第209話 今後の予定

 カレー作りの再開を決めてから5日後。オレはリューリック商会に来ている。今日はリリーナさんとの面談の日だ。

 まあ、今いる場所はリリーナさんの執務室じゃなくて商会の厨房なんだけど。


「さすがリューリック商会、調理設備がすげえな……」


 厨房は広いのに完璧に手入れされている。磨かれた調理台には染み一つない。食料品最大手なだけはある。あの大人2人くらいは入れそうなオーブンとか、何に使うんだろうか。豚の丸焼きでもするの?


「鍋とかもすごい数だな」


 調理器具も大量だ。もしかして、料理毎に使う物が決まっているのだろうか。ここを使う人は大変そうだ。


「ほとんど家で作って来て正解だったな」


 今日はリリーナさんへの報告兼お米の試食会だ。料理はオレが作ることになっている。というか、オレの方から料理を作ると提案した。お米を炊くのも、お米に合う料理を作るのも、今のところオレが一番上手いからな。当然だ。

 その結果、リューリック商会の厨房を好きに使っていいとの許可をもらった。こんなに豪華だと少し気後れするが……それは贅沢な感覚か。


 リリーナさんとの約束の時間に遅れないように、早く進めるとしよう。





 昼時。料理は無事に完成し、お米の試食会が始まった……のだが、商会の一室で、何故かリリーナさんと2人きりだ。なんで? レイモンドさんとかいないの?


「コーサクさん、どうかしたのかしら?」


 テーブルを挟んで向かいに座るリリーナさんが聞いてくる。


「いえ、なんでもないですよ」


 本音を言えば、なんでもなくはないけど。


 リリーナさんは「そう?」と首を傾げて食事に戻った。会う度に美貌と迫力が増していく眼前の人物の考えは、残念ながらオレには分かる気がしない。


 とりあえず、オレの慌てる様子を見て楽しんでいるような気はする。やはりリリーナはSか。


 そのリリーナさんは、オレの前で優雅に料理を口に運んでいる。今日はリリーナさんに初めてお米を食べてもらうので、おかずの種類を多めにしてみた。種類が多い分、一つ一つは少なくしている。一皿に載っている量は、オレなら二口くらいで食べられるくらいだ。

 旅館とかの夕食を思い出す光景だな。


 食事中のリリーナさんは、たまに目を閉じて考える素振りを見せている。だけど、その表情からは感情を窺うことができない。どうだろう、美味しく感じてもらえているのだろうか。


 少し緊張しながらオレも料理を食べる。漬物に手を伸ばすと、浅漬けにした野菜が白いご飯に良く合った。シンプルに美味い。そういえば、精米で糠が大量に手に入ったから糠漬けも作らないとな。


 ……材料集めに、一回港町に行く必要があるか? 昆布が売ってないんだよなあ。いや、海藻全般が市販されてないんだけど。というか、かつお節も自作する必要があるのか? ええ……いける?


 かつお節の作り方を記憶の奥から引っ張り出していると、リリーナさんが静かに食器を置いた。鮮やかな赤い唇が開く。


「コーサクさんの作る料理は美味しいわね。このオコメとも良く合うわ」


「ありがとうございます」


 表情は変わらなかったが、美味しいとは思われていたらしい。良かった。


「オコメは単体だと主張が薄いけど、その分組み合わせは多そうね」


「ええ、そうですね。お米に合う料理はたくさんありますよ」


 ついでにこれから増やします。


「ふふ、そうみたいね」


 リリーナさんが可憐に微笑む。その目は楽しそうに見える、気がする。たぶん。


「栽培の結果についてはレイモンドから聞いているわ。コーサクさんの言っていた通り、収穫量は多いようね」


「そうですね。麦よりも面積当たりの収穫量は多かったです」


 元は野生のものだったから心配していたが、かなりの量を収穫することができた。上出来だ。


 オレの言葉に、リリーナさんは笑みを深める。今度は確かに、その青い瞳の奥に楽しそうな色が見えた。


「ふふふ、コーサクさんは私の期待に応えて、良い結果を出してくれたわね」


 感情を見せるリリーナさんは珍しい。そのまま、機嫌良さそうに言葉が続く。


「栽培する土地を、もう少し広げましょうか。今から始めれば、次の春には間に合うわ」


 うおお、ホントに?


「それは嬉しいです」


 嬉しい、けど、レイモンドさんの仕事量が激増することが勝手に決まってしまった。後で差し入れでも持っていこうか。


 まあ、田んぼを増やすとオレとエイドルの仕事も増える訳だけど。それでも良い知らせだ。


「オレも頑張りますよ」


 いつでもどこでも、好きなだけお米が食べられる環境を作るのだ。


「ふふふ、コーサクさんが作る未来に、期待させてもらうわね?」


 リリーナさんは満面の笑みだ。……プレッシャーがすごいな。




 リリーナさんと今後の稲作の予定を話し、一息ついた。お酒造りの件を相談してみるか。


「リリーナさん、お米を原料にしたお酒を造りたいんですけど、酒造職人の引き抜きとか、しても大丈夫ですかね? ああ、もちろん酒造の申請はちゃんとします」


 オレ一人で日本酒を造るのは無理だろう。もし一人で造れても、お酒造りだけに掛かり切りになる訳にはいかないのだ。オレにはまだ、やりたいことがたくさんある。


 オレの質問に、リリーナさんは頬に手を当てて答え始めた。


「……そうねえ。職人の引き抜きは難しいわね。酒造職人の数はそう多くはないし……。それに、お酒造りの技術は門外不出の場合が多いわ」


「そうですか……」


 残念だ……。まあ、技術と力はイコールだからな。自分達の飯の種を守るために秘密にするのは当然だろう。


 さて、どうしようか。誰か酒造りに興味のありそうな素人でも誘って、一からやってみる?


 ……難易度高そうだな。


 内心困っていると、リリーナさんが口を開いた。


「私の商会に関わりのある職人を紹介するのは難しいけれど、他の街の職人なら手を挙げてくれるかもしれないわね」


「他の街、ですか……?」


「ええ。例えばサリトアの街だと、酒造が盛んだから職人も多いわよ」


 この都市から馬車で2日くらいの距離にある街だな。近くの山から流れる水を使うことで、美味しい酒ができるらしい。お米を探しているときに一回だけ行ったことがある。酒飲みも多いのか、陽気というか騒がしい街だった。


「……なるほど、そうですか。時間があるときに、ちょっと行ってみたいと思います。情報ありがとうございます」


 やっぱり、和食にはどうしてもみりんとお酒を使いたい。なんとかしてみよう。




 リリーナさんとの面談も終わり、食器類も片付けた。話したいことは話したし、これで帰るとしよう。


「それではリリーナさん、今日はありがとうございました。失礼します」


「ええ、さようなら」


 完璧な笑みを浮かべるリリーナさんに見送られて部屋を出る。


 日本酒造りはまだまだ遠そうだ。サリトアの街か。すぐには無理だけど、ロゼに相談して行ってみるとしよう。























「ふふふ、コーサクさん、頑張ってね」

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