第128話 つみれ鍋
今日はオレが改造馬車を運転している。魔力補給もオレだ。常に一定量の魔力を注ぐのは、それなりに気を使う作業だ。魔力を操るいい練習になる。
胸の奥から自分の魔力が体外に出て行く感覚は、まだ少し慣れない。その内、このむず痒い感覚にも慣れるのだろうか。
走る改造馬車の周囲は暗い。御者席にも影ができている。太陽光が当たらないので少し寒い。
だが、今日は別に天気が悪い訳ではない。冬にしては天気が良い方だろう。太陽も出ている。
チラリと上を向いてみる。そこにあるのは、恨めしそうな目をした大きい顔。改造馬車に影を作っているのは魔物の死骸だ。
改造馬車の上に展開した防壁に、4mほどの黒い牛の魔物が載せられている。
さっきレックスが狩った魔物だ。綺麗に切り裂かれた首は、その分厚い皮一枚で繋がっている。
「……なあ、レックス。首の向き変えてくれない?ずっと見られてるみたいで落ち着かないんだけど」
「あん?そんなのが気になんのか?」
「うん。結構気になる」
「しょうがねえなあ」
レックスがスルリと防壁の上に移動した。牛の角を小突いて向きを変える。牛の顔は馬車の右方向を見るようになった。
「ほらよ。これでいいか?」
「うん。ありがとう」
隣に戻ってきたレックスに礼を言う。これで運転に集中できそうだ。牛の頭はオレの胴体くらいの大きさがある。その顔が、死ぬ直前の憤怒の表情でこちらを見つめてくるのだ。あまりいい気分じゃなかった。
「今日はこのまま行けば、先にある村に泊まれそうだね。牛の肉と引き換えに泊めてもらおう」
どの道、このサイズの魔物を2人で食べきるのは無理だ。
「そうだな」
体を休めるためにも、なるべく安全な場所で眠るのが理想だ。オレもレックスも外で寝るのには慣れているが、それでも睡眠は浅くなる。今日はぐっすりと眠りたい。
幸い、周囲にオレ達以外の馬車や人影はない。スピードを上げても、誰かに迷惑になることはなさそうだ。
まあ、荒い運転をすると牛が転がっていくので、そこだけは気を付けよう。
村の前でちょっともめた。
「な、なんだお前達は!!」
村の自警団の人に物凄く怪しまれている。
よく考えたら当然か。今のオレ達は牽く馬のいない馬車に乗って、さらに馬車の上に魔物。二階部分は黒牛の巨体だ。牛の迫力が凄い。馬車を止めた勢いで、牛の顔が前を向いてるし。
さらに言うと、レックスは全身真っ赤の変人。オレは村の人が見たことのない黒目黒髪である。
うん。まあ、自警団の人の気持ちも分かる。ちょっと危なそうだよな。特に牛が駄目だったな。犯人は牛。
続々と、村の中から人が集まってくる。農作業中だったのか、鍬とか持っている人もいる。さすが、魔物がいる世界の人は行動が早い。
とりあえず、誤解を解かないとな。
「えーと、怪しい者じゃありません」
その後、30分に及ぶ弁明により、晴れて村に泊めてもらえることになった。疲れた。腹減ったわ。
貸してもらった村の外れの空き家で、夕食の準備をする。
オレは空腹だ。魔力を使うとお腹が空く。この世界の人がたくさん食べるのも納得だ。オレも最近食べる量が増えた。
牛はほぼ丸ごと村にあげた。この村も余裕はあまりないらしく、村の人にはとても喜ばれた。今は村総出で牛の解体をしている最中だ。オレの手元にあるのは、その解体された一部の肉塊。
「さて、じゃあ夕食を作ろうか。レックス。ちょっと手伝いよろしく」
「おう。任せろ。ハラ減ったからな。早くしようぜ」
時期は冬。日が暮れるのも早く。今も肌寒い。そして、オレ達は既に空腹だ。
簡単に、早く料理を作りたい。できれば温かいものを胃に入れたい。そんな願いを叶える料理、冬の定番、そう、今日の夕食は鍋である。
馬車から土鍋を持って来る。かなりでかい。2人前の大きさではないが、たぶん丁度いいくらいだろう。そもそも、大は小を兼ねる。
「さて、『魔力腕:4』」
身体強化を発動し、魔力の腕を操る。自分の魔力を得てから、この腕を使う頻度が増えた。お金が掛からないのが素晴らしい。
2対の魔力アームで作業を開始しつつ、レックスに指示を出す。
「よし。レックスはこの肉をミンチにしてもらえる?あ、防壁は切らないでね」
「俺がそんなミスするかよ。肉だけ完璧に刻んでやるよ」
その言葉と同時に、防壁の上に載った牛肉に幾通りもの線が走る。あまりの鋭利さに、切られた肉が微動だにしないほどだ。
「おらよ。こんなもんでいいか?」
触ってみると肉の塊が崩れた。いい感じの細かさになっている。
「うん。ありがとう。いい感じだよ。さすが斬属性の精霊使い」
「はっ。俺にこんなことをさせんのは、お前くらいなもんだよ」
むしろ、積極的に使っていくべきじゃない?
レックスは剣なんてなくても、思考一つで対象を“斬れる”。つまり、つまりだ。それは洗い物が減るということだ。
旅の食事で一番面倒なのは、個人的には洗い物だと思う。洗うのも乾かすのも大変だ。なので、レックスの魔術はとても便利だと思う。
「あとこれもよろしく」
レックスに差し出したのは人参と玉ねぎ。魔力アームで皮剥きが終わったところだ。
「おう」
うん。一瞬でバラバラ。みじん切りの完成だ。いいなあ。便利だなあ。オレも魔術適性が欲しい。
「ありがとう。精霊使いは便利だねえ。無詠唱は楽そう。オレも料理で使いたい」
レックスに刻んでもらった牛肉と野菜をボウルに入れ、そこにすりおろした生姜と小麦粉、塩を加えて魔力アームで混ぜていく。熱がないから便利だよなあ、魔力アーム。肉の脂が溶けるのを気にせず混ぜられる。
「普通の精霊使いは、料理に魔術なんか使わねえよ。使えって言っても断るんじゃねえか?」
「そう?リックは普通にかき氷作るの手伝ってくれたけど」
精霊使いは思考がそのまま魔術に繋がるから、精度の良さが魅力的だよな。リックが作ったかき氷は、とても繊細で美味しかった。
「なにやらせてんだよ……」
レックスが呆れたような顔をしている。珍しいな。
「別に良くない?使えるなら、なんにでも使えばいいじゃん。戦いだけに力を使うなんてもったいなくない?」
この世界では、精霊使いとは、戦闘に強い者とほぼ同義だ。法国みたいな非戦闘員の方が珍しい。
だけど別に、生まれ持った力を、魔物を狩るだけに使う必要はないだろう。翼竜の首さえ一撃で落とせる魔術を使って、牛肉をミンチにしてもいいじゃん。
「それに、食べることは大事だよ。人は食べなきゃ生きられないんだから。戦うことと同じくらい料理は大事。うん」
世界最強だろうが、最速の風使いだろうが、食べなければ生きていけないのだ。
「はあ……そうだな。飯は大事だ。食わねえと力出ねえからな」
レックスも納得してくれたようだ。話している間に、鍋の食材はだいたい準備が出来た。煮込んでいこうか。
湯気を上げる大振りの鍋を、男2人でつつく。
「おう!うめえな!いい味出てるぜ!」
好評のようでなにより。レックスの言う通り、牛肉のつみれからいい出汁が出ている。たっぷりと入れた野菜もいい感じだ。
ちなみに、牛肉をつみれにしたのは、この魔物の肉は臭みが強いからだ。前に食べたことがあるから知っている。ちゃんと灰汁をとって煮込むと美味いんだけどな。
今回は、一緒に混ぜた生姜が効いている。美味い。
鍋の味付けは醤油だ。炭水化物はうどん。鍋にパンは無理だろう。さすがにそれは、オレの中の日本人が許さない。醤油風味の鍋の隣にパンがあるのは、あまりにも冒涜的な光景だ。オレには受け入れられない。だから今日はうどんだ。
本当はお米が欲しいけど。雑炊にして食べたいな。鍋を粗方食べ終わった後に、具材の味が溶けだした出汁でお米を軽く煮込みたい。卵を入れてふわふわにしてもいい。
〆の雑炊に対しては、オレにも別腹があると思う。
まあ、上手く行けば、帰りの食事ではお米が食べられるのだ。今は耐えよう。
「この村で、帝都まで半分くらいだっけ?」
「むぐ?ああ。そんくらいだろ」
かなりのハイペースだ。本来なら帝都まで馬車で1ヶ月半ほどかかる道のりだが、ここまで10日で来た。約半分の日数だ。飛ばした甲斐があった。
帝都を越えてお米を手に入れても、ロゼの元へは2ヶ月ほどで帰れそうだ。
「明日も張り切って進まないとね」
「おう。運転は任せろ」
「よろしく」
レックスの魔力はオレより遥かに多い。その辺の貴族すらも余裕で超えているだろう。その魔力量が、長時間の速度維持を可能にしている。
今回の護衛のこれ以上ない適役だと思う。運転は荒いけど。
「その代わりに、最後の肉はもらうぜ」
ひょい、と、最後のつみれがレックスの口に放り込まれる。止める暇もない自然な動きだった。
「それとこれとは別だろー!」
ちゃんと偶数で作ったから、それはオレのだ。
……むう。まあいい。オレが知る限り最強の人間に護衛をしてもらっているのだ。つみれの1つくらいは大目に見よう。
明日もちゃんと働いてもらわないとな。
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