第127話 旅の危険
街道の上を奇妙な馬車が爆速で進む。およそ馬車が出すスピードではなく、後方には大量の土埃が舞っていた。
まあ、当然ながらオレの改造馬車だ。
「ははははははー!!」
運転しているのはレックス。アクセルべた踏み状態だ。風除けのために前方に防壁を展開しているので、小型の魔物ならぶつかったら死ぬと思う。
既に帝国内には入っている。というか、帝国の領土自体は貿易都市のすぐ近くから広がっている。帝国の領土はこの大陸で最も大きいのだ。
人の住む場所は少ないけど。大半は魔境や未開の地だ。帝都まではまだまだ先だな。
親方にメンテナンスしてもらったおかげで、改造場所の調子はとてもいい。レックスの荒い運転にも問題なく対応している。この速度を維持できるのなら、目的の場所まではかなり早く着くはずだ。
「レックス、干し肉食う?」
「おう!ありがとよ!」
貿易都市を出てから、日中帯はほぼノンストップで走り続けている。昼食は基本的に走りながらだ。久しぶりに干し肉を食べる機会が多い。ちょっと飽きてきた。
お米が手に入ったら、帰りはおにぎりを作ろうか。片手で食べられるし。うん。いい考えだ。問題はどのくらい手に入るかだな。少なかったら、全て栽培に回すしかないだろう。
「ん?」
「お?」
お米に思いを馳せていると、前方に異変を感じた。オレは魔力で、レックスはその視力でその異変を見つけた。
「なんかいるねー」
「そうだな」
オレ達が走っている街道の先、左右が木々に囲まれている地点に、道を塞ぐように立つ人影がある。10人ほどだ。視力を強化すると、薄汚れた革鎧を身に着けた集団のようだ。ニヤつきながらこちらを見ている。
あー……。
「盗賊っぽいね」
「だろうな。このまま轢くか?」
その発想はなかった。確かに、このスピードなら轢き逃げできると思うけど。
「一応、止まろうか。隠れてる人もいるみたいだし。それに、もしかしたら、万が一くらいの確率で、人相の悪い普通の人かもしれない」
「ははっ。りょーかい!」
オレの言葉を軽く笑って、レックスが馬車のスピードを落とし始める。近づいたことで、オレの魔力察知の精度も上がる。
道の真ん中に陣取っている、一番魔力が大きくて一番でかい人が、この集団の頭かな?
怪しい集団の前で改造馬車が止まると、オレ達を囲むように広がってきた。う~ん。駄目っぽいかも。一応、挨拶してみるか。
「こんにちは。通れないので、どいてもらってもいいですか?」
「があはっはっは!面白れぇこと言うな!いいぜ、どいてやるよ。その馬車ごと俺らに渡してくれたらなあ!!」
うん。やっぱり盗賊だな。
「まあ、そうだよね」
「ははは!そりゃそうだろ!あの顔で堅気なもんかよ!」
横でレックスが爆笑している。ギルバートさんの方が迫力あるだろうに。
「オラオラ!さっさと降りろよ!今なら怪我させねえでおいてやるからよ!」
盗賊の頭(仮)の声がでかい。かなりうるさい。
「レックスが前に帝国にいたのって、どのくらい前だっけ?」
「あん?俺は2年近く前だ」
なるほどなあ。
「呑気に話しやがって!頭の話が聞こえねえのか!」
でかい人が頭で良かったようだ。そのお頭さんの横にいたガラの悪い男が近づいてくる。ガラが悪いのは全員だけど。その手が腰の剣に伸びた。
「痛い目見ない内に、さっさとしやが……」
その男の言葉が急に止まった。その空白に、疑問を持った盗賊たちの目が集まる。
男の顔がぐらつく。そして、そのまま、
「や、やりやがったなテメエら!おい!あの2人をころ……」
首が落ちる。
溢れる血の匂いに気分が悪い。
「お、おい!アイツ、もしかして『斬鬼』じゃ……」
血飛沫が舞う。口を開いたヤツから死んでいく。
「おい、コーサク。さっさと終わらせようぜ。確認は済んだだろ?」
次々と盗賊の首を刎ねていくレックスが、いつもと変わらない調子でオレに言う。
「……そうだね」
盗賊に対する対処法は1つだ。そもそも剣に手を掛けた時点で、それは殺されてもいいという合図になる。
「なんだよ、やる気出ねえのか?俺が全部やっちまうか?」
「大丈夫だよ。オレは隠れている奴をやる。他は頼んだ」
「おう!任せろ!行くぜ!少しは抵抗してみせろよ、お前らあ!!」
血の匂いで沈んだ気分をさらに沈める。盗賊を殺すのに感情はいらない。ただ、体が動けばいい。
街道の左右には2人ずつ。木の陰と、木の上。逃げようとする奴が1人。
胸の奥から魔力を汲み出す。その魔力を全身に回す。冴えわたる思考で魔道具を起動した。
「開け『武器庫』」
必要な機能を呼び出す。
「『戦闘用魔力腕:4』行け」
現れた4本の巨腕が木々の間を縫って飛ぶ。狙われた4人が驚いたような挙動をする。逃げようとしているが関係ない。オレの方が速い。
3本の腕が、殴り、叩きつけ、握り潰した。残りは1人だ。
最初から逃げようとしていた奴を掴む。暴れているが、そう簡単に抜け出すことはできない。
そのまま、木々の間から引き摺り出した。
オレの前まで持ってくる。小男だ。細い目に、焦りだけを浮かべている。
「た、助け……」
「質問に答えろ。それ次第では生かしてやる」
その細い目が開かれた。オレの言葉に希望を見出したようだ。
「な、なんでも話す!頭のお宝の場所も教える!」
いらねえ情報は吐くんじゃねえ。
「お前等、人攫いはしたか?アジトに誰か捕まえてたりするか?」
「い、いや!してねえ!そんなことはしたこともねえ!す、素直に荷物を貰えりゃあ、お、俺たちは何もしねえんだ!だ、だから助けてくれ!」
ああ、ならいい。
「分かった。ありがとう。じゃあな」
小男が絶望的な顔をする。それに構わず力を籠めた。
「い、生かしてやるって!がっ……!」
鈍い音が響く。静かになった。動かなくなったモノを放り投げる。
必要な情報を得たオレのもとに、レックスが軽く跳んで戻ってきた。その赤い服には汚れ一つない。
「よお。終わったぜえ。弱っちい奴等だ。すぐに逃げようとしやがった。力も根性も足りねえよ」
「お疲れ」
改造馬車の周囲は血だらけだ。通行の邪魔になるので、死体は魔力腕でどけた。街道から離れた地点へ、思いっきり投げ込む。死体に敬意を払う必要性すら思い浮かばなかった。
「人攫いはしたことないってさ。良かったよ。これで誰か捕まってたら、アジトまで連れていってもらわなきゃならなかった」
「そいつは良かったな」
不幸中の幸いかな。
再び2人で改造馬車に乗り込む。血の匂いを置き去りに、そのまま走り出した。
「レックスがいるのに盗賊に襲われるなんて、昔は考えられなかったのに。やっぱり2年は大きいね」
「俺はたまに襲われるのも歓迎だぜ」
「それはレックスが戦うの好きだからでしょ。オレは嫌だよ」
オレ達が帝国で活動していたときは、レックスの赤い恰好を見た時点で盗賊なんて逃げたのに。
以前のレックスは、強い人と戦うために、盗賊を見かけたら襲い掛かっていた。潰された盗賊団は数知れず。盗賊達からは死神扱いされていたものだ。2年でその記憶も薄れてしまうとは。
本当に治安が悪化しているようだ。昔なら、あの程度の危機管理能力で盗賊なんかできなかっただろうに。
帝国の治安が悪化している理由は大きく2つある。根本は1つだけど。1つ目は氷龍が通過したせいだ。気温の低下により、帝国内の作物は大きな被害を受けた。そのせいで、食えなくなった荒くれ者が盗賊に変わっている。
2つ目は貴族の力バランスの変化だ。3大貴族の1つが氷龍の件で大失敗したため、周辺の禿鷹のような貴族達が利権を狙って蠢いている。貴族達が領地そっちのけで権力争いに集中した結果、隙を見た盗賊たちの活動が活発化した。
なんというかボロボロだ。貴族も盗賊も消えればいいのに。ついでに王族はもっとちゃんとしろ。
「この調子だと、帝都に着くまで何回か襲われそうだね」
「おう、そうだな。次はもっと骨のある奴が欲しいぜ」
いらねえ……面倒なだけだよ。
ああ、本当に面倒だ。黙って畑を耕すか、魔物でも狩っていればいいのに。
気分は悪い。最悪だ。それでも、盗賊達を見逃す理由がない。未来の不幸の芽は確実に潰す。オレはこれ以上失えない。
「はあ。レックス、干し芋食べる?」
「おう!ありがとよ」
噛み千切った干し芋は、素朴で良い味をしている。腹に溜まるので、軽食には丁度いい。
「何にも起きないといいんだけどなー」
本当にそう思う。
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