第129話 救出
街道を改造馬車が走る。その速度はこれまでよりもなお速い。限界ギリギリのスピードに、車体が悲鳴を上げている。
それでも、軋む各部を魔力で補強し、冬の寒さの中を暴力的に突き抜ける。
全速力で走っている理由は前方にあった。
「レックス!どう!?」
「今のところは大丈夫そうだ。死んだ奴はいねえよ」
前方。オレでは魔力で強化しても霞んで見える先に、横倒しになった馬車と動き回る人影がある。
徐々に鮮明になっていく光景に、人影は2つに分かれているのが分かる。
1つは馬車を守るように動く者達。もう1つは、それを傷付けようとする者達だ。
つまり街道を通行していた人達と、それを襲っている盗賊だ。今のところは、双方に犠牲者は出ていない。
転倒した馬車側に、腕の立つ人間がいるようだ。倒れた馬車を上手く盾に使いつつ、盗賊の攻撃を防いでいる。
双方が使う魔術の残滓がオレの元まで届く。感じる争いの気配に焦りが積もる。
全てを守りたいなんて思わない。それでも、オレの前で理不尽な死が強要されるのは許せない。それは許容できない。
だから、目の前の光景を見逃すのは無理だ。
戦闘が近い。お互いの表情が見える距離まで近づいた。盛大に土煙を上げる馬車に気づいた盗賊達がこちらを指差しているのが見える。
「レックス!オレはあっちの馬車を守る!」
「おう!他は任せろ!はははは!楽しそうじゃねえか!」
馬車の周囲に対衝撃用の防壁を展開。車体の構造強化を発動。その上で、爆走する改造馬車を盗賊達の中心に突っ込ませた。
盗賊達の中心で、レックスが哄笑を上げながら飛び降りる。改造馬車の進路方向にいた盗賊達が全員左右に飛び込んでいく。誰も当たらない。
身体強化を発動した状態で、馬車に轢かれるような間抜けはいなかった。
だけど、これでいい。問題はない。盗賊達は馬車を運転するオレと、飛び降りたレックスのどちらを見るかで惑っている。一瞬の空白が生まれた。
それは、レックスにとって十分すぎる時間だ。
「がっ……!?」
「ぐ……?」
「っ……!?」
空中に線が走る。盗賊達の首をなぞるように、一瞬の煌めきが通る。そして、レックスに近い盗賊から”斬れて”いく。
「な、なんだテメエ!!」
盗賊達の意識がレックスに向かう。最も大きい脅威に目が引き寄せられる。その間に、オレは倒れた馬車に向かって跳んだ。
馬車側の戦闘員は3人。非戦闘員が2人のようだ。馬車に体を押し付けて震えているのは、中年の男性と少年だ。
恰好からして、馬車の御者と見習いだろうか。
戦っている3人の内、前に出ている2人は歴戦の風格がある男女。凄まじい連携で、数の不利を打ち消している。
そして、最後の1人は。
「貴族……?」
後衛で魔術の使用に専念しているのは、壮年の男性だ。服装はこの戦場で最も華美だろう。その服を砂塵に晒しながら、地属性の魔術を行使している。数人の盗賊が、急に口を開けた地面に足を取られたのが視界の端に映った。
風貌からして商人ではなさそうだ。感じる魔力量から考えても貴族だろう。
一瞬だけ視線を向けた馬車も高級品のようだ。家紋のようなものもある。
あまり貴族には関わりたくはない。だが、この場で行動を止めるのは無理だ。今は全員助けよう。
声を張るために息を吸い込む。
「加勢します!守りは任せてください!」
オレの声に反応したのは、貴族の男性だ。その青い瞳と目が合う。
「助かる!この2人を守ってくれ!」
……珍しい。本当に。あまりの珍しさに、一瞬思考が止まってしまった。
貴族が、身内とは言え、平民を自分より優先させるなんて。
「……分かりました!」
否はない。どの道、誰も傷付かせるつもりはなかった。それに、そんなに難しい頼みではない。オレの後ろでは、この瞬間もレックスが盗賊を減らしている。
オレは、レックスの手が届くまで耐えればいい。
「ちょっと失礼します!」
走りの勢いのまま跳び上がる。着地地点は、倒れた馬車の上だ。戦場を見渡せる高さが丁度いい。
着地。膝で勢いを殺して振り返る。視界に入るのは怒号と悲鳴だ。レックスが暴れている。
だが、レックスを無視してこちらを襲ってくる盗賊もいる。血走った目がオレを睨む。
盗賊にレックスは止められないだろう。なら、取れる手段は逃亡か、もしくは誰かを人質にとるかだ。
「それはさせねえ」
ああ……黙って死ね。
「開け『武器庫』!『防壁』!」
転倒した馬車の周囲に半球状の防壁が出現する。簡単には破れない守りの壁だ。
そしてもう1つ。
「『反射盾:4』出ろ!」
2mほどの魔力の盾が、向かってきた盗賊の前に現れる。反射に特化させた防壁の一種だ。今までは魔力消費の大きい欠陥品だった。今のオレなら扱える。
「なんだこんなもん!……がっ!」
盾に攻撃を加えた盗賊が弾かれる。誰も前には進ませない。盾を操る。空気を押し退けながら盾が舞う。魔術だろうと、飛び道具だろうと、害意の全てを跳ね返す。
「くそっ!おい!逃げるぞ!」
打つ手のなくなった生き残りが仲間を呼ぶ。だが、その判断は遅すぎた。
「はははははは!!逃がすわけねえだろ!!」
「がっ……!!」
線が走り、首が落ちた。最後の1人が地に伏せる。
「よお!これで終わりだぜ!こっちに来てから一番骨があったな!」
戦いの後でレックスのテンションが高い。楽しそうに笑いながらこちらへ歩いてくる。オレも馬車から降りた。
「……骨あった?」
これまでと変わりのない、一方的な戦いだったけど。
「おいおい!見てなかったのかよ!こいつ等、俺が何人か“斬った”あとも向かってきたぜ!逃げなかった奴等は久しぶりだ!」
「ふうん?」
確かに、最後まで途中で逃げようとする奴はいなかった。帝国で最初に遭った盗賊に比べれば、練度は上だったろう。転がっている死体を見ると、装備も何かいいの使ってるし。金属製の鎧を使う盗賊は珍しい。
「あー……いいかな?」
様子を伺うような声が横から聞こえた。顔を向けると、発言者は貴族の男性のようだ。
「ああ、はい。どうぞ」
とりあえず、全員無傷で助けたけど、これからどうしようか。積み重なった貴族アレルギーのせいで、貴族と関わることを心が拒否している。
「まずは、ありがとう。君たちのおかげで助かった」
おおう。普通だ。何と言うか、こう……普通だ。貴族っぽい感じが薄い。外見は確実に貴族なのに。
「私達は帝都に向かっていたのだが、急に襲われてね。君たちのおかげで怪我人も出なかった。感謝する」
「いえいえ、どういたしまして」
確かに怪我人はいないけど、馬車は横倒しだし、馬は逃げてるよな。見当たらないし。馬車は起こせばいいとして、馬はどうしよう。
オレの改造馬車で牽こうと思えば牽けるけど。
目の前に立つ男性を見る。銀色の髪に青い目の男性だ。貴族に標準装備されている、平民を見下す態度が感じられない。演技では……ないとは思う。プライドが突き抜けている貴族は、平民相手に自分を偽ったりしない。
それにしても、目の前の貴族の男性に既視感がある。知り合いではない。帝国にいた頃に見かけた覚えもないのだが、なんとなく、見覚えのある感じがする。
「ああ、そうだ。申し訳ない。まだ名乗っていなかったね」
個人的には、このままお互いに名乗らないで別れたい気持ちがある。貴族に関わって良かったことはないのだ。
「私は帝国の盾、ディシールド家の当主、デューク・ディシールドだ。ありがとう、旅人たち。助けてもらった恩は、私の名に懸けて返そう」
ディシールド……。ディシールド……っ!?
あれ、これ、デ、ディシールドって、あれじゃね?ロゼの実家じゃね!?
ぐんっ、と、視線だけをレックスの方へ走らせる。『おー、マジかー』って顔してやがる。
そうだよな!オレの勘違いじゃねえよな!
ええと、つまり、あれだ。この人は、ロゼのお父さんで……オレのお義父さん?
「ちなみに、何か欲しい物の希望はあるかな?ある程度は要望に沿おう。土地とかもらっても迷惑だろう?はっはっは」
土地云々は貴族ジョークなのだろうか。今は、そんなものに反応する余裕はない。
やっべー。マジやべえ。全然心構えしてなかった!おおい、どうする!こういう時の台詞はなんだ!あれか。『お義父さん、娘さんを僕にください』か。
いや、それは微妙に違うだろ。ロゼは家を出てるし。貴族的に許可がいらない立場だし。そもそも、もうロゼは貰ってるし。お義父さんに断られても関係ない。え、じ、じゃあ、なんて言うんだ?
とりあえず、結婚することは伝えないとない。あ、でも、あれだ。良く考えたら、オレとロゼは所謂できちゃった婚なんだよな。初対面のお義父さんに、娘さんと子供できちゃったんで結婚しますって言う?難易度高くない?お義父さんの好感度だだ下がりじゃない?
「ふむ?……どうかしたのかい?」
固まっているオレをお義父さんが訝しんでくる。おおお、と、とりあえず、何か喋んないと。
「む、娘さんを!」
「…………娘?」
ノ~プラン!!初対面のお義父さんの前で、まったく頭が回らないー!!落ち着け!分かりやすく、簡潔に情報を伝えるんだ。うん。大丈夫。行けるはず!
「娘さんを、も!」
「も?」
「も、貰いました……」
「……は?」
………………ミ、ミスった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます