあ、次。
「そうですか。それは不便そうですね。そういえば、この街の孤児院があった場所に偶然行ったんですよ。ヒューという青年が、数人の子供達と暮らしていました」
「っ……!そうですか。この街の孤児院では、以前不幸な事故がありました。ヒュー……という、その青年は元気そうでしたか?」
「ええ、それなりには元気そうでしたよ。今は畑を作っているようです」
「……そうですか」
う~ん。次。
「ハイドさんは、この街が好きですか?」
「ええ、それはもちろん。この街で生まれ育った身です。この街を愛しています」
なるほど?
「そうですか。良いことですね。ああ。最近、魔物が増えたみたいですけど、対応は順調そうですか?」
「……ええ。領主様の指揮の元、魔物は狩っています」
回答までのラグが気になるが。まあ、魔物は当然狩るよな。
「街の平和が早く戻るといいですね。街の皆さんは、あまり元気がないようでしたから」
「……はい。わたくしも、そう願っております」
もうすぐ作業が終わる。最後に1つ聞いておこう。
「オレは貴族の執事をしている方と、ここまで会話するのが初めてなんですけど、執事さんって、どういう心構えで仕事をするものですか?ハイドさんは、何があっても領主様のために働きますか?」
「…………わたくしは、この領地のために働くことを誓っております」
領地のため。領主のためではなく。それが聞けたならいいか。それにしても、ずいぶんと正直なことだ。
魔石は全て外し終わった。ここでの作業は終わりだ。
「そうですか。すみませんね。色々聞いて。魔石の取り外しは終わりました。交換する準備ができたら、またハイドさんに声を掛けますね」
「はい。よろしくお願いいたします」
頭を下げるハイドさんの元を後にした。
ヒューの畑に向かって歩く。
この街も面倒事がいっぱいみたいだ。まあ、貴族自体が面倒事の塊みたいな存在だけど。ゴチャゴチャでドロドロな感じだ。
感じる悪意に気が滅入る。
早く貴族のいない貿易都市に帰りたい。
帰ったらロゼッタと一緒にアリスさんの喫茶店に行こう。しばらく甘いものを食べていない。この街は砂糖の値段が高すぎる。
生クリームたっぷりのケーキでも食べて、この嫌な感覚を忘れたい。
帰ったら食べたい甘味を思い浮かべながら、ヒューの畑に向かう。
街の端、トウモロコシ畑が見てくると、歓声が聞こえてきた。なんだ?
歓声の発生源は、開拓中の場所のようだ。声を上げているのは、この前会った少年少女と幼い子供達。歓声を浴びているのは……あれはロゼッタだな。
近寄って行くと、何が起きているのか見えてきた。
開拓の作業中らしい。雑草の生える緑の土地を耕しているようだ。ロゼッタが。
「―――――」
ロゼッタの詠唱が聞こえる。オレには聞き取れない精霊語だ。
「『掘り起こせ!』」
最後の言葉と同時に、ロゼッタが右足を地面に叩きつける。ゴウンッと地面が鈍い音を上げた。土埃がロゼッタのいる場所から20mほど先まで走る。
そして、一瞬後。地面が
ゴゴゴゴゴ、と腹に響く音を出しながら、地面がかき混ぜられていく。
10秒ほど後には、耕されたような地面が出来上がった。
再び歓声が上がる。その中でロゼッタは、ふう、と息を吐きながら、流れた汗を拭っていた。
濡れた赤みのある金髪が、太陽の下で輝いている。綺麗だ。
「わふ!!」
ロゼッタに見惚れていると、タローの声がした。トウモロコシに隠れて見えなかったが、近くにいたらしい。
タローがトウモロコシ畑の中から顔を出し、オレに飛びついてきた。さっきまで走り回っていたのだろうか、少し息が荒い。
尻尾を振ってうれしそうにしている。走り回れて満足なのだろう。
タローの鳴き声で、ロゼッタもオレに気が付いたようだ。こっちに手を振っている。
手を振るロゼッタの周辺は、大雑把に耕された地面が広がっていた。その面積は広い。
ロゼッタ頑張り過ぎじゃないかな?
オレはロゼッタに手を振り返しつつもそう思った。
耕したばかりの柔らかい地面を踏みながら、ロゼッタの元に移動する。
「ロゼッタ、お疲れさま。ずいぶんと頑張ったみたいだね」
「うむ。見ているのも暇なので手伝うことにした。最初は鍬を使っていたのだが、時間がかかるようだったからな。魔術を使ってみた。この方が速かったぞ」
そりゃ速いだろうけど。
「さすがだね。だけど休憩した方がいいよ。魔力がかなり減ってる」
「む……そうだな。そろそろ少し休むとしよう」
ロゼッタが他の子達に休憩に入ることを伝えると、皆が鍬を持って作業を開始した。鍬の振り方は下手くそだが、身体能力に任せて無理やり進めて行っている。あれだと疲れそうだな。
開拓する様子を見ながら、ロゼッタと一緒に開拓場所の端、草の上に腰を下ろす。座ったオレの膝の上にタローが乗ってきた。少し重い。あと暑い。
「はい、お茶」
「うむ。ありがとう」
屋敷で淹れたお茶の入った水筒をロゼッタに渡す。ついでにクッキーも出した。
運動しただろうタローにも水をあげる。
「みんな、鍬の使い方下手だね」
「うむ。私も詳しくはないが、腰が入っていないな」
特に力の弱い女の子たちが大変そうだ。
……何か作るか。
ごそごそ、と小物入れを漁りながらロゼッタと会話する。
「そういえば、ヒューとクルトは?」
「ああ、2人なら畑の方で収穫作業をしている。トウモロコシに隠れて、ここからは見えないな」
小物入れから魔石を取り出す。5個もあればいいか。
「そっか。ああ、照明の魔道具の修理は無事に終わったよ。追加で空調の魔道具の修理依頼も受けたけど。屋敷が暑かったのは、魔道具が壊れてたからだったみたい」
「ふむ?そうだったのか。修理する職人が、忙しかったりしたのか?」
魔術式は、え~と。対象は地面で。範囲は前方。
「いや。専属の職人は、数年前に王都に出たんだってさ」
「うむ?専属なのにか?」
魔力の消費量を設定して、完成!
「うん。専属なのに。よし、出来た」
「新しい魔道具か?」
「うん。効果はロゼッタの魔術の縮小版。力が弱くても、魔力があれば作業ができる。ちょっと渡してくるよ」
タローを抱き上げて、ロゼッタに預ける。
「うむ。いってらっしゃい」
「ああ、そうだ。この魔道具を渡したら、昼ご飯の準備をするよ。せっかくだから、ここのトウモロコシも使って」
「ふふふ。それは楽しみだ」
今日は人数が多いから、いっぱい作らないとな。
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