第210話 お出掛け

 秋も終わりに近づき、空は白く曇ることが多くなってきた。吹き付ける風にも冷たさが混じる。もうすぐ冬がやってくる。


 そんな季節の変わり目に、オレは慌ただしく過ごしている。残念ながらお酒造りは全く進んでいない。水田を広げるためのあれこれで忙しいからだ。レイモンドさんと開拓地の相談をしたり、エイドルと種籾の選別について話し合ったり、アルドと人員の割り振りを調整したりと、やることは多い。


 リリーナさんに教えてもらったサリトアの街に行くのはまだ先だな。まあ、まだ都市運営から酒造の許可も下りていない。余裕ができたら行くとしよう。




 自室で机に向かい、上質な紙へとペンを走らせる。書いているのは料理のレシピだ。お米に合う料理について、挿絵付きで載せてある。


 お米の普及のためにリリーナさんへ渡す予定だ。一応、レシピの販売という形で契約をしている。リリーナさんなら上手く使ってくれるだろう。そのうち、貿易都市の飲食店でもお米が出回るようになるだろうか。そうなったらいいな。ぜひ食べに行こう。


 そんなことを考えつつ手を動かしていると、部屋の扉がガチャリと開いた音がした。


 振り返れば、満面の笑みの笑みを浮かべるリーゼと、その後ろにタローの姿が見える。


「パパー!」


 リーゼがパタパタと走って来る。その愛らしい姿に頬を緩めながら、小さな体を抱き上げた。


「ははは、リーゼはどうやって扉を開けたんだー?」


 聞きながらリーゼの体を持ち上げる。高くなった視線にリーゼが「きゃー」とご機嫌な声を上げた。

 うむ、楽しそうで何より。


 リーゼと戯れていると、タローがオレの足元へと寄ってきた。オレとリーゼを見上げて、楽しそうに尻尾を振っている。部屋の扉を開けたのはタローか。すっかりリーゼの面倒を見るのが板についているな。


「タロー、リーゼが危ない場所に行こうとしたら止めてくれよ?」


 リーゼを膝に乗せ、タローの頭を撫でながら頼み込む。タローは「分かってる」と言いたげに黒い瞳を向けて来た。うん、よろしく。


「おほんー」


「うおっと」


 リーゼがオレの膝の上で急に立ち上がった。落ちないように慌てて丸いお腹へ手を伸ばして支える。


 リーゼが興味を示したのは、オレの書いていたレシピの紙だ。最近、絵本の読み聞かせをしているせいか、紙を見ると絵本だと思うらしい。


「リーゼ、それは絵本じゃないからな。触ったら駄目だぞー」


「んう~?」


 良く分かってなさそうなリーゼを膝の上に戻す。さて、どうしようか。廊下から聞こえてくる音からロゼは家事中みたいだ。リーゼに絵本を読んであげてもいいけど、まだ元気いっぱいの様子だ。遊ばせた方がいいかな。


「よーし、リーゼ。お出掛けしようか。広場にでも行ってみよう。タローも一緒にな」


 お出掛けの言葉に、リーゼの目が輝いた。タローも了承するように尻尾を振る。


 ロゼに声を掛けて、少し出掛けるとしよう。リーゼには暖かい恰好をさせないとな。





 都市の中央広場は住民の憩いの場だ。綺麗に刈られた芝が目にも優しい。広場の中心では、都市の創設者リリアナさんの像が、いつものように空を見上げている。この都市で一番有名な待ち合わせスポットだろう。


 大道芸やら演奏やらをして御捻りをもらっている人もいるので、広場は毎日賑やかだ。


 その賑やかさを楽しむように、リーゼは小さな足であっちへこっちへと歩き回る。新鮮な光景に、何を見ても楽しいらしい。満面の笑みが眩しい。


 う~ん、未だにカメラが完成していないのが悔やまれる。もっと頑張らないとなあ。やることがいっぱいだ。


 タローと一緒にリーゼを見守りながら歩いていると、タローがピクリと反応した。


「どうした、タロー?」


 聞きながら、タローの視線を追ってみる。タローの視線の先には、筋骨隆々の暑苦しそうな男がいた。というか、ゴルドンだ。小さな女の子を肩車している。


 オレの視線に、ゴルドンも気が付いたらしい。笑みを浮かべながら大きな歩幅で近づいてくる。耳塞いだ方がいいかな?


「おお!! 坊主!! ここで会うとは奇遇だな!! いたっ、アビー! 何をする!?」


「お父さん、うるさい」


 ゴルドンの肩の上にいる女の子が、ベチベチとゴルドンの頭を叩く。うん、良く止めてくれた。ナイスだ。


 視線を落とすと、ゴルドンの体と声のデカさにリーゼが固まっていた。見開いた目が、ビックリした様子を表している。安心させるためにリーゼを抱き上げながら、ゴルドンへ挨拶する。


「おはよう、ゴルドン。そっちのお嬢さんは初めまして。オレはコーサク。こっちがリーゼ。白い狼はタローだよ」


 アビーちゃんは、確かゴルドンの末の子だ。前にゴルドンにひたすら自慢されたことがある。確かに可愛らしい女の子だ。ゴルドンに似なくて良かったな。


「おお、そうか。俺はゴルドンだ。よろしく頼むぞ、リーゼ」


 ゴルドンが、声を落としてリーゼに話しかける。リーゼはびっくりした顔で固まったまま、恐る恐る手を振った。うん、泣かなかったのは偉いな。


「それでこっちが――」


「お父さん、おろして」


「う、うむ」


 ゴルドンが、アビーちゃんをゆっくりと肩から下ろす。地面の上に立ったアビーちゃんが、ハキハキと話し出した。


「アビーです。6さいです。よろしくおねがいします」


 そう言って、ペコリとお辞儀をする。すごいな。しっかりしてる。


「よろしくね、アビーちゃん」


 挨拶を返しながらアビーちゃんに笑い掛ける。大雑把なゴルドンとは正反対だな。




 広場の芝生の上で、アビーちゃんとリーゼが楽しそうに遊んでいる。タローはその周りを嬉しそうに走り回っている。平和だ。


 その光景を、オレとゴルドンはすぐ近くで眺めている。


「ゴルドンは、この広場にアビーちゃんと良く来るのか?」


「おう。狩りを休むときには来るぞ。家にいるときくらいは家族と過ごさんとな。がっはっは」


 おおう……。ゴルドンがちゃんと父親してる。なんだろう、オレも負けてられないな。


「そっか。……あ、そう言えばゴルドン。オレのことを坊主って言うのやめろよ。もう子供もいるんだぞ?」


「ん? おお、すまんすまん。癖が抜けなくてな。次からは気を付けるとしよう」


 その言葉はもう何回か聞いたな……。直す気ないだろ。


 ゴルドンに念を押そうとしたところで、リーゼが軽く転んだのが見えた。


「リーゼちゃん、大丈夫!?」


 アビーちゃんが慌てて近寄るが、リーゼはキョトンとした顔だ。芝生の上だったおかげか、痛くはなかったらしい。再び笑顔を浮かべて立ち上がる。


 走って転ぶのも、リーゼの大切な学習だ。転んで起き上がって、自然に体の動かし方を覚えていくんだろう。あまり過保護になるべきじゃない。


 ……まあ、それはそれとして、一応ケガがないか診ておこう。





 その後、帰る際に、アビーちゃんから離れたがらないリーゼを宥めたり、ゴルドンの家に遊びに行く約束をしたりと少しバタバタしたが、無事に家へと帰宅した。

 ロゼはリーゼの汚れた服を見て、少しだけ困った顔をしていた。うん、申し訳ない。洗濯は手伝います。

 

 そして夕方。家族でゆっくりしていると、リーゼと遊んでいたタローがピクリと反応した。視線の先の玄関だ。誰か来たらしい。


「オレが出て来るよ」


 ロゼに声を掛けて玄関へ向かう。さて、誰だろうか。


 ドンドンドン!


『コーサクさん、お届け物っす!』


 リックだな。


「はーい。今開けるよ」


 声を掛けながら玄関を開けると、リックが元気な笑顔で立っていた。


「コーサクさん、こんにちはっす! コーサクさん宛てにお手紙っすよ!」


「お疲れ、リック。配達ありがとう」


 リックが差し出して来た手紙を受け取る。ごわついた手触りは、あまり上質な紙ではない。差出人の名前を探してみると、少し崩れた字で名前が書いてあった。


「……おお? ルヴィからだ」


 ルヴィから手紙が来るなんて初めてだ。いつの間に字が書けるようになったんだろうか。


「それじゃあコーサクさん、自分は配達に戻るっす! お疲れ様でしたっす!」


 予想外の事態に固まっていると、リックに元気よく挨拶された。


「あ、ああ、うん。お疲れさま」


 リックが颯爽と走って行くのを見送った。その姿が見えなくなってから、手元へと視線を落とす。ルヴィからの手紙が確かにある。


 家の中へ入りながら、待ち切れずに手紙を開けた。ルヴィが元気にしているだろうか。村の再建中だとは思うけど……。


 歩きながら手紙に目を通す。並んだ字は綺麗とは言えないが、それでも丁寧に書かれているのが良く分かった。


「ええと……」


 中身はルヴィの近況報告のようだ。オレと別れた後のことが書かれている。とりあえず、怪我や病気もしていないらしい。そこは一安心だ。


 さて、ルヴィはどんな様子だろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る