第247話 マグロの解体

 青い空と緩く流れる白い雲。そして、その空の下で楽しそうに声を上げる子供達の前には――3メートルオーバーの巨大マグロ。


「う~ん。存在感がすごい」


 孤児院の中庭に作った調理スペース。その一角を占拠するように並べた調理台の上で、マグロがどんっ、と横たわっている。中々迫力のある光景だ。


 ちなみに直射日光を避けるため、マグロの上空、建物の2階くらいの位置からは天幕を張ってある。

 魔道具を使って温度管理もしているので、マグロの周囲はかなり涼しい。


 そして今、マグロの周囲では、子供達が初めて見る巨大魚を興味深そうに観察している状況だ。


「すげー! でけー!」

「これ美味しいの?」

「海のお魚はじめてー」

「目が怖い……」


 目が怖いのは分かる。デカいんだよな。マグロの眼球。


「よーし。みんなちょっと離れろー。これから解体を始めるからなー」


 オレの言葉に、子供達は「はーい」と声を上げて距離を取る。さすが、アリシアさんの教育が行き届いているな。


 さて、それではマグロの解体だ。解体ショーなんて大層なものを気取るつもりないけれど、やはりこれだけの大物。切り身にする前に、子供達に一度は見せたかった。

 結果、反応は上々だ。後は、解体して料理に移るのみ。


「という訳で、助手のスライさん。よろしくお願いします」


「あァ? 誰がテメエの助手だ」


 お前だよ。


 オレの隣にガラの悪そうな顔をして立っているのは、冒険者で変人のスライだ。暇だったのか予定よりも早く来たので、ちょうどいいから手伝ってもらうことにした。


「まあいいから。さっさと頭と尻尾を落としてよ。はいこれ、包丁」


 スライは変人だが、刃物を扱う腕は確かだ。ぜひ、ここで役に立ってもらいたい。


「……ああン? これが包丁だってか?」


 オレが渡した包丁を、スライが睨み付けるように見る。包丁は包丁でも、オレが渡したのは解体包丁だ。その見た目はほぼ刀。

 実は、そこらの冒険者が使う武器より切れ味が良かったりする。値段も相応だった。手入れにも気を遣う逸品だ。


「料理のために使うんだから包丁でしょ。もしかして扱えない?」


「誰に言ってやがンだ」


 解体包丁を無造作に片手で持ち、スライがマグロへと向き直る。刃がすっと持ち上がった。あまりにも滑らかな動きに、周りで見ていた子供達すら静かになる。


 そして、解体包丁の刀身が消えた。


 次に認識したときには、既にスライが刃を下げている。


「ほらよ。返すぜ。悪くねえ剣だ」


 スライが解体包丁をオレに渡してくる。だが、マグロの様子は先程と何も変わっていない。頭も尻尾も、しっかりとくっついている。子供達も不思議そうな顔だ。


「包丁だって言ってるだろ……。それにしても、さすが『切裂き男』の綽名持ち。いい腕だ」


「ハッ、動かねえ獲物を切るのに、腕なんか要るかよ」


「いや、動かなくても技量うでは要ると思うけど……。まあいいや。『魔力腕:4』」


 いったん会話を止め、マグロの頭と尻尾に魔力アームを移動させる。そのまま軽くマグロの体を突いた。


 その小さな振動で、マグロの頭と尻尾にピッ、と切れ目が浮かび上がる。次の瞬間、ゴロリと巨大な頭部が外れた。

 調理台の上で転がる頭部を魔力アームで抱え、同じく落ちた尻尾も受け止める。


 その光景に、子供達からは興奮した声が上がった。


「おお~!」

「え、なんで!?」

「かっこいい!」


 スライが格好いいかはともかくとして、その技量は化け物だ。斬撃が鋭すぎて、切った後も身が繋がった状態を保つほどだ。

 変態的な腕前と言ってもいいだろう。


「よし、変た……じゃなかったスライ。協力ありがとう。後はのんびりしてなよ」


「いや待てよテメエ。今なんて言い掛けた」


「ははは。気のせいだろ」


 ガンを飛ばしてくるスライを無視して、オレはマグロに近付く。頭と尻尾がなくなった分、マグロの胴体の太さが良く分かる。


 本来なら数人掛かりで解体するのだろうが、オレには魔力の腕がある。一人でも何とかなるだろう。


「さて、やるか」


 大き過ぎて、さすがに3枚下ろしは難しい。5枚下ろしだな。手早く済ませよう。


 まずはザクッとヒレを落とす。さて、次は。


「『防壁』発動っと」


 防壁の足場に乗り、マグロを見下ろす高さに移動する。それから頭部の断面を見て骨の位置を確認し、横たわったマグロに包丁を入れた。


 マグロの体の横側を、骨に沿って刃を動かす。分厚い肉の手応えと、骨の感触が腕に伝わって来る。重いな。ちょっと身体強化のレベル上げておこう。


 そのままススススーーーッ、と。


「……よし」


 マグロの側面。頭側から尻尾の断面まで、横一文字に骨まで見える切れ目が入った。あとは背中と腹から捌いていこう。


 魔力アームで慎重に身を持ち上げながら、中骨に沿って身を切り離していく。綺麗に手早く滑らかに、と。


「よし! 半身完了! どうだ!」


 捌きたての身を複数本の魔力アームで支え、子供達の方へと掲げて見せる。


「おお~!」

「お肉みたい!」

「いっぱい食べれそう!」


 良い反応だ。さすが育ち盛りの子供たち。


 さて、外した身は一端脇に寄せ、中骨を外しにかかる。魔力アームと連動させながら削ぐように、と。


 ……うん。中々綺麗に取れた。


 子供達も軽く歓声を上げる。だが、それはどちらかと言えば、オレの動作に対するものだ。食材に対する歓声ではない。

 まあ、子供達から見れば、骨が固まっている平たい部位が取れただけの光景だ。


 この骨にくっついた身を、スプーンでこそぎ落とした中落ちも美味しいのに。残念。その文化はまだこの地にないのだ。


 なんだか寂しいな……。


 一人で勝手に孤独感を味わいながら、オレは残った身へと手を付けた。



 大まかな解体は終わったので、部位ごとに切り分けていく。輪切りにした際の、赤身とトロのグラデーションが美しい。このまま切って、醤油をつけて食べたいくらいだ。

 その場合は大盛りのご飯が必要だな。


 まあ、味見を始めたら、止まらなくなりそうなので我慢して。やはりマグロの身はかなりの量だ。食べきれない分は方々ほうぼうにお裾分けして、それでも残ったら家で保存だな。


 幸いなことに、オレには毒見の魔道具がある。刺身で食べられるギリギリを探ってみてもいいかもしれない。


「さて、じゃあ余りそうな分は魔道具で冷やしてっと。料理も開始だな」


 うん。料理だ。生食の文化のない人達に、全部刺身で出すのは酷だろう。オレだって、急に『豚肉、生で食べようぜ!』って誘われたら、『……本気か?』ってなる。

 今の状況はそんな感じだ。


 魚の鮮度管理が難しいので、積極的に刺身の文化を広げて行くのも難しい。これは、オレ個人でたまに楽しむしかないだろう。悲しいけど仕方ない。

 美味しいのになあ、お刺身……。


 まあ、気分を切り替えて料理開始だ。


 刺身で食べられるマグロを、あえて火を通して食べるという、オレの感覚ではかなりの贅沢、あるいはもったいない気がする所業だが、頑張って作ろうと思う。


 ロゼの期待にも応えてみせよう。


お料理開始レッツクッキングっと。ええと、まずは……兜焼きからだな」


 兜焼き。マグロのお頭の丸焼きだ。巨大マグロの兜焼きは、それは凄まじいインパクトになるだろう。

 出来上がったら、食べる前にリーゼを並べて写真でも撮ろうと思う。


 リーゼも驚くだろうかと考えながら、スライが切り落としたマグロの頭に塩をすり込んで行く。


 処理が済んだら後は焼くだけ。そのままオーブンに突っ込み……たいところだったが、普通のオーブンに入るサイズじゃなかった。

 仕方ないので、防壁と加熱の魔道具を組み合わせ、即席の魔術オーブンを作って入れた。あとは焼き上がるまで火加減を見つつ放置だ。


「次はご飯を炊く準備~と」


 そろそろ水を吸わせておこう。炊き上げる時間を考えれば、ちょうどいい頃合だ。

 アリシアさんの方でパンも用意してくれているので、お米の量は程々でいい。


 そして、お米の準備を自分の手で進めながら、魔力アームを飛ばして他の作業も並行する。


 今日のマグロ料理のメニューは、オレとスライ、あとは希望者向けにお刺身類を用意。

 一般人向けには、まずはシンプルにマグロのステーキ。子供向けにマグロのハンバーグ。


 焼き物として、大き目に切った身に串を打って炭火焼きに。ヒレの片方も一緒に焼く予定だ。

 野菜と合わせて炒め物も作る。


 あとは茹でた身をほぐしてシーチキンにして、サラダなどの料理にも使う予定だ。もちろん。シーチキンマヨネーズも作るつもりでいる。


 変わり種としてはマグロの餃子。そのために昨日、手間を掛けて生地を作ってある。


 個人的に期待しているのはマグロの揚げ物フライだ。中身が若干レアなくらいの揚げ加減を目指したいと思う。


 それから煮物を2種類ほど。もう片方のヒレも炙ってこちらへ投入だ。良い出汁が出ることを期待したい。


 大まかにはこんな感じか。想像するだけでも空腹になって来るな。


 さて、頑張って、美味しい料理を作ろうか。

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